第52話 夏休みは静かに過ぎていく


 俺は紗耶香と夏休みの翌日から一緒に勉強する事にした。彼女は最初躊躇したが一緒に勉強したいと言って説き伏せた。


 今紗耶香を一人にしてはこの長い夏休みの間、精神的に耐えられないだろうと思ったからだ。


 まだ、心の整理はついていない。紗耶香は俺を裏切った訳ではない。そうさせられたのだ。すべては俺に責任がある。綾乃や白石に問題転嫁しても何も解決しない。

 

 今すべきことは彼女の側にいてあげる事だ。俺はそう思っている。


 紗耶香の家に九時半に迎えに行った。


ピンポーン。


ガチャ。


「えっ!水森君」

 紗耶香のお母さんが出て来た。


「紗耶香と今日一緒に俺の家で勉強する予定です」

「え、ええっ。ちょっ、ちょっと待って」

 どうも紗耶香はお母さんに話していなかったようだ。


 紗耶香が出て来た。もう勉強の準備はしている格好だ。

「紗耶香行こう」

「明人ほんとにいいの?」

「良いから迎えに来た」

「分かった。お母さん行って来るね」

「あっ、はい。水森君。娘を宜しくお願いします」

 深々とお辞儀をされてしまった。


 俺の家に着くまで何も話さなかった。手も繋いでいない。家に着くと


「上がって」

「うん」


 姉ちゃんが出て来た。笑顔で

「紗耶香ちゃん、明人と一緒に勉強してあげてね」

「はい」

 少し紗耶香の顔が明るくなった。


 俺達は俺の部屋に行くと早速勉強を始めた。共通テスト対策用の問題集だ。


カリカリカリ。


カリカリカリ。


「明人、これ」

「うん?これはこうやって解くんだよ」

 前だったら俺にべったりと顔を付けて見ていたけど今は俺の反対側にいる。


「ありがと」


 紗耶香もそんなに多くは聞いてこない。本当はもっと聞いてくれると嬉しいんだけど。



 あっという間に午後十二時半を回った。


「紗耶香、休憩しよう」

「うん」

「ちょっと母さんに聞いてくる」


 明人が一階にいった。今が信じられない。彼の部屋で勉強しているなんて。直傍にあるベッドを見ると明人との時間を思い出す。でもあの時の時間も思い出す。

 気分が悪くなって来た。


明人が戻って来ると

「紗耶香用意してあるって。どうしたの紗耶香?」

「明人おトイレ貸して」

「うん、二階が良いよね」


 忘れないといけないけど忘れれられない。少しの間、トイレの中で胃の中の物が戻るかもしれない気分になっていた。でも胃の中が空なのか。何も出てこなかった。


 手を洗って明人の部屋に行くと

「紗耶香大丈夫?」

「少し気持ち悪い」

「分かった。昼食は後にしよう。お母さんに言って来る」


 また、明人が一階に降りて行った。

 明日は私の家で勉強したい。


 結局今日は午後三時半で勉強を終わりにした。二人で簡単に紅茶でおやつだけ食べた。



 紗耶香を送って行く帰り道

「明人明日は私の部屋で良いかな?」

「……いいよ。紗耶香がそれでいいなら」

「ごめん、ありがとう」

 やっぱりまだ明人の家に行くのはきつい。明人のお姉さんは優しく迎えてくれたけど。


 結局、試験前日まで私の部屋で勉強した。


 模試当日も明人は私の家まで迎えに来てくれた。塾だから場所は分かっているのに。




 模試が終わった夕方。

「紗耶香、明日遊園地かプールに行かないか。模試も終わったし、ちょっと気分変えに」

「良いよ。明人が行きたいなら」

「紗耶香はどうなの?」

「行きたい」


「じゃあ、どっち?」

「明人が行きたい方」

「紗耶香が決めて」

 躊躇した。夏だしプールに行くのも良いけど、明人に肌を見せる事になる。やっぱり遊園地かな。


 私が言おうとした時、

「紗耶香、プールにしようか。夏だし、暑いし」

 これが一番良いかもしれない。ショック療法という方法になるだろうけど。


「えっ、明人が行きたいなら」

「じゃあ、そうしようか。明日は午前八時に迎えに行くね」

「うん」

 少しだけ紗耶香が笑った。



 翌日、俺達はプールではなく、何故か遊園地の前に来ていた。プールは遊園地施設の中にある。入り口は違うけど。

 紗耶香は白いTシャツに短パン。かかと付のオレンジのサンダル。俺は黒のTシャツにデニムパンツにスニーカだ。

 二人共プールに入る準備をして来ている。


「紗耶香、プール行かないの?」

「だって」

「だって何?」

「明人に肌を見られたくない」

「い、いやいや。もう俺達、えっ!」

 紗耶香が下をむいている。


「…………」


「いや俺気にしていないから」

 本当は嘘だけど。


「本当に気にしてない?だって…」

「気にしないよ」

「でも…。やっぱり今度にする」

「……そうか。紗耶香がそこまで言うなら。じゃあ、これロッカーに入れるか」

「うん」

 笑顔で返事をしてくれた。


 遊園地に入ってからプールの荷物をロッカーに入れると

「取敢えずどれに乗る」

「あれがいい」

 指さしたのは二回転するジェットコースターだ。

「えっ、良いけど」


 二十分位並んで順番がきた。二人席に乗る。肩にガードアームが降りて動き出すと


ガタン、ガタン、ガタン。


チラッと紗耶香を見ると周りの景色を見ながら目を丸くしている。頂上を超えると


「きゃーっ!」


一回転目

「きゃーっ!」


二回転目

「きゃーっ!」


始発点に戻って来てコースターを降りると完全にヨタヨタしている。

「明人、ちょっと無理だったみたい」

「休もうか」

「うん」


 近くに有るベンチまで手を引こうとするとえっ?紗耶香が手を繋がない。

「どうしたの?」

「だって」

「いいから」

紗耶香の手をしっかりと握った。少しして握り返して来た。


「明人、ありがとう」


 その後、ゴーカートに乗ったり、昼食後は何故かメリーゴーランドに乗せられたりした。もちろんティーブレイクも。


 そして午後五時。定番に乗る事にした。本当はプールでしたかったんだけど。


 向い合せに座っている。まだ外は明るくて遠くまで良く見えた。頂点までもう少しの所で紗耶香の方に座った。意味は分かっている様だった。


俺は紗耶香の背中に手を回すと

「明人、本当に良いの。汚れているよ」

「いいんだ。紗耶香いつも言っていたじゃないか。上書きするって」

「明人」


 俺達は降車点近くまで唇を離さなかった。


 翌日から塾の夏期特別講習までの間、俺の部屋で夏休みの宿題をやる事にした。でもまだあれは出来ていない。


―――――


 少しずつ元に戻る二人です?


次回をお楽しみに

 

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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