星廻る輩 ☆伍
降魔術は、
陰陽五行説とは、大昔の中国で生まれた陰陽説と五行説という思想が結合したものだ。
陰陽説は、すべての事象は『
例えば、陰は月、夜、女などが分類され、陽は太陽、昼、男などが分類される。
ただし、これらの性質は『陰』だから悪く『陽』だから良い、というものではけっしてない。
『陰』がなければ『陽』が成り立たず、『陽』がなければ『陰』が成り立たないというように、相反するものでありながらも両者があって初めて成立する、言わば共存関係なのである。
また、これらは固定的なものではなく、その事象がなにかしらの影響を受けるなどすれば 『陰』に傾いたり『陽』に傾いたりする。つまり、その事象のバランスは常に変化し増減しているのだ。
そしてもうひとつの五行説は、万物は『
この概念の根底には、『五行が互いに影響を与え合い、その
五行は自然の力で、
木行は、雷と風の力。曲げる、またはまっすぐにする性質を持つ。
火行は、そのまま火の力。燃やしたり、熱を持たせたりする性質を持つ。
土行は山と地の力。植物や大地を育む性質を持つ。
金行は天と沢の力。形をあらため器とする性質がある。
水行、これも火行同様そのまま水の力。潤わせたり、冷やしたりする性質を持つ。
それに加えて、『
相生とは、木は燃えて火を生む『
相剋は、水は火を消す『
他にも五行においての関係性はあるが、特に重要視されるのがこの相生と相剋の二つだった。
つまり、陰陽と五行を組み合わせ、〝すべての事象は陰陽に分けられ、かつ、木火土金水の五行からできている〟としたのが陰陽五行説であった。
そして、その陰陽五行説に道教を取り入れて日本独自の発展を遂げたものが陰陽道であり、その陰陽道に携わる者を陰陽師と呼んでいた。
その陰陽師こそ、降魔士の前身である。
もともと陰陽師は陰陽道を用いた天文の観察や占術を
除災の〝災〟は人に降りかかる災厄を指し、そこには妖異も含まれた。人に危害を加える妖異も立派な災いだからだ。
そこから、陰陽師に妖異を
その妖異調伏を行うにあたり陰陽五行説に則って編み出されたのが、陰陽師から降魔士へとその名称を改めた現代でも使われており、今や古式と呼ばれ、カデイ式の元となった降魔術なのであった。
「今日の実技は集団戦の訓練だ」
特別授業の六限目。降魔科専用体育館に集められたAクラスの生徒たちに向けて、
「降魔士は、連携をとって効率よく最短で的確に敵を討つのが重要になってくることは、みんな知っているな」
カデイ式降魔術は妖異調伏に特化し、五行に重きを置いて効率化された術式。ただ唯一の弱点として、古式に比べて術の威力がやや落ちるというものがあった。
低級の妖異ならばともかく、強大な力を持った妖異を相手取るときは、降魔士ひとりでは時間がかかってしまう。
せっかく術の発動を高速化し効率性を大幅に上げた術式を使っても、調伏に時間がかかってしまうようでは意味がない。
それを補うために、降魔士は原則として複数人で妖異調伏にあたることが定められている。
よって仲間と連携をとっての戦闘訓練は、降魔士になるにあたって必要不可欠な項目であった。
「今回は三人一組になり、協力して
疑似鬼とは、妖異に似た姿形をした訓練用の
三人一組の言葉を聞いた
「…………」
そんな様子を、
基本的に実技演習の授業は修練場で行われており、その間氷輪はギャラリーの欄干上で授業を観覧している。
「制限時間は五分。時間内に疑似鬼を三人で協力して倒すこと。倒すとはいっても、一定のダメージを受ければ
鵜飼の説明が続く。
「組み合わせだが、さっき配った
響はすっと視線を落とした。手元に授業開始直後に配られた四つに折りたたまれた紫色の色紙がある。
クラスメートたちが各々自分の組を見つけていく中、響も面倒そうに息を吐いてきょろきょろと辺りを見渡した。
すでにほとんどの生徒が三人組を作っている。そんな中で、響の目がある二人組を捉えた。
男女二人だ。ネクタイの色からどちらも同じ一年生だとわかる。
そんな二人の手元にある色紙の色は――紫。
響は仕方なしにそちらへ向かっていくと、あちらも気づいたようだった。近寄ってくる響が手に持った色紙を見ると、男子生徒のほうがあからさまに目元を険しくする。
