わたくしと鳥貴族

江戸川台ルーペ

鳥貴族が好き

 鳥貴族というチェーン居酒屋がとても好きなので、その魅力をお伝えしたいと思いました。これはKACのお題「焼き鳥」として書くにはルール違反のような気がしますが、今の僕に「が登場する物語」は書けない。焼き鳥について書くなら、貴族についてである。


 僕は鳥奴隷なので、最寄駅についに「鳥貴族」が出店するとなった時、必ずその店舗における一番最初の客になろうと固く誓った。寂れた商店街の一角に鳥貴族の看板が立ち、開店夕方五時のところ、一時間半くらい前から店舗の前に立った。周囲には関係者と思われるおじさん・お兄さん、お姉さんがいらっしゃったが、客らしき人は誰もおらず、僕は勝利を確信した。つまり俺は、この店舗の一番客になる。これから先、おそらくここの鳥貴族は数万本、数十万本もの焼き鳥を地元民に振る舞うであろうが、その最初の一本は、貴族焼きスパイシーもも※正式名称はもも貴族焼(スパイス)と決めていたは僕の為に焼かれたものであり、それ以降の数万本はその模倣に過ぎないという事だ。ちょっと何言ってるかわからないかも知れませんが、ニュアンス的に理解いただければ幸いです。とにかく、最初は偉いという事です(解説)



 鳥奴隷改め、鳥王族に昇格だ!とニヤニヤしながら立っていたら、後から車で乗り付けてきたおじさん(キャバ嬢とゴルフへ行ってそうな声の大きいネックレスをしているおじさん)が数人を連れ立って僕の方向じゃない方に立ち始めたのです。ネックレスおじさんと若いおにいさん、お嬢さんとその母くらいの年代であろうか。僕は「え?」と思いました。「鳥王族の俺の前に立ち塞がるとは不敬極まる」と注意・指摘をしようかとも思いましたが、浅黒のおじさんのネックレスは眩しいゴールドであり、その大声で「ガハハ」と笑う姿に対して「先にこちらで並んでいたのですが」と指摘する勇気はありませんでした。僕は一人であり、鳥奴隷出身のしがないおじさんであったからです。その出生を恨みました。



 そうして僕は二番目に入店し、ビールともも貴族焼きスパイシー、その他もろもろを注文しました。奥さんも後から合流する予定だったので、鳥釜飯とフルーツジュースを注文しました。鳥釜飯は30分経たないと食べられないから、先に注文をしておくと出来る男みが上がるのです。奥さんは僕が鳥貴族が大好きなのを知ってはいましたが、一緒に行ったことはありませんでした。だから最寄駅に鳥貴族が出来た事で、ようやく僕は僕が大好きな鳥貴族を ──鳥奴隷という身分を隠しながら紹介する夢が叶ったのです。



「がははは」



 と盛り上がる横入りしたおじさんの席をドロリとした目付きで眺めながら、目の前に夢のもも貴族焼きスパイシーが供され、僕はそれにかぶり付きました。店は満席です。もちろんキンキンに冷えたプレモルと一緒です。鳥貴族は神なので、全てが同じ値段、つまり、ポテトフライも、プレモルジョッキも、鳥釜飯もその他焼き鳥全て税込327円で食べられます(※2023年9月現在一品税込360円となっているが、唯一無二の店であることは間違いない)。そのどれもが素晴らしくて、思わず愛を思い知るレベルなのです。



