学級委員長とイケメンと派手女子と教室の机の上にむきだしで積まれた焼き鳥

小早敷 彰良

学級委員長とイケメンと派手女子と教室の机の上にむきだしで積まれた焼き鳥

 焼き鳥が、教室の友達の机に直接、山盛り置かれていた。

 皿にも盛られていない、むきだしの焼き鳥だった。しかもタレつきのため、べたついて机にくっついている。

 冷えているにも関わらず、甘じょっぱい良い匂いが教室に広がっている。

 朝だった。授業はあと三十分後に始まる。僕、天満は荷物も置いていない。周囲のクラスメイトも同じ様子だった。

 全員が立ち尽くして、机に盛られた焼き鳥を見ていた。

「うわーー-ッ!」

 登校してきた学級委員長、西田くんが、甲高い叫び声をあげる。

「誰が、こんなの置いたんだ!」

 十数人が教室の中心にある焼き鳥が積まれた机を囲んでいるが、答えるクラスメイトはいない。大概の生徒は二、三人で固まって、周囲でひそひそと相談している。

「なんで陣野くんの机に、こんな暴挙を!」

 西田くんはぎゃんぎゃんと、机を指さして叫ぶ。

 叫びたくもなるだろう。焼き鳥のタレは固まりつつあり、いやにテカテカして春の日差しに煌めいている。

 クラスで最も陽気なまとめ役の派手な女子、十勝さんが、彼を見かねて制止した。

「あたしら来た頃にはもうあったし。落ち着きな?」

「いつ頃だそれは!」

「……七時だよ」

 西田くんは目をむいた。

「早すぎる!」

「ああもう、言うと思ったよ」

「お前、部活にも入っていないのに、何をしていた!」

「何も。ただ、だべっていただけだし」

 ねえ、と、十勝さんが同意を求めると、周囲の数名は頷きを返した。

 学年一のイケメンの千棘くんも、同意する。

「ああ。あいつの言うことはあってる」

「ハァ? じゃあ机の掃除くらいしてやったらどうなんだ」

「不審者が置いたものなら、証拠保全しなきゃだろ」

「ハァー――。千棘様は視野が広くていらっしゃいますねぇ!」

 西田くんは千棘くんに食いかかる。

 この二人は仲が悪い。西田くんが、千棘くんに一方的に食って掛かっていくからだ。理由は誰も知らないが、クラスでは西田くんの嫉妬と見る人間が大半だった。

 千棘くんはいつものように、淡々と受け流した。

「嫌な言い方だ」

「気のせいではぁ?」

 挑発する西田くんを睨む女がいた。十勝さんだ。

「気のせいじゃないじゃん。千棘にいつもつっかかって。しょうもな」

「ハァ!? 誰がいつそんなことしたよ」

「西田じゃん!」

「とかっちゃんの言う通りだと思う。正直、俺、西田の相手しんどいわ」

 自業自得とはいえ、きつい一言を投げられた西田くんは顔を真っ赤にした。ぷるぷるとこぶしを握り締めている。

「なんで」

「うん?」

「同じ中学校から進学した幼なじみなのに、なんでそんなこと言うんだよ!」

 ざわっと教室の野次馬がどよめいた。今、教室にいる人間は全員、焼き鳥盛りの陣野の机と、学級委員長の西田くん、千棘くんと十勝さんを取り囲んでいる。

 タレの匂いがする。

「西田も! 千棘も! なんで高校入ってから冷たいんだよ! 幼なじみじゃん」

「ハァー――!?」

 周囲の人間が目を丸くした。

 甲高い声で叫んだのは、クールで有名な千棘くんだった。

「お前が約束を破ったからじゃねえか!」

 それはクラスの誰もが初めて聞く、千棘くんの大声だった。

「何の約束だよ! 高校入って一週間もしたら、冷たかったじゃないか」

「軽音楽部!」

 千棘くんに続いて叫んだのは、十勝さんだ。

「一緒に入ろうって言ったのに、部室に来ないからじゃん!」

「部室!? 何のことだ」

「受験のとき、塾で決めたじゃん! 高校入ったら一緒にバンドやろうって!」

 十勝さんはごそごそと、焼き鳥の机の前に、いつも背負っている大きな箱を持ってきて開いた。

「私はベース! 千棘がドラムで西田がギターって約束だったのに! なんで来てくれなかったの!」

 彼女が開いた箱の中にあったのは、「軽音楽部備品」とシールが貼られた、古ぼけたエレキギターだった。ボディの赤い塗装は剥げて、内部の木材が顔を出している。