「嘘だろ……よりによってコイツとかよ」
「ちょっと、露骨すぎ」
嫌悪の眼差しで響を見る男子生徒を、傍らの女子生徒がなだめる。
「全員組めたようだな」
組み終えたことを確認した鵜飼がパンッと手を叩いた。
「では、他チームの邪魔にならないよう間隔を空けて広がってくれ。開始は五分後。それまでに話し合って作戦を決めておくように」
それを合図に各チームが移動を始め、場所が落ち着いたところから話し合いが行われる。
「あなた、私たちの名前覚えてないでしょ」
響たちのチームは体育館の一番端の付近に場所を取った。そして、女子生徒から出し抜けにそんなことを言われ、響は目を瞬かせる。
しかし、嘘をついても仕方がないので響がまぁと肯定すると、男子生徒は盛大に舌打ちをした。
「はぁ……、だと思った。あなた誰とも話さないもの。っていうか、誰にも興味なさそう」
女子生徒は呆れ顔をし、やれやれと首を振ってから自身の胸元に片手を当てた。
「あたしは
梨々花と名乗ったその女子生徒は、肩より少し長い明るめの髪をしており、毛先をゆるく巻いていた。その髪を右側だけ耳にかけて、数本のヘアピンで留めている。身長は百六十ほどで響とほぼ同じか、梨々花のほうがわずかに高いぐらい。
ハキハキとしたしゃべり方と、吊り気味の目がぱっちりとしていて勝気な印象を受けるのもあって、快活そうな雰囲気だった。
「はい、次は
水を向けられた男子生徒が眉間にしわを寄せた。
「はぁ? なんでわざわざ自己紹介なんざしなきゃなんねぇんだよ」
「三人で協力して疑似鬼を倒さなくちゃいけないのよ? チームワークが大事なんだから、名前ぐらいはお互いちゃんと知っておいたほうがいいでしょ」
「チッ、意味わかんねぇ」
男子はそっぽを向いた。それきり名乗る気配を見せない男子にため息を吐き、梨々花は彼を指す。
「で、こっちのスネ男は篁
「誰がスネ男だ!」
噛みつくように声を荒げた男子生徒、竜之介はじろっとこちらに睨みを利かせた。
目つきが悪く、ほんのり青みがかった暗い髪は長めで、前髪が若干顔にかかっている。百七十は超えてはいるが、高校生男子の中では平均的な背丈だろう。
これは流れ的に自分も名乗るべきなのだろうかと思い、響が口を開きかける。
「如月さんはチーム戦の経験はあるの?」
だが、響が言葉を発する前に、梨々花が話を進めていく。名乗る必要はなさそうだった。転科生のため注目が集まっていたので当然のことなのだが。
「ないけど」
「ハッ、使えねぇ」
響の返答を受け、竜之介が聞こえよがしにこぼす。それを梨々花がこらとたしなめ、質問を続けた。
「術は? 何が得意なの?」
「……得意?」
響ははてと小首を傾げた。術は色々使えるが何が得意かと聞かれると、すぐさま答えられるほどの得意な術がこれといって思い当たらない。
が、強いて言うならば。
「
「…………」
梨々花は絶句し、竜之介がまなじりを決して響へと
「テメーふざけてんのか? そんなもんがこの授業で役立つわけねぇだろうが」
響は肩をすくめた。聞かれたことに答えただけなのに、怒られてしまった。
首を振って気を取り直した梨々花が、再び響に問いかける。
「そうじゃなくて、得意な五行を聞いてんの。あたしは得意なのも適性も木行。篁もどっちも水行」
術者には適性の五行がある。その人が元来持つ五行の素質だ。
ただし、適性だからと言って必ずしもそれしか使えないわけではないし、それしか使ってはいけないわけでもない。適性と自分が使いやすいと感じる五行が同じとは限らないからだ。
適性とは違う五行をメインに使っている術者も中にはいるし、そう珍しいことでない。とはいえ、やはり適性のほうが術との相性がよく、発動する術の威力も十二分に変わってくるため有利なのは事実。
響は再び考える。何が得意なのか。考えたこともなかった。
「さぁ」
「…………。えーと、ちなみに適性は?」
「金」
それを聞いた途端、二人は渋い顔をした。
「金かぁ」
「嘉神じゃ
五行にはそれぞれ特性があり、それゆえに使いどころの面で差異が出てくる。
