夢の傷痕
四月一日 零
【夢の傷痕】囚われているのは、彼か、私かーー。
最近、夢でよく逢う人がいます。
私は全くその人を知らないのですが、彼にとって私は古くからの知人のようで、それはそれは嬉しそうに微笑むのです。
正直、私は戸惑ってしまいます。
彼と私が出会う場所は様々です。
あるいは喫茶店、あるいは学校の教室、あるいは自宅のベランダ。
今日はベランダでした。
二人で星を見ていました。
月明かりに照らされた黒髪がゆらゆらと風に靡いていて、とても綺麗でした。
彼の瞳が横目で私を捕えます。
その瞳は何処か儚げで鬱くしいのだけれども、飢えた獣のような貪欲な部分も秘められていて、決まって私は動けなくなるのです。そんな私の姿を見ている彼は相変わらず優しい笑みを浮かべていますが、なんだか私はそれを怖く感じてしまいます。
「ねえ、覚えている?」
彼は決まって、そう私に尋ねます。
何度も会っているのだから、答えなんて分かりきっているのに。
彼は残酷です。
きっといじわるなんでしょう。
私がいつも通り俯いて首を小さく
横に振れば、
「そっか……。」
と彼は短く呟きました。
その寂しげな表情が、時折酷く私の罪悪感を掻き立てるのです。
ポンッ。
「泣かないで。」
頭に何か柔らかい感触を感じたので、顔を上げると、わしゃわしゃと彼が私の頭を撫でていました。
「君は悪くないんだ、たぶん。ただ、振り切れているだけなんだから……。でも、僕には無理だ。例え、君が忘れてしまったとしても……。」
グイッ。
彼の手に引かれて、私の身体が引き寄せられます。
気づけば私は、彼の胸の中に収まっていました。
私を抱きしめる彼はまるで壊れ物を抱えているかのようで、時折震えていました。
まるで悶えるかのように。
そこで私も彼を抱きしめ返そうとしましたたが、彼の方が壊れてしまいそうだったので、そのまま身を預けることにしました。
「置いて行かれる方は、さぞや苦しむんだろう。でも、置いて行く方もまた同時に辛い。互いに気が遠くなる程に次の逢世を望むけど、その時にはすっかり忘れてしまうんだ。これを虚無と言わずして、なんて言うんだい?」
嗚呼、私達はかつて耐え難い離別でもしたのでしょうか?
「でもね、」
嗚呼、彼のぬくもりが私から離れていく。
「僕は君を忘れない。だからこうして彷徨っている。」
スルリと、私の首に彼の脆く白い両腕が絡みつき、喉元に爪が食い込む。
「だからね、君も、こうやって縛られるしかないんだよ。」
私を締め付けて綻ぶ彼の瞳は、先程までの鮮血のような紅と違って、まるで骸のような黒い空洞でした。
翌朝、幸いにもあれは夢なので、私は死ぬこともなくいつも通りの朝を迎えることができました。
何より、私の首から滲んでいるその血が証拠ではないでしょうか。
なんだか目が覚めた今も、彼のぬくもりが生々しく残っているようで仕方がないのです。
いつまで、私はこの夢を見続けるのでしょうか?
夢の傷痕 四月一日 零 @watankukirei
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