「今日早起きしたのは、教室で練習するため! 部室が開いていないから」

「部室にも来ないし、学級委員長になって、俺らに冷たくなったじゃん」

「こっちもなんでって思ってたよ、西田!」

 西田くんは顔を真っ赤にして、陣野の焼き鳥机を回り込んで、ギターの前に歩み寄った。

「そんなこと」

 西田くんは、ギターを手に取った。そのままネックを持ちあげると、ストラップを肩にかけ、ぐっと抱え込んだ。


 てってってってれれれ、てっ、てっ、てっ


「そう言えよばかッ!」

 西田くんが叫びながら、ギターを弾き始める。いつの間にかアンプにつながっていたギターは、彼のピックに合わせて短音を技巧的に響かせた。

 僕らが中学生の頃、流行ったバンドの曲だった。高速のテンポにギターサウンドが心地良い、人気かつ難しい曲を、西田くんは難なく弾きこなしていた。

 ハッとした顔で、十勝さんと千棘くんはベースとドラムスティックをそれぞれ取り出す。そのまま彼らは、リズムを取って西田くんのメロディラインに飛び乗った。

 焼き鳥の山を囲んで、クラスメイトが歓声を上げた。

「あー――――――ッ!!!」

 十勝さんのロングトーンボイスは、教室中を沸かせる。

 千棘くんは焼き鳥の載った机をスネア替わりに叩いて、コーラスの歌詞を叫んだ。

 そして、西田くんは少し涙ぐみながら、精密なメロディラインを描いていた。

 三人の演奏は、ところどころズレていた。ボーカルもコーラスも声もかすれているうえ、ドラムは焼き鳥の机だ。

 それでも、僕たちクラスメイトは熱狂し、西田くんも十勝さんも千棘くんも、全員が心の底から笑っていた。

「おはよう」

 そう言って教室に入ってきたのは、僕の友達の陣野だった。

 陣野の机の前は、人だかりができている。

 いがみ合っていたはずの学級委員長とイケメンと派手女子は息を切らして、焼き鳥の机を囲んでいる。皆は応援と励ましの声をかけている。

 西田くんは、ずびっと鼻を鳴らした。

「とかっちゃん、ちとげっちゃん、ごめん。誘ってくれないのが悲しくて、言い出せなかったけど、寂しくていっぱい悪口言ったけど、ギター練習してた」

「西田、いや西ちゃん、俺、ちゃんと言うべきだった。言葉足らず、前からとかっちゃんに注意されてたのに」

「ううん。あたしも気づかなくて。西田、千棘、一緒にバンドやろう。軽音楽部の部室行こう」

 三人が抱き合って泣き笑いし出すと、教室の歓声は一層大きくなった。

「天満、これ、どういう状況。焼き鳥が、教室の俺の机に直接、山盛り置かれているんだけど。仲悪いはずの三人が抱き合っているんだけど」

「陣野、今は黙って」

 涙をぬぐう僕を見て、あーあ、と陣野は嘆息した。

「クラスを盛り上げようと自作自演したのに、こんな面白いことを見逃すとは」

「いやお前」

 焼き鳥が、三人のそばでテカっている。

 陣野はあっさりと、それらは自分が、暗い教室内の雰囲気を変えるために、早朝六時に設置したものだと自供した。

「ちゃんと洗って食うから」

 今までのことを、西田くんたちはお互いに謝り合っては、許し合って笑っている。

 話を聞いていたから心配していたと、彼らのそれぞれの友達たちは口々に祝福の言葉を言いながら、写真を撮っている。

 感動的な場面と焼き鳥が、彼らのスマホに納められていく。SNSにアップロードした者がいたらしく、笑顔で写真を見ているうちの数人が首を傾げた。

「そういえばなんで、陣野の机に焼き鳥が?」

「さあ」

「本当にお前っ」

 僕は陣野の肩を殴った。

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学級委員長とイケメンと派手女子と教室の机の上にむきだしで積まれた焼き鳥 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa

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