扱いやすさで格付けすると、火と水が一番で、次に木、その次が土、そして最後が金となる。
火と水が汎用性の高さがずば抜けている属性のため、もっとも好まれているので、このふたつを操る術者は特に多い。火は攻撃特化型で、水は攻守一体型。
木は雷と風の二種類の自然の力が使えるため、火水に次いで使われる属性である。攻守よりも、支援として使われることが多い。
土は小回りの観点からするとやや扱いづらさはあるものの、広範囲かつ高威力の術式であれば、使いどころによっては火行をも凌ぐほど強力な属性だ。
その中で、金は『天・沢』というぱっとイメージしづらい力を持つせいでもっとも扱いが難しく、これをメインの術式として完璧に使いこなせる術者はかなり少ない。
そのため、ハズレ適性のような扱いをされている属性だった。
ただし、金は金属を指すため、霊刀などの対妖異用に作られた金属製武器を使うには非常に相性が良い。
だから金行適性者は他属性を極めるか、金属製術具使いになるケースがほとんどだった。
「如月さんは……見たところ術具使いでもなさそうね。でしょ?」
響は頷く。かくいう響も、金行の術式を使いこなせるわけではない。金行を生かせるような術具も特に持ち合わせていないし、例に漏れず他四行を使うことがほとんどだ。
しかし、響はこれといって気にしていなかった。今まで不便に感じたことは一度もなかったからだ。
自分の適性が金であるとわかったときも、それを有効活用するような方法などは特に教わらなかった。教える気もなかったようだが、あの人の場合は自分にそのすべがないから教えられなかった、という理由ではないだろう。
とはいえ、考えたところで己の師の思考がわかるはずがないし、響自身にとって適性だとかはどうでもいいようなことなので深くは考えない。
それに、術式に必ずしも五行が用いられるわけではない。どこにも分類されない術はいくらでもあり、古式には特にそういった術式が多い。
だから、古式を使う響にとっては、五行にそこまでの重きは置いていない。
しかし、カデイ式術者にとって、適性は非常に重要なことであった。
なぜなら、適霊機に記憶しておける術は、その術者の適性五行のものだけだからだ。
つまり、術者の適性が火行であった場合、適霊機に記憶させられる術式はその火行を用いた術式のみとなる。適性以外の五行は適霊機には組み込めないのだ。
竜之介が剣呑な目で響を見る。
「じゃあ何が使えんだよ」
「んー……。なんか、色々?」
響の
「まぁそれならそれでオールマイティってことで、使い勝手がいいと言えなくもない。かも」
「都合よく解釈しすぎなんじゃねぇのか」
「ネガティブになったって仕方ないでしょ。で、如月さんは術具何か使うの? あたしたちは適性外の術はこれを使うけど」
そう言って、梨々花は
古式で使用する符と同様、符盤にも種類があり、その中に『
火行術式が組まれた『
火盤だったら火の術式が起動し、木盤だったら雷か風の術式が発動する。どちらが発動するかは、術者の始動語で変わる。
始動語は任意の言葉で、例えば爆発させたければ『
そして、この符盤を使うことによって、自身の適性外の術を発動させることができるのだった。
カデイ式に対して古式の霊符は、特に五行で分けられていない。その場で必要な属性の術式を組み、放つのだ。その点でいえば、符をいちいち選ぶ必要がないので楽ではある。
カデイ式は、水だったら水盤でしか発動できないといったように、発動したい属性の符盤を選ばなければならない。
とはいえ、カデイ式は霊力さえ流し込めば、その符盤に事前に組まれた術式が発動する。逆に古式は、その場で術式を自分で組まなければいけないので多少のロスが生じる。
必要な属性を瞬時に判断しなければならないという点では同じなので、一概にどちらのほうがいいとは言えないわけではあるのだが。
「術具……」
梨々花の問いかけに、響はしばし考える。響が普段使う術具は符と数珠だ。
響は懐から抜き取った短冊のような紙片、符を出した。
「それ、えーと、古式は符っていうんだっけ? 効果は符盤と同じなのよね?」
「たぶん」
「そ、ならいいわ。それじゃ作戦だけど――」
