第7話 高橋家の事情


「明人……今のお母さん。私の本当のお母さんじゃないの」


 俺は綾乃の言葉に一瞬頭がついて行かなかった。


「それって?」

「今のお母さんは後妻。私の本当のお母さんは……、お母さんは、死んだの。心の中でも……」


 綾乃が今にも目から涙が溢れそうになっている。俺の胸に顔を埋めて来た。

「綾乃……今は話さなくていいから」


綾乃が言葉を出さずに頷いている。偶に通る人が怪訝な目で見ているけど仕方ない。

少しすると顔を離して


「ごめん、行こうか」




 それから俺の家まで綾乃は少し暗い感じで俯いたまま歩いていた。

「ただいま」

「お帰り明人。あら綾乃ちゃんいらっしゃい」

「お邪魔します」



 自分の部屋に綾乃を連れて行くと

「綾乃ちょっと後ろ向いていて着替えるから」

「うん」


 急いで新しい制服から部屋着に着替えると

「ちょっと、飲み物持ってくる」

「いい、このまま居て」

「…………分かった」



ベッドを背に二人で座っている。

「ごめん、明人。あまりいい話じゃなくて。言える気持ちになったら言うから。でも今はこうさせて」


 俺の右腕に体を向けて首に手を巻く様にして抱き着いている。


 俺の右肩が少し濡れて来た。凄く力強く抱き絞めて来ている。仕方なく左手で綾乃の頭を優しく撫でると嗚咽が漏れて来た。


そのまま十分位すると涙を自分のハンカチで拭って


「ごめんなさい。……私を産んだ母は私が小学校四年生の頃、家を出て行きました。泣き叫ぶ私を置いて。理由は分かりません。お母さんの浮気なのか。それとも別の理由なのか。

 それからお父さんにしつこく聞きましたけど理由は答えてくれなくて。そうしたら小学校六年の春にお父さんが再婚したの。それが今のお母さんです。

 最初は認められなくて、ずっと自分の部屋に閉じ籠ってた。それから一年して中学校に入学する時、お父さんが私を産んだお母さんが亡くなったと教えてくれました。

 原因は交通事故。母は一人でした。亡くなった時の母の顔は今でも忘れません。それから、お父さんも今のお母さんにも心を開くことが出来なくなったんです。

 心が閉鎖的になったのが原因かもしれませんが、中学校になっても友達も作らないでただ勉強していたんです」


「そうだったのか」

 だからいつも教室の自分の机で本を読んでいたのか。


「放課後は毎日図書室にいて家に帰るのもなるべく遅くなるようにしました。そうしたら明人を見かけて。

 私と同じように毎日ずっと図書室にいて最後に帰る明人に私と同じ感覚を持ってしまって。それで試験の時声を掛けたんです」


 そういう事だったのか。


「ごめんなさい。こんな根暗。嫌いになった?」

「そんな事ない。話してくれてありがとう。綾乃の苦しみを今僕が理解するのは無理だけど、少しでも綾乃の側にいるよ。気持ちでしか支えられないけど」

「うん、それで十分だよ。ありがとう明人」


 こんな時良くないと思いながら正面から抱き着いて来た綾乃に我慢できなくてしてしまった。綾乃も強く求めてたみたいだし。声を出さない様にしてもらった。ちょっと漏れたかもしれないけど。



「ごめん明人、こんな形ってずるいよね」

「いいよ。仕方ないさ。それよりもう午後四時半だよ。明日もあるから。送るよ」

「うん」




 綾乃の家に着いた時は、もう午後六時近かった。

「じゃあ、また明日ね」

「うん、駅の改札で」




 それから毎日一緒に登校して、放課後は図書室で中学生の時と同じように二人でその日の復習して帰った。


GWも近づいた日、

「明人、クラブ決めた?」

「いやまだだ」

「俺はテニス部にしたよ。バスケも魅力的だけど背が高いだけじゃ駄目みたいだ。それで薫はテニス部のマネって訳」


「ふーん」

「ふーんじゃなくて、今月中に決めないといけない決まりになっているじゃないか」

「えっ?」

「知らなかったのか明人。オリエンテーションの時担任の赤城先生が言っていただろう」

「あははっ、忘れてた。綾乃も決めて無かったな」


「どうだ、明人テニス部に入らないか」

「いや全く向いて無いから」

「そんな事無いだろう」

「そんな事ある。そうだ図書委員なる。これなら綾乃も誘えるし」

「はあ図書委員。仕方ないなあ」



 綾乃と相談した。彼女もこれで良いと言っている。担任の赤城先生に相談して図書室管理の先生に図書委員にして貰った。


 毎年なり手が少なく困っていたのだという。クラブでは無いけど毎月図書委員会というのが有って、これに出席した時、今の図書委員が三年生だけという事が分かった。


 確かに先生が喜ぶわけだ。でも俺達からすれば交代とはいえ、ほぼ毎日放課後は図書室にいることが出来る。本の貸出戻し管理や書棚への返却も二人で行えば簡単だ。


 先生は別々で交代でいいと言っていたけど。後、昼は開けなくていいと言っているので助かった。



そうしているうちにGWになり、

「ねえ、明人私コンタクトにしてみようかと思っているの。どうかな?」

「えっ、コンタクト。眼鏡じゃ不味いの?」

「ううん、そんな事ないけど。何となくTVのコマーシャル見ていたら良いかなと思って」

「そうか。でも」


「ふふっ、心配ないよ。明人は心配性だな。ずっと一緒って約束したでしょ。だから一緒に眼鏡屋さんに行って」

「行くのは良いけど…」



 案の定、綾乃は別人の様になった。目がぱっちりして、元々大きな目が眼鏡で隠されていただけだ。

 前髪をアップすると同時に横顔に垂れていた髪の毛も耳の後ろに持ってくるようにした。

「どうかな?」

「め、めちゃくちゃ可愛いよ」

「ふふっ、ありがとう」




 そしてGWが終わり綾乃と一緒に登校すると


「「…………」」

「誰?」

綾乃の隣に座る女の子が声を掛けて来た。


「も、もしかして高橋さん」

「はい」

「凄いイメチェンだけど、どうしたの」

「明人と一緒にコンタクトに変えようって事になって」


 おい俺は、目は悪くない。


「そ、そうなのか」


 益々、クラスで目立つようになった。男子が一斉に綾乃を見ている。


そして綾乃と図書室に行くと何故か常連に混じって男子が多く来るようになった。

 でも俺がいつも側にいるので、声を掛ける人はまだいなかったけど。


―――――


 あーあっ、いよいよ綾乃目覚めましたか。


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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