つくねは卵黄につけて

倉谷みこと

つくねは卵黄につけて

「さてと、何食べようかな?」


 つぶやきながら、俺は卓上にあるメニュー表を手にする。


 それには、焼き鳥と串揚げ、酒などのメニューが数多く載っていた。品数が少ないながらも、一品料理やご飯物まである。


 ここは、焼き鳥と串揚げが美味いと評判の居酒屋だ。一人だが、テーブル席を使わせてもらっている。他の居酒屋はどうか知らないが、ここは事前に予約しておけば一人でもテーブル席を使うことができるのだ。


 普段はあまり居酒屋で酒を飲まない俺だが、今日だけは特別だった。


 店員を呼んで注文を済ませると、俺は先に運ばれてきていた水を一気に飲み干した。別に嫌なことがあったわけでも、無性にのどが渇いていたわけでもない。なんとなくのクセである。


「……そういえば、散々あいつにからかわれたっけ」


 ふと、そんなことを思い出し、懐かしくなると同時に少しせつなくなった。


 今日は、あいつ――北川きたがわ真梨恵まりえの命日なのだ。


 俺の幼なじみである真梨恵は、三年前の今日、ビルの屋上から飛び降りた。遺書はなく、自殺の理由はわからないまま。俺が気づいていれば、もしかしたら助けられたのではないか。今でもそんなふうに思う。


「お待たせしました」


 店員の声に、俺の思考は現実に引き戻された。


 注文した焼き鳥各種とジンソーダが運び込まれ、テーブルの上を彩っていく。食欲をそそる香ばしい匂いに、早くくれとばかりに腹が鳴った。


 いただきますと言って、俺はさっそくねぎまからいただく。ぷりっとした鶏もも肉と甘みのあるねぎに、濃いめのたれが絡んでいてとても美味い。焼き鳥の種類の中でも、俺はねぎまが一番好きだ。幼い頃はそうでもなかったが、高校生の時に焼き鳥専門店で食べたねぎまが非常に美味くて、そこからドハマりしたのだ。


 ジンソーダを一口飲んで口内をさっぱりさせたあと、つくねをいただく。だんごのように丸いつくねが三個、竹串にさしてあり、ねぎま同様たれがかけられている。また、別添えで卵黄がついていた。


 まずは、つくねをそのまま食べる。つくねに混ぜ込んである細かい軟骨の食感が、いいアクセントになっている。


「これだけでも美味いけど、この卵黄につけて食べると、美味さが倍増するんだっけ……」


 生前、真梨恵が一押ししていた食べ方を試してみる。ふわふわのつくねと軟骨の食感はそのままに、濃いめだったたれの味が卵黄のおかげでマイルドになった。おまけに、コクまでプラスされている。


「あ、たしかに美味いわ、これ」


 無意識につぶやいてしまった。


 