「ちょっと待て。つーか、なんでお前が仕切ってんだよ」
不服そうに竜之介が遮る。梨々花はきょとんとして首を傾げた。
「何か問題があるの?」
「大アリだ。なんでお前の指図で俺が動かなきゃなんねぇんだよ」
険のある言い方に、梨々花は困惑する。
「え、だって誰か指示できる人がいないと連携が取れないじゃない」
「それがなんでお前なんだって言ってんだよ」
二人が言い合っていたそのとき、あと三十秒という担任の声が聞こえた。梨々花が焦る。
「え、もうそんな時間!? まだ何も決められてないのに!」
「チッ、こいつのせいだろ」
「いやなんでわたし……」
突然指を差され、響は眉根を寄せる。竜之介は苛立たしげに吐き捨てた。
「テメーのできることがわかんねぇからだろうが。古式なんざ使いやがって。自分がどんだけ人に迷惑かけてるかわかってんのか?」
「えー……」
響は眉をひそめる。いくらなんでもそれは理不尽というものではないだろうか。
「やめなさいってば。こんなところで仲間割れしてたって仕方ないでしょ」
諦めたように梨々花は首を振った。
「これはもう、ぶっつけでなんとかやるしかないわね」
「……フン」
直後、鵜飼の声が響いた。
「よし、時間だ。結界を張るぞ」
体育館をぐるりと囲むように設置されたギャラリー、鵜飼はその中央部分が出っ張っているところに移動していた。
彼がそばにあった機械を操作する。これは『霊力抑制結界』を張るための装置で、起動すると中にいる者の霊力が半分程度に抑えられる。
そうすると、必然的に術者の放った術の威力もがくんと落ちる。訓練中、思わぬ事故で生徒が大怪我をしないために、館内で術の行使をするときは必ず起動することが定められているのだ。
霊力抑制に加えて、この結界は霊力が外に漏れないようにする役割もある。
装置の起動により館内に結界が張り巡らされ、生徒たちの霊力が弱まった。それだけでなく、各組で仕切りのように障壁が築かれる。各組が正方形の結界の中にいるような形になった。これで誤って他チームの術が飛んでくる心配がなくなるのである。
「全員、準備はいいな?」
そう言って、鵜飼が手に持っていた何枚もの式鬼を召喚するためのチップのような欠片――召喚核を一斉に宙へ放った。
「疑似鬼起動!」
言下に核がカッと光り、それぞれの結界の中へと飛んでいった。
着弾した召喚核は妖異のなりをした式鬼へと姿を変えていた。これが疑似鬼だ。
全身真っ白で、二足歩行の丸々と太ったトカゲのような外見だ。地に着いた長い尾がうねっている。
輪郭こそあるものの、その顔はのっぺらとしており額に黒い字で『鬼』とあった。全長は響の胸辺りと、それなりの大きさである。
「演習開始!」
ブザー音が鳴り渡り、同時にタイマーが作動した。
「じゃあ、篁と如月さんは――」
「
梨々花が言い切る前に、竜之介が術を繰り出した。
「は!? ちょっと篁、なに勝手に……!」
「俺に指図すんな! お前らは俺のフォローに回ってろ!」
抗議の声に返ってきたのは、そんな横柄な言葉だった。
彼が右腕を薙ぎ払う仕草をして放ったのは水の刃。その水刃は疑似鬼の首めがけて飛んでいく。
すんでのところで疑似鬼がそれを避けた。見た目に反して動きは
避けた先で正面にいた響を標的と認め、襲いかかってくる。げっと顔を歪めた響だったが、仕方なく迎え撃つべく、刀印を作ってその切っ先を疑似鬼に据えた。
「放つ風、禍(まが)ものを打ち破る刃となれ!」
唱えると風が生じ、刃となって標的に向かっていく。
「あ」
しかし、そこに横から飛んできた術がぶつかり、消失してしまった。
術が飛んできた先にいたのは竜之介だった。響と術の発動タイミングが被り、術同士がかち合ってしまったらしい。
「テメェ、邪魔すんじゃねぇ!」
怒号が飛んでくる。え、これわたしが悪いの、と響は
目前で術がぶつかり合ったために一瞬動きを止めていた疑似鬼だったが、気を取り直したのかこちらに飛びかかってきた。それを響は飛び退って避ける。
「あれ、あんな動きもするのか……」
疑似鬼との戦闘訓練が初めての響は、そもそも疑似鬼の動きを知らない。もしかしたらどこかで話されたのかもしれないが、記憶にない。