 貴族焼きはももが圧倒的に美味いのです。これは好みの差もありますが、ジューシーな鶏肉の脂の旨味と、たれ或いはスパイシー(塩胡椒+アルファの不思議な味がする)はたいそう味わい深く、「焼き鳥が食べたい」と想像した時に思い浮かべる焼き鳥そのものの味と食べ応えが味わえる。それがまたキンキンに冷えたプレモルと合う上、値段も気にせずに飲み食いができるのが最高なんです。一方、むね貴族焼きは脂が少なく、これは焼き手(シェフ)と運び手の相性が絡んでくる。脂が少ないと、まず熱々でなければすぐにパサパサとした食感になり、残念な気持ちになってしまうのです。鳥貴族スタッフは基本激務であり、シェフが腕によりを掛けて焼いたものがすぐに運ばれてくるとは限らない。会計・席の清掃・洗い物と、運ぶ前にやる事が多過ぎるのです。特に洗い物はスタッフ同士で押し付け合ってるようにも感じられる(「洗い物お願いしまーす!」コールが頻繁過ぎて、思わず僕がやってあげたくなる)。話を元に戻すと、熱々のむね貴族焼きが必ずジューシーで美味しいかというと、何故かパサ味が勝っていたり、味付けが薄かったりするので油断がならないのです。僕は塩はむね貴族焼きが美味しいと思います。寿司マニアが最初に卵焼きの端を注文するように、僕は一番最初にもも貴族焼きたれとスパイシー、それとむね貴族焼きの塩を頼んでいる。美味しいむね貴族焼きの塩は、奇跡の一品として味わう事ができるので、一層幸せな気持ちになれる。鳥貴族、ありがとう、とシェフを呼んで礼を言いたくなる。忙しそうなのでそんな事はしない。



 奥さんが合流したので、一緒に食べた。美味しい、と大変好評で嬉しかった。


「一番に入店できたの?」


 と聞かれたので、はぐらかしました。塩味はむね貴族焼きだけで充分なのです。


「ちょっとさあ」


 僕より先に入店した四人組の長であるネックレスおじさんが騒ぎ出しました。


「店員さんどこ?」


 などと、大声を上げ始めたのです。


「このチャンジャ、写真と違い過ぎるんじゃないの?」


 その指摘は決して間違いではありませんでした。鳥貴族は手元の端末で注文するシステムなのですが、その液晶にはこんもりと小皿に盛られたチャンジャがデンと映し出されており、また、当時は無くなっていたトマトなどもメニューの紹介として出現していたのです。しかして、メニューとの違いをいちいち騒ぎ立てるのは無粋極まりないと僕は思っていました。トマト美味そうだなぁ、と思いつつ、注文が出来なければそれは仕方がない事なのです。チャンジャはまた高級品なのですから、一定のお値段で食べられる幸せに比べたら些細な事ですし、そもそも店員を呼びつけてまで言うべき事ではあり得ないのです。全国チェーンの大きな店なんですから、メニューなどの設定はもちろん、量についても上の方の人たちが細かく決めてやっているに違いありません。だから、このネックレスおじさんのやっている事はほとんどチンピラまがいの、言い掛かりでしかなかったのです。



 店員さんは若い女の子で(鳥貴族のスタッフはみんな若い)、なんと申し開きをしたのかは分かりませんが、無事に収まりました。


「写真と違うの出しちゃ、ダメだよ〜」


 などと、ニヤニヤ声が大変不快でしたが、無事にやり過ごせたようで、僕は安心しました。鳥貴族に関わる人たちには全員幸せになって欲しいのです。僕は串をその男に投げつけて、


「出て行け! この王国に貴様は必要ない!!」


 などと言ってやりたい気持ちで一杯でしたが、グッと堪えました。

 一番乗りを横入りされた上、このような不快な気分にさせられとは想像もしなかった。そこで僕は、本当に鳥貴族を想っている客はあいつじゃなくて、俺なんじゃないか、と思うに至ったのです。奴は単に、オープンする店に二番目に来た客であり、本当に鳥貴族が好きで一番目に店前に到着した僕こそが、鳥王族を名乗るに相応しいんではないのかと。何番目に焼かれた串が供されたとかは関係ない。要は、誰がこの店で一番鳥貴族が好きなんだ?、という問いに「わたしだ」と静かに立ち上がる事ができること。それこそが真の鳥奴隷改め、鳥王者を名乗る事ができる条件なのではないかと。



 そうした事を考えながら、たらふく食べて店をでました。

 今でも時々その店に行くんですけど、その度に「好きだぞ」って惚れ直してしまう。コロナ禍でも頑張って欲しい。



※の補足は2023年9月に加筆した。


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わたくしと鳥貴族 江戸川台ルーペ @cosmo0912

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