おまけ

お題140字小説まとめ①

①お題:『取り引き』『晴れ』

 登場人物:如月きさらぎゆら氷輪ひのわ


 響の隣で、氷輪が購買の新作クロワッサンを頬張っている。これは響の願いを聞く代わりの取り引きとして氷輪に買わされたものだ。神獣とは思えないその食事姿に響は内心呆れつつ、自身も昼食を食べ進める。曇天のわずかな晴れ間からそっと差し込む光が優しくふたりに降り注ぐ、そんなある日の昼下がり。



②お題:『晴れ』『狡い』

 登場人物:幸徳井こうとくい玲子れいこ古河こがかえで


 そろそろ休め──そう何回も声をかけているが、もう少しだけと言いながら玲子の手が止まることはない。気を晴らしてほしいというこちらの心情も知らずに。嘆息した楓が奥の手を使う。「おぬしが休まんと誰も休めんのじゃが?」少し狡い言い方だが、それでようやく彼女もペンを置いたのでよしとしよう。



③お題:『不機嫌』『シャツ』

 登場人物:名倉なくら満瑠みつる


 閃く刀身が異形の身体を一刀両断した。化け物が灰となって消える様を見ることなく納刀し満瑠は身をひるがえす。もう興味などなかった。「あーあ、つまんな〜い。もっと骨のあるやつとやりたいのに」その声音には不機嫌さが滲んでいる。そんな満瑠を慰めるように吹いた風が、彼のシャツを微かにはためかせた。



④お題:『ネクタイ』『赤』

 登場人物:如月響、幸徳井玲子、氷輪


「如月さん」ふいに呼ばれ、はい?とそちらを見やると、玲子の手が伸びてきた。「……!?」「ネクタイが少しよれているわ。…はい、これで大丈夫」突然のことに固まった響に、玲子はふわりと微笑んだ。「あ…ど、どうも」もごもごと返した響の耳が少しだけ赤くなっていることに、氷輪だけが気づいた。



⑤お題:『不機嫌』『信号』

 登場人物:不破ふわ要一よういち、名倉満瑠


 まずい、と脳裏に危険信号が点滅している。この状況、なんとかせねば…。「あれ〜?要ちゃんなーんか不機嫌な感じ?」「黙れ。真剣に考えているんだ」睨めつけられるが、満瑠は涼しい顔。「ブラック売り切れなら仕方ないし、諦めて微糖にしたら?オレ、サイダーね」「ちゃっかり奢られようとするな!」



⑥お題:『もし』『黒』

 登場人物:不破要一、古河楓


 もしもの話だ。もし、違う道を選択していたら、こうはならなかったのだろうか。「現実逃避しておる場合か?」「……」要一は、目前の黒い水溜まりを凝視したまま固まっている。「運が悪かったな。まさかカラスが急降下してくるとは…ほれ、片付けるぞ」楓に促され、要一はようやく動き始めるのだった。



⑦お題:『しかし』『太陽』

 登場人物:氷輪


 自分はあるじを導く太陽ではない。ただその行く末を見守るだけの存在。どちらかといえば月だ。奇しくも、与えられた名も月に関する字を持っている。しかし、その響きは対極の太陽を意味する言葉。あのものぐさの小童こわっぱは一体何を思ってこの名をつけたのか。その答えは、見上げた夜空も教えてはくれなかった。



⑧お題:『歌』『風』

 登場人物:土御門つちみかど深晴みはる


玉響たまゆらに、浮かぶその顔、愛しくて──なんて、ね」暮れなずむ空を仰ぎ見ながら、深晴は歌うように口ずさんだ。「ねぇ、あなたは今、何をしているの?」誰にともなく呟いた言葉は、足元に転がった死骸からこぼれる灰とともに、さっと吹いた風にさらわれていった。まるで、どこかに運んでいくかのように。



⑨お題:『なびく』『先生』

 登場人物:土御門深晴


 先生、と呼ぶ声がふと耳の奥に蘇る。呼ばれるたびに、えも言わぬ優越感と征服感が胸を満たす。あの子は決して私になびくことはない。だが、そこがいい。わざと嫌がるようなことをして、わざと怖がらせて。そうしてどれほど毛嫌いしようとも、結局寄る辺は私しかないのだ。ああ、本当に──たまらない。



⑩お題:『そんな』『どこ』

 登場人物:如月響、氷輪


 ふいに背筋がゾッとした。身震いした響を氷輪が怪訝けげんそうに見る。「どうしたのだ」「や、なんか急に嫌な感じがして…」「どこぞで風邪でももらったわけではあるまいな」そんなんじゃない、と響は首を振る。この感じは身に覚えがあった。きっと、あの人だ。師の姿が思い浮かび、響は顔を歪めるのだった。



⑪お題:『切り替え』『音』

 登場人物:幸徳井玲子、不破要一


 コツコツと、指先で机を叩く音が響く。「随分と悩んでいるようね」玲子の指摘で、要一はようやく自分の挙動に気づいた。すまない、と慌てて詫びるが、彼女は気にしていないというふうに首を振った。気持ちを切り替え、互いに黙々と仕事を再開させる。この静寂が、実は要一はけっこう好きだったりした。



⑫お題:『髪』『愛』

 登場人物:古河楓、名倉満瑠


「──む」首を巡らせた動作で括った髪が揺れる。楓の視線の先に満留がいた。「どこに行っておったのじゃ」「んー?わかってるくせにぃ」へらりと笑いながら、彼は腰に佩いた愛刀を軽く叩く。その言葉のとおり、妖異を相手にしていたことはわかっていた。楓は軽く息を吐く。この男は本当に変わらない。



⑬お題:『男子』『揺れる』

 登場人物:不破要一、名倉満瑠


「要ちゃんってよく食べるよねぇ」そう言われ、要一は首を傾げた。別にこのぐらい普通の量ではないのか。「女の子ってさ〜、ガツガツ食べる男子は引くらしーよ?」続いた言葉に、要一の心が揺れる。彼の視線の動きを満留が面白そうに見ていた。要一がからかわれたのだと気づくのは、もう少し後のこと。



⑭お題:『数』『女』

 登場人物:吾妻愛生、如月響


「時間まだあるし、ちょっと話そうぜ。女子会ってやつだな」今日分の仕事が終わった矢先に、愛生がそんなことを言い出した。……もしや自分も頭数に入っているのだろうか。嫌な予感がして響はこっそり出ていこうとした。が、あえなく捕まり、うええ、と悲壮な声を上げながら引きずられていくのだった。



⑮お題:『走る』『画面』

 登場人物:如月響、氷輪


 息を切らしながらひた走る。「セ、セーフ…」ようやく到着した校門をくぐり、乱れた息を整えつつスマホの画面を見ると、時間は五分前を示していた。これならチャイムが鳴るギリギリ前に着席できる。「まったく、汝は余裕を持っての行動ができぬのか」氷輪の苦言を聞き流し、響は教室に向かうのだった。

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