とりあえず相手の動きを止めよう。そう考えて、響は金縛りの術を試みる。
「縛れ。これは見えざる神力の……っ」
唱えている途中で、肩に衝撃がかかり詠唱が途切れてしまった。竜之介がぶつかってきたのだ。ぎっと睨みつけられる。
「ってぇな! 何ぼさっと突っ立ってんだ!」
「いやそっちがぶつかって来たんでしょ……」
「ちょ、ちょっと、なに喧嘩してんの!」
少し離れたところにいた梨々花が声を張り上げる。
「篁、あんただけがやたらめったら攻撃してたって意味ないでしょ! みんなで協力してやんなきゃ――」
しかし、竜之介は聞いていない。再び疑似鬼に向かって行ってしまった。
もうっと
「如月さん、こうなったらあたしたちだけでも連携取って篁をフォローするしかないわ」
「えー、もうあの人ひとりでやればよくない?」
「い、いいわけないでしょ! これはチーム戦なのよ!? ひとりでやってたら意味ないの!」
「ああそう……でも、そんなのあっちの頭に残ってないみたいだけど」
「だから! しょうがないからそれをフォローするの!」
響は肩をすくめ、そっと息を吐いた。
「で、どーすんの?」
「そうね……じゃあ、あたしたち二人で術を合わせて疑似鬼に一発入れるわよ。それで疑似鬼も少しは動きを止めるはず。そしたら篁がとどめを刺してくれるわ、きっと」
「はぁ」
「じゃあ行くわよ……せーの!
「てか、合わせるって何出せばいいわけ?」
「今それ言うの!?」
どこまでもマイペースな響に
梨々花が放ったのは小さな竜巻。標的に向かって行ったが、威力がいまいちだったのか疑似鬼が横薙ぎに払った尻尾で容易く掻き消されてしまった。
そしてその尾はさらに回転すると、後ろで攻撃を仕掛けようとしていた竜之介に直撃した。
「ぐっ……!」
「篁!」
吹き飛ばされた竜之介は床に転がったが、即座に立ち上がって疑似鬼と距離をとった。そして、烈火のごとく
「この役立たずどもが……! 足引っ張るぐらいなら引っ込んでろ!」
そう吐き捨て、竜之介は疑似鬼に攻撃を仕掛け始める。もうこちらの存在を完全に視界に入れる気がないようだ。
梨々花が悔しげに顔を歪め、再び響を見た。
「如月さん、もう一度やるわよ! 今度こそ成功させたら篁だって……」
「いやもう無理でしょこんなの」
「は? な、何言って……」
「わたしはパス。やりたければご勝手にどーぞ」
響は完全にやる気を失い、術を繰り出すのをやめてしまった。これならひとりでやったほうが断然気楽だし、効率もいい。
「そんな……ど、どうしたら……」
梨々花はおろおろすることしかできない。
ひとりはチームメンバーに一切気を向けずただがむしゃらに攻撃し、ひとりはやる気をなくして戦闘を放棄し、ひとりはどうしようもない状況に
そんな状態で上手くいくわけもなく。
やがて、タイマーのブブーッとけたたましい音が辺りに響き渡った。
その瞬間、響たちの前にいた疑似鬼が一瞬で姿を変え、召喚核へ立ち戻った。結界も解かれる。
連携もへったくれもなく、響たちのチームは見事なまでにボロボロ。時間内に疑似鬼を倒すことはできなかった。
しばらくその場で呆然としていた竜之介は、やがてずかずかと響に迫ると、今にも掴みかからんばかりの勢いで怒声を上げた。
「クソッ! お前のせいで倒せなかっただろうが!」
「ええ……わたしのせいなの」
頭ごなしに怒鳴られ、響は眉をしかめる。
「お前が足引っ張ったからだろうが!」
「や、やめなさいよ。さっきのは篁もよくなかったし……」
口をはさんだ梨々花を、竜之介はぎろりと睨んだ。
「お前はコイツの肩を持つのか?」
「肩持つとか、そんなんじゃないけど……。でも、如月さんだけのせいじゃないでしょ」
たじろぎながらもなんとか言葉を返す。そんな梨々花に、竜之介が眉を吊り上げた。
「つーかテメーもたいして役に立たなかったじゃねぇか。何棚上げしてんだ?」
「なっ、棚上げなんてしてない! あんたが人の言うこと全部無視するから……!」
「あんなトロくせぇ指示誰が聞くんだよ。でかい顔しやがって、何様なんだっつーの」
