そして焼き鳥へ
月枝奏時
第1話
出会いは偶然であり、必然。
想像を超える衝撃と、運命的な煌めきがあるとなお良い。
忘れられない、それは本当に忘れられない出会いだった。
そう、あれは俺が夕食の買い物で近所のスーパーへ行った時のことだ。
ふらりと透明な自動ドアを通り抜けながら店内に入る。
灰色のカゴを手に取り、あやふやな記憶から冷蔵庫の中身をできるだけがんばって思い出す。
飲み物だけだったか、はたまたデザートしかなかったか。
まあ、残り少ないスカスカな中身だった気はするので、深く考えないで買えばいいだろう。
ワイワイ楽しそうな高校生達とすれ違いながら食品売り場を目指す。
「きゃーーーーー」
「ちょっと!待ちなさい!」
はしゃぐ子供と呼ぶ母親。
日常的な風景を眺めながら、足を進める。
ちょっとした生臭いにおいがしたので、今日は魚でもいいなとふと思う。
「そこの男よ、待て」
低音。
頭の中で鈍く響くような声に足を止める。
周りには誰もいない。
惣菜のコーナー付近だが、まだ割引される時間帯でもないのでこの辺りには俺一人。
「気のせいか」
「止まれ、男よ。左を向け」
声に釣られ左を向く。
やはりそちらには人などおらず、美味しそうな商品が並んでいるだけである。
唐揚げ、コロッケ、おにぎり、魚のフライ……。
「こちらだ、4本258円のちょっとお得なももの焼き鳥だ」
視線をそちらに向けると、本当に4本258円のちょっとお得なももの焼き鳥のパックが一つあった。
「素質あるものよ……。我を食べよ……。そしてこの力を受け取ってくれ!」
脳内に響く焼き鳥の声に頭が痛む。
「力を受け取るといっても、タンパク質とかじゃあないのか?」
「食え……食え……食え……」
「グッ……」
頭痛が酷い。
軽口も無視され、俺は焼き鳥に操られる。
棚に置かれた、4本258円のちょっとお得なももの焼き鳥のパックを手に取る。
腕に力を入れても、こちらの意志には従ってくれない。
「やめろ!やめてくれ!」
俺の必死の抵抗も虚しく、焼き鳥の封印を解いてしまう。
店内で商品を開けさせられるという辱め!
支払いもしていないのに!
支払いもしていないのに!
真っ当に生きてきた俺にはこの行動は苦しみでしかなかった。
「食え……食え……」
串までタレでべたべたになった焼き鳥を手に取る。
口に運んだそれは、冷めていて固めのもも肉とちょっとゼリーのような歯応えのタレはなんか雑な味しかしなかった。
だが俺は理解した。
「そうか……焼き鳥とは……もも肉とは……」
突如現れた炎の門を迷いなく通り抜ける。
「まるで鶏肉になった気分だぜ」
燻されながら美味しそうなにおいを纏い俺はそこに辿り着く。
洋風の城の中。
倒れた四人とそいつらを見下ろす一人。
「待たせたな」
「誰だ貴様ァ!」
黒いフードに派手な装飾品をつけた大男と相対する。
こいつがたぶん魔王だ。
おそらく世界とか滅ぼす計画とか立てているはず。
「誰?」「誰?」「さあ?」「知らない」
後ろの四人がなんかこそこそ話しているのが聞こえるが、そこは問題ではない。
「俺の仲間っぽいやつらを傷つけやがって!トサカにきたぞ!許さん!」
焼き鳥を構える。
魔王が叫ぶ!
「貴様、その構え!その武器はァ!やめ……」
「四式・二百五十八刺」
鋭い突きが魔王を貫く。
長く苦しかった戦いはここに終わる。
「ガハッ!そうか……焼き鳥とは……もも肉とは……。いいだろう!今回は負けを認めてやる!」
魔王だと思うやつが足下から灰になっていき消滅する。
世界に平和が訪れた。
そして、力を使い果たした俺は光として消えそうになる。
一パックの焼き鳥を仲間っぽい連中に託す。
「四本あるから、仲良く食べてくれ。支払いも頼む」
俺は満足した表情で光に返っていく。
「誰?」「誰?」「さあ?」「知らない」
惜しまれながら消滅する俺。
最後にこう思う。
焼き鳥は皮が好きなんだよなぁ。
完
そして焼き鳥へ 月枝奏時 @2kue
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