第19話 まだ一人でいい


「はい、あっ君は」


 俺は教科書から顔を上げて本を借りに来た子を見た。

 胸まである艶の有る髪の毛、制服が大きく盛り上がっている胸、ぱっちりとした大きな目に下唇がプルンとして可愛い。


 名前が分からずぽかんとしていると

「水森君、この本借りたいの」

「分かりました」


 その子の生徒手帳に書かれている一条紗耶香という名前を入力すると図書管理システムに貸出履歴が無い。初めて借りる様だ。俺は利用者カードを作ると

 


「はい、貸出期日までに返却できない場合、ここに来て延長手続きをお願いします。これ利用者カードです。次に本を借りる時はこれを利用して下さい」

 利用者カードと本の中に貸出票を差し込んで渡すと


「ねえ、今日一緒に帰れない?」

「………済みません。まだそういうのは」

 クラスの子は俺が綾乃に振られた事を知っている。口には出してないけど。


「ふふっ、仕方ないか。じゃあまた今度」

 本をカウンタから取るとそのまま図書室を出て行った。



 何で俺と帰りたいの?話でも有ったのかな。でもそれなら教室で言えばいいし。





一条紗耶香視点


 まだ無理かあ。そうだよね。高橋さんからあんな酷い事されたんだもの。じっくり行くか。


 彼水森明人とは一年の時から同じクラス。最初は特に興味も無く遠目で見ていた。その内高橋綾乃という子と仲が良くて中島君や今泉さんとも仲が良いという事、成績は私から見ればとても良く、凄いなと思っていた。


 まあ、明るくて優しくて正義感が強そうな男子という感じで見ていた。その内、高橋さんが注目される様になり、水森君は知らないけど石原さんや笠原さんという私からは嫌いな人種に目を付けられグループに入れられてしまった。


 そして高橋さんの様子がおかしくなって来た。女の子なら直ぐに分かる事だった。お化粧し始めたのは水森君の為じゃない。他に男が出来たからだ。それも深い仲。


 案の定、直ぐに相手は女癖の悪いBクラスの白石克己だと分かった。多分白石が石原さん達を利用して近づいたんだろう。


 断ればいいものをズルズルと入り込んで今では高橋さんが白石を利用している感じがする。自分の為に。


 そんな事になっても水森君は、高橋さんの悪口一つ言わないでいるうちに彼女も水森君に近付かなくなった。二人に何が有ったかは知らない。


 でもそんな水森君に何故か興味が湧いてしまった。どんな子なのかなって。少し話をしてみたい。今日来たのはそんな気持ちからだ。





綾乃視点


 明人に知られてしまった。ほんの遊びのつもり、明人以外の人ってどんな感じ程度でクリパの帰りしてみたら。


 白石君は、イケメンであっちが上手だった。彼にはまってしまった。明人はしない事に。

 私の彼は明人だから適当に別れようと思っていたのに。その前に知られてしまった。


 でも明人は優しいから、少し経てば許してくれるはず。友達も作れず教室の隅にいる私に手を伸ばしてくれた人だもの。


 それまでは白石君と遊んでいればいい。彼はかっこいいし、あっちはうまいけど彼氏という感情は湧かない。だからあれ以外では会わない。


 もうすぐ、学期末テスト。一緒に勉強出来ないか連絡して見よ。



…………。



 毎日、一条さんは図書室に来ては借りた本を読んでいる。受付の側の机で。家で読めばいいのに。


 俺は綾乃から振られた後、とにかく一人になりたかった。心が整理出来ない。中学の時からずっと側にいてくれた綾乃がまさか俺を裏切って他の男に行くなんて。


 俺のどこがいけなかったんだろうか。でももういい。一人で居ればいい。

来月末には学期末試験がある。こうなったら絶対綾乃を抜いて一位になって見せる。幸い、図書委員は時間に余裕がある。いくらでも勉強出来る。


 あっ、一条さんが本を持ってこっちに来た。


「水森君、この本もう読み終わったから返します」

「はい」


 俺は一条さんから渡された本を図書管理システムで返却処理すると自分の座っている椅子の後ろにある返却済み本のラックに入れた。

 図書室を閉める前に書棚に返せばいい。綾乃がいた時はどっちかが直ぐに書棚に返したんだけど。



まだ、一条さんが立っている。

「もう返却処理終わりました」

「うん分かっている」


 そう言うとまたすぐそばの机に戻って今度は鞄から教科書とノートを取り出した。今日の復習を始めたようだ。


 予鈴が鳴ると常連さん達が帰り始めた。俺も先に返却済み本の書棚戻し処理をPCに入力してからシャットダウン処理をした。

 全員が退室したら、机の後ろのラックから返却済み本を書庫に戻すつもりだ。


「一条さん、もう閉室します。出て行ってくれますか」

「ねえ、今日一緒に帰らない?」

「済みません。この前お断りしたはずです」


「そうか。じゃあまた」

 彼女はそう言うと図書室から出て行った。


 俺も本を書棚に返して、図書室内をくるっと見て回って、散らかっていないか汚れていないか見た後、図書室に鍵を掛けて出た。


 鍵を先生に返して下駄箱に向かうとあれっ、一条さんが下駄箱の側で立っている。誰か待合わせかな。

 俺には関係ないと思い、そのまま通り過ぎようとすると


「ちょっと待って水森君」

 俺は振り向くと彼女の顔を見た。


「ねえ、明日から図書室で勉強して良いかな?」

「それは自由です」


「でさっ、ちょっと分からない所有ったら教えてくれる?」

「……。図書手続きの邪魔にならない程度なら」

「ほんと!良かった。じゃあね」


 変な人だな。



 俺は一人で駅まで歩いて電車に乗った。綾乃がいつも隣にいた時が随分前の様に感じる。まだ一ヶ月半くらいしか経っていないのに。



 食事後、部屋で勉強しているとスマホが震えた。画面を見ると


 っ!綾乃からだ。ブロックするのを忘れていた。直ぐに切ると綾乃からのメールや電話を全てブロックした。去年の夏に作ったグループチャットからは正則が直ぐに綾乃を外している。



 明人が出ない。ブロックされている。なんで?


―――――


明人テスト頑張んな。

綾乃ちゃん、もう少し自分のした事理解した方が。


次回をお楽しみに

 

面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。



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