梨々花が傷ついた表情を浮かべた。口をつぐんだ梨々花から興味を失くしたように首を巡らせた竜之介は、再び響を
「転科生、テメーも黙ってないでなんとか言ったらどうだ」
「なんとかって?」
響は首を傾げる。何を言えばいいのか本気でわからない響だったが、その態度が竜之介の勘にいちいち触った。
「古式使いだかなんだか知らねぇが、そんな役に立たねぇもん使ってよくここにいられるな。自分は他人とは違いますってか? は、たいした実力もねぇくせにいい気になってんじゃねぇぞ」
立て板に水のごとく、ひどい暴言が響に浴びせかけられる。
「ちょ、ちょっと……」
梨々花が声を上げかけたが、竜之介に睨まれ口をつぐむ。
一方、響は怒るでも悲しむでもなく、ただただ面倒くさそうにはぁっと嘆息した。
「おかしな八つ当たりしないでほしいんだけど……。てか、そっちだってさっきから怒鳴ってるだけじゃん」
「……なんだと?」
「なんか全部人のせいみたいに言ってるけどさぁ、言うほどそっちも役に立ってた?」
「……っ、テメー! もっぺん言ってみろ!」
「やだよ、めんどくさい」
「この――」
「はい、そこまで」
そのとき、一喝が轟いた。鵜飼がいつの間にかギャラリーから降りてきて、響たちのそばまで来ていたのだ。
「鵜飼先生……」
梨々花が少しほっとしたような表情を浮かべ、反対に竜之介はばつの悪そうな顔で黙り込む。
そっと息を吐いた鵜飼は首を巡らせ、館内に散っていた生徒たちへ声をかけた。
「全員集合!」
「クリアできなかったのは、篁、三船、如月。きみたちのチームだけか」
散開していたクラスが集合すると、目の前の響たちを見ながら鵜飼がそう言った。
他の全チームは時間内に疑似鬼を倒せたらしい。どこかからくすくすと笑い声が聞こえ、いたたまれない気持ちになった梨々花が顔を赤らめる。竜之介は怒りで肩を震わせていた。
そんな彼らを見て何事か思案する風情だった鵜飼が、やがてひとつ頷いた。
「よし、じゃあこれは課題にしよう。週明けにまたテストするから反省点を明確にし、それを克服して再試に臨むように」
その言葉に、竜之介がぎょっと目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待ってください! またコイツらとやらなきゃいけないんですか? せめてチームを変えてくださいよ! そうしたら俺だって――」
「篁」
言い募っていた竜之介が息を呑む。そんな教え子を鵜飼がまっすぐ見据える。
「妖異はいつどこに出るかわからない。そんな中で、降魔士は常に臨機応変に対応しなければならないんだ。その際に、どの術者とでも即座に連携をとれるようにしておかなければ、妖異調伏に差し支える。まさか、これがわからないわけじゃないだろう」
滔々と語られ、竜之介はぐっと言葉を詰めた。鵜飼はさらに言葉を重ねる。
「自分はこのチームとは相性が悪いので連携できません――なんて、そんなわがままが現場で通用すると? その結果周囲に甚大な被害が出た場合、きみは一体どうするつもりだ?」
「それ、は……」
担任から厳しい叱責が浴びせられる。竜之介は二の句が継げず、悔しそうな顔で俯いた。
「どんな困難な状況でも知恵と対応力を駆使して成功に導いてこそ、立派な降魔士となれるんだ。これをよく胸に刻んでおくように」
そして、鵜飼の目が梨々花と響に向けられた。
「三船、如月、きみたち二人もだ。今の自分に何が欠如していて、それをどう克服していくかきちんと見極めること。いいな?」
「はい……」
梨々花がしょんぼりとうなだれながら返答する。響は面倒そうに息を吐くだけだ。
そして、鵜飼は集まったAクラス全員に目を移した。
「与えられた役目をまっとうするのは当然として、その中で目まぐるしく変化する現場の状況に、個々で臨機応変に行動することも必要となってくる。各々それを忘れないように」
言下にチャイムが鳴り渡り、授業の終了を告げた。
「――――……」
ギャラリーで見ていた氷輪は、不服そうに鼻を鳴らし尻尾をくゆらせるのだった。
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