第84話 クリスマスは皆色々ある


柏原桃子の場合


 今日水森君も私も塾は七時半に終わる。少し遅いけどこれから夕飯を彼と一緒に食べに行く事にしている。


 本当は洋服とかお化粧とかしっかりしたかったけど、大学で授業を聞いて、塾でバイトしてでは、それも叶わない。でも塾のトイレにある洗面台で少しお化粧し直した。


 講師控室で待っていると彼が今日の授業レポートを塾長に出し終わった。

「水森君行こうか」

「あっ、はい」

「あら、二人で今日はデート」

 塾長が冗談で私達に言った。


「いえ、ちょっとだけ夕飯を一緒に」

 本当はデートと言いたいのだけど。彼は我関せずの無表情。なんか反応して欲しい。


「水森君、近くのレストラン予約してあるんだ」

「そうなんですか。すみませんね」

「ふふっ、いいの。二人でゆっくりと夕飯食べたいから」

 いつもファミレスやカウンタの食堂では寂しいから、今日は思い切ってレストランを予約した。


 予約したレストランに着くと

「へえ、素敵な洋食屋さんですね。イタリアンですか?」

「うん、何食べようか?」


「俺はこのミックスピザ食べます。あとこっちのサラダも」

「私は、ホタルイカのペペロンチーノとこのサラダ」


 注文を終えると

「嬉しいな。水森君とこういうお店で食べて見たかったんだ」

「そうなんですか。確かに普段は入れないですね。俺も嬉しいですよ」

一応社交辞令を言っておく。


「…………」

「どうしたんですか。柏原さん?」

「あの水森君お願いがあるの。聞いてくれるかな?」

「まあ、出来る事なら」

「じゃあ、今このレストランに居る時だけで良いから…。私の事桃子って呼んで」

「へっ?!い、いやいや恥ずかしいですよ」

「お願い。今だけでいいから。それ言ってくれたら今年のクリスマス一人でも過ごせる。お願い」

 顔の前に手を合わせて彼にお願いした。


 どうすればいいんだ。柏原さんを名前でも読んでも紗耶香に悪い事していないよな。一応帰ったら言っておけばいいか。

 でもこれ言ったら今年のクリスマス一人で過ごせるって…。柏原さん友達いないのかな。俺なんかより人付き合い美味そうなんだけど。でも本人がそう言うなら。



「良いですよ。桃子さん」

「…。嬉しい明人」

「えっ?!」

「だって、名前呼びして貰えるんだから、私も名前呼び」

 そういう事。やられた。もう遅いか。


 少し名前呼びしながら話が出来た。注文の品が運ばれて来てとても美味しく感じた。


 水森君から名前呼びされている。ペペロンチーノが超一級品の味に感じる。


 あっという間に二時間が過ぎた。


「あの明人。あなたともう少しお話したいんだけど」

「良いですけど」

何も考えずに返事した。


「じゃ、じゃあ。私のアパートに来る?」

「えっ、それは」

「遠慮しなくていいの。もう少し話したいけど、この時間じゃ他のお店も無いし。アルコール私達飲めないでしょ」


「いや、でも」

「明人、分かっている。一条さんの事を考えているんでしょ。でも今日だけ私を見てくれない?」

「…………」

 もう一押しで私の部屋に来て貰える。


「お願いします」

「あの、話したければこのお店でも」

「ここ二時間制なんだ。これ以上いれない」

「そうなんですか…。取敢えず出ましょうか」

「うん」

 同意してくれたのかな?


 無言のまま、私のアパートがある駅まで着いた。

「明人、降りよ」

「はい」


 彼と並んで歩いている。なるべくゆっくりと歩いた。手が偶に触れるとドキッとする。手を握ったら嫌がられるかもしれないけど…。やっぱり出来ない。仕方ないか。


 アパートの側まで来た。

「部屋、三階なんだ」

「あの柏原さん。ここまでにします。ここからは一人で帰れますよね」

「えっ!なんで?」


「ごめんなさい。柏原さんとずっと友達で居たいから」

「友達だって言っても…。一条さんに言わなければ」

「そういう事じゃないんです。気持ちは嬉しいです。でもこれからも友達で居て下さい。じゃあ俺帰ります」

「待って、明人本当にだめ。言わなければ分からないよ。お願い」

「柏原さん、ごめんなさい」


 水森君の後姿が歪んで見えた。なんで、なんで。私そんなに魅力ないの。


 そのままエレベータに乗って部屋に入った。玄関に入り後ろ手で鍵を閉めると涙が溢れ出て来た。

 

 私じゃ、駄目なのかなあ。そんなに魅力ないのかな。……水森君。


そのまま玄関を上がり寝室にあるベッドに横になった。



 柏原さんと俺のアパートのある駅は隣、直ぐにアパートに着いた。何となくだけど彼女が俺に好意を抱いているのは分かる。彼女の事は別に嫌いとかって訳じゃない。真面目だし。


 でも彼女の気持ちは受け取れない。彼女には俺なんかよりもっと相応しい人がいい。こんないい加減な男より。


 

 風呂に入ろうとするとスマホが震えた。開けて見ると京子さんからだ。


『はい』

『私京子。今部屋に居るの?』

『そうです。今から風呂に入ろうと思っていました』

『そう…。ねえ、明日会えない。遅くても良いから』

『いいですよ。でも塾があるから遅くなります。八時半位になりますけど』

『構わないわ。塾が終わったらすぐに電話して』

『分かりました』


 これは近さの特権。明人と一条さんの間で何を話されたか知らないけど、彼女の思い通りにはさせないわ。


―――――

 

 柏原さん。可哀想ですが仕方ないですね。


次回をお楽しみに

 

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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