焼き鳥

サヨナキドリ

レバー

「どうかした?そんなにじろじろ見て」


 正面に座る彼女に言われて、私はビールのジョッキを置いた。


「いや……不思議だなと思って」

「不思議?何が?」


 そう言いながら彼女は、手に持った串からレバーを一切れこそぎ取るように食べた。私は答える。


「君は飲み屋にくると、レバーを頼んで嫌そうに食べる。いつも」


 私の言葉に、彼女は自分が持つ串を見て目を丸くした。それから困ったように眉を下げて、私に言う。


「あまり楽しい話でもないんだけど……君には話しておいた方がいいか」

「うん?」


 躊躇うような彼女の言葉に、私は『うなずく』と『首を傾げる』の中間くらいの動きをした。彼女は串を皿に置くと、静かに息を吸って言った。


「私、焼き鳥が嫌いなの」

「う、うん?」


 彼女の言葉の真意が分からず、今度は十割首を傾げた。


「君には話したことがあったっけ?私、両親が離婚してるの」

「ああ、たしかに少しだけそんなことを聞いた気がする」


 朧げだが記憶がある。


「でもそれが焼き鳥に何の関係が?」

「……父は絵に書いたようなろくでなしでね。酒浸りで母さんには手を上げて、挙句会社の金に手をつけてクビになってとうとう離婚したんだけど」

「……大変だったんだな」


 半ば自嘲するように軽い口調で言う彼女に、私は少し気圧されながら言った。私の反応に『大したことじゃない』とばかりに軽く会釈をして、彼女はグラスに口をつける。それから少しだけ口が重くなった様子で彼女は続けた。


「アレが飲み屋から酔っ払って帰ってくる時、時々お土産を持って帰ることがあったんだけど、それはいつも焼き鳥だった。つまみに頼んで食べ切れなかった分を包んでもらってたんだろうね、たぶん」


 その言葉に、私は納得がいってうなずいた。


「なるほど、それで君は焼き鳥が嫌いなのか。『その人』のことを思い出すから」


 私がそう言うと、彼女は少し困ったように笑って言った。


「うん、それでほとんど正解なんだけど……ちょっとだけ違うかな」

「?」


 彼女の言葉に私は首を傾げる。彼女は目の前の食べかけの串を持ち上げながら言った。


「アレを思い出す、ってだけでダメなら、そもそもお酒なんて飲めないし。……焼き鳥で思い出すお父さんの顔はね、いつも笑顔なの。……単純にはいかないね、人間って」


 これだけで全てが分かったとは思わないけれど、彼女の困ったような笑顔の意味が少しだけ理解できたような気がした。私は水の入ったグラスを口元に運んで、止まった。


「ん?」

「どうかした?」

「まだ『なんでレバーを頼むのか』を説明してくれてなくない?」

「ああ、それは——」


 私の言葉に、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「アレはいろんな焼き鳥を買ってきたけど、レバーだけは絶対に買わなかったから」


 そう言って彼女は、嫌そうな笑顔で串に残ったレバーをこそぎ取った。

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焼き鳥 サヨナキドリ @sayonaki

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