第85話 クリスマスは皆色々ある その二


 高橋綾乃の場合


 今日はクリスマスイブ。大学も年内に受ける授業はない。私はこの前買えなかった洋服を買おうと午後二時位に表参道を歩いていた。


 ここの街は流行りを追いかけすぎていて、直ぐに廃れやすいデザインが多い。新しく出来た駅の通りを挟んで反対側にあるショップに入ってみたけど、着たい洋服はやはり無い。竹下通りの方に行ってみよう。


 ゆっくり歩いていると

えっ、前週渋谷で私を助けてくれた男の人が歩いてくる。あっ、向こうも私を見つけたようだ。急ぎ足で歩いてくる。


「あの、この前渋谷に居た方ですよね。高橋綾乃さん?」

「はい、高橋です。この前は大変ありがとうございました」

 俺は向こう一年の運を使ってしまったようだ。この人にこんなに早くまた会えるなんて。


「今日は、どうしてここに?」

「洋服を選びに。この前買えなかったので。岩崎さんはどうしてここに?」

 名前覚えてくれていたんだ。


「はい、この先に渋谷中央図書館があるので、行って来たところです」

「そうですか。もし急ぎで無かったら、この前のお礼をしたいのですけど」

 この人がいなかったらどうなっていたか。考えただけでも恐ろしい。


「お礼なんて。でもしてくれるなら一緒にコーヒーでも飲みませんか?」

「はい」

 笑顔で答えてくれた。なんて可愛いんだ。


「何処も混んでますね」

「仕方ないですよ。表通りの方に行ってみますか?」

「そうですね」


 表参道の通りに出て、少し歩いた歩道の反対側にあるオープンテラスのお店に入る事が出来た。


「何とか、座れました」

「はい」

 彼は手に資料とノートを持っている。勉強家なんだ。


 注文を済ますと

「岩崎さん、真面目なんですね。図書館で勉強なんて」

「いえ、クリスマスイブの日に勉強する男なんて、恥ずかしいだけです」

「それってどういう意味?」


「いや、あの。要は彼女はもちろん友達も居ないっていうことです」

「…。ふふっ、私も同じです」

「えっ、えーっ!嘘でしょう。こんなに可愛い人が彼氏いないなんて。からかっているんですか?」

「からかってなんかいないです。本当の事です」

「でもー。信じられない。じゃあ、じゃあ、俺とクリスマス過ごしてくれます。本当に誰もいないなら」

 冗談のつもりだった。どうせ適当に都合付けて断るだろう。いつもそうだったから。


「いいですよ」

「えっ、えっ、えーっ!」


 彼女が自分の口に人差し指を当ててて

「声大きいです」


 周りから迷惑そうな目で見られてしまった。


「本当に、本当ですか。俺とで良いんですか?」

「良いって言っています」

 おかしな人だ。


「じゃあ、明日、いや今日良いですか」

「えっ、今日ですか…」


「流石に無理ですよね。すみません」

「いいですよ」

「えーっ!」

「声大きいです」

「スミマセン」

 彼は下を向いて赤くなっている。可愛い人だ。


 それから私の洋服を買いに付き合って貰って、少し早いけど近くのレストランで二人で食事をした。


 食事も進んだ頃

「あの高橋さん…」

「はい」

「あの…。あ、明日も会って貰えませんか。全然用事も無いし。今年の授業も終わってしまって。実家に帰るのもつまらなくて」

「ふふっ、いいですよ。私も同じです。年内の授業は終わりました」

「やったあ。嬉しいです」



「ところで岩崎さん、ご実家って?」

「ああ、実は世田谷なんです。昔ながらの街です。父が大学生なんだから一人暮らしを覚えろと言われて一人暮らししています。アパートは実家からは近いんですけど」

「ふふっ、変わったお父様ですね」


「はい、父は岩崎産業っていう会社の社長をしています。祖父は会長です。俺はもう線路が引かれているんですけど、家に居たままじゃ世間が見えない。バイトもして自分で暮らしてみろって言われて。

 でも家賃も光熱費も授業料も親持ちで小遣いも母が内緒でくれるので…。あっ、済みません。なんか自分の恥ずかしいところろばかり言ってしまいました」


 驚いたな。岩崎産業って言えば上場企業じゃない。そこの跡取りなんて。なんでこんな優良株に彼女いないんだろう。もしかして変な癖があるとか、それとも私を騙そうと。

 いや、それは無いか。話をしている限り真面目そうだし。実際に私を助けてくれた時も。


「あの、やっぱり呆れました?」

「ううん、そんな事ないですよ。先が決められているなんて大変だなと思って」

「そうでしょう。兄妹に譲りたいんですけど、下は妹で今年高校一年になったばかりなので」


「失礼な言い方ですけど、岩崎さんの程の人ならいくらでも彼女出来たのでは?」

「駄目なんです。付き合う子はいましたけど、みんな振られてしまいました。面白くないとかと言われて」

「…………」

 どう受け取ればいいのか。あながち嘘ではなさそうだけど、そのまま受け取る気にもなれない。

 この人なら金目当てで言い寄って来る人なんて山の様にいるはずなのに。




 俺は別れ際に連絡先を聞こうかと思ったけど、彼女の方から言い出さないから諦めた。明日は午後一時に渋谷のハチ公前交番で会う事にした。


 次の日、高橋さんは茶色のコートを着ているけど長い黒髪はそのままコートの後ろに流して、少しヒールのある黒のショートブーツを履いている。

少し化粧しているのか昨日より更に目鼻立ちがはっきりしていて、思い切り目立っていた。


 他の女性が一緒に立つのを避けているみたいだ。道行く人がみんな見ている。僕も引き寄せられた。

 でも交番の前だから馬鹿な事をする男はいない。やっぱりここで待合せて良かった。



 私は、岩崎さんと午後一時に渋谷で約束して、映画を見て、散歩して、少し早めの夕食を取った。彼がレストランを予約してくれていた。クリスマスディナーだ。


 とても素敵な時間だった。明人以外の人とこんなに楽しめる自分にちょっと驚いたけど。


 この後もし私を誘うなんて事したら、やっぱりそれが目的と思ったけど、そんな仕草は全くなかった。


 それどころか私に対してずっと敬語。確かに長く付き合っていたら面白くないと思われるかもしれない人だ。駅に行く間も少しだけ私との間を開けている。


 岩崎さんが、帰り際にまた会いたいと言っていたけど、はっきりはOKしなかった。


 一人で寂しく過ごす予定だったクリスマスに楽しい時間をくれた岩崎さんには感謝するけど、彼は私にとって楽しい時間をプレゼントしてくれたサンタクロース。クリスマスが過ぎれば彼は私の目の前から消える。


 あっ、でも連絡先は交換した。ここまでしてくれてさよならはあまりにも失礼だから。


 でも私には明人しかいない。


―――――

 

なるほどねえ。岩崎君グッジョブです。


次回をお楽しみに

 

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。


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