セオと焼き鳥の遭遇
加藤ゆたか
焼き鳥
「焼き鳥、焼き鳥。」
そう歌いながら、私の少し先の道を青い髪の少女が歩いている。人間ではありえない空のように明るく透明感を持った青い髪。少女はおそらくロボットなのだろう。
少女の左手にはビニールの袋がさげられている。少女が腕を振る度に、ビニールの袋の底から茶色いタレが垂れているのだが少女は気付いていないようだ。私はその様子と少女の歌から袋の中身は焼き鳥であると推測した。
このままタレがこぼれているのに気付かずに家まで帰ったら、少女はきっと落ち込むだろうし、少女を待つ人間も怒るに違いない。ロボットは食事をしないので、少女の持っている焼き鳥は少女以外の人間の誰かの食べ物のはずである。
「お嬢さん、お嬢さん。」
「はい? お爺さん、なんですか?」
立ち止まり振り向いた少女は私を見てお爺さんと言った。まだ、そんな年ではないのだが。私は苦笑しながら、話を続けた。
「その袋、焼き鳥かな? タレがこぼれてしまっているよ。」
「え!? あ、ほんとだ! あああ、どうしよう!」
「ほら、パックが横になってるんだ。こうしてバランスを整えて……。これでもうこぼれたりしないだろう。」
「ありがとうございます。でも、お爺さんの手が汚れちゃいましたね。」
「ははは、これくらい舐めちゃうさ。むしろ美味しいタレをご馳走になってしまった。」
「美味しいですか? それならよかった!」
少女は屈託のない笑顔を私に見せた。私は少しドキリとした。まだ子供だった頃、この少女のように笑う存在が私の近くにもいた。親同士の仲が良く、一緒の学校に通い、一緒に将来の夢を語り合った。しかし、私も彼女も成長し、彼女はあの顔を滅多にしなくなった。彼女は今どうしているだろうか? 人間は成長すれば大人になってしまう。しかし、ロボットであるこの少女は違う。永遠にこの姿のままだ。いったい誰がこの少女に永遠を望んでいるのだ? あの笑顔を永遠に手にしたいと望んだのは誰だ?
私が少女の笑顔をもう一度この目に焼き付ける機会を得たいと儚い希望を持って少女を見ている間、少女は何か思案しているようだった。
「うーん、迷うなぁ。お父さんはタレいっぱいの焼き鳥を食べたいかもしれないし、でもタレをこぼしてしまったドジな私も好きかもしれないし……。」
考え込んでいた少女が、急に決心が付いたというように私を見て言った。
「決めた! お爺さん! この焼き鳥あげます! 食べてください!」
「ええ?」
「だって、さっきから食べたそうにしてるんだもん! タレ美味しかったんでしょ? でもタレだけじゃ足りないですよね。焼き鳥、きっと、もっと美味しいですから!」
「あ、ああ……。」
そうか。私は少女に焼き鳥を狙っていると思われていたのか……。この年でこんな恥ずかしい気持ちにさせられるとは想像もしていなかった。
「でも、いいのかい? 誰かのために買ったんだろう?」
「いいんです。焼き鳥はまた買えばいいので。あっちの公園のベンチに座って食べましょう!」
「それじゃ……お言葉に甘えようかな。」
少女は私の手を取って強引に私を公園まで連れていった。そして、私が焼き鳥を食べるところを横でジッと眺めた。
「お爺さんはこの町の人じゃないですよね? 旅行ですか?」
「まあ、そんなところかな?」
「お爺さんは人間だけど、不老不死じゃないんですね? お父さん……私のパートナーと少し雰囲気が違うから。」
「ん……。」
私は焼き鳥を飲み込みながら、少女の問いに頷いて返事をした。そうだ。私は不老不死ではない。不老不死の技術が確立してもう五百年が経っている。全世界の人口のほとんどが不老不死だ。不老不死の人間は年を取らない。だから少女の身近な不老不死の人間たちと比べて、不老不死ではない私はとても老けて見えたのだろう。
パートナーの人間か……。私は少女がそれを言った時、自分でも信じられないくらい落胆をした。いや、わかっていたはずだ。ロボットが人間のための焼き鳥を持って家に帰るということがどういうことか。少女はパートナーロボットだったのだ。誰か他の人間の。
私は少女の顔を見た。少女はその無垢な瞳で私を見返してくる。もう捨てたと思っていたのに、私がまだこんな馬鹿げた夢を見てしまうとは。
少女は私が焼き鳥を食べ終わったのを見届けると、その無邪気さで私に質問をした。
「どうしてお爺さんは不老不死にならないんですか?」
私は少女を見ながらも少女を通り越し、その先の彼女を、そして今まで出会った人たちを思い返していた。私の不幸は、彼らと会ってしまったことだったのだろうか?
「私は人間が好きだったんだ。」
「私も人間が好きです! お父さんも、修理屋のお姉さんも、タロの飼い主さんもみんな!」
少女が嬉しそうに言った。私もこの少女のようであったならば……。
「私は人生があるうちは、人間を嫌いにはなりたくなかった。だから今私は……。」
この少女に、私と一緒に来てほしいと言ったならば、一緒に来てくれるだろうか? 人間の望みを叶えるのがロボットの喜びであるならば、少しの間の旅行であると信じさせることができたらあるいは……。
「あれ、ジョン? よくここがわかったねえ! それに焼き鳥のことも。」
少女が私の肩越しに誰かを見て声をかけた。私が振り向くとそこには背の高い男性型ロボットがビニールの袋を持って立っていた。
ジョンと呼ばれた男性型ロボットは、無言で少女の眼を指さす。
「ああ、ロボットネットワークかぁ。」
ロボットネットワーク。私はその言葉を聞いて緊張した。そうだった。彼らロボットは常にロボットネットワークに接続されている。彼らが見たものは本部に集められて情報が共有されている。少女が私を見ている間、私はロボットネットワークに監視されていた……。
私はもう一度少女の方を見た。少女の瞳は変わらず私に向けられていたが、その表情はほんの一瞬前とはまるで違う物のように無機質な印象を拭えない。少女の笑顔が、もう先ほどと同じように愛おしいものとは見れなくなっていた。
「あ、ありがとう、焼き鳥。私はもう行かなければ……。」
「いえいえ、こちらこそ。少しお話聞けて楽しかったです! また来てくださいね!」
「ああ……。」
私は逃げるように、少女と男性型ロボットがいた公園を出た。二人の視線がまだ私を追いかけているような気がして、私は気付いたら駆けだしていた。
セオと焼き鳥の遭遇 加藤ゆたか @yutaka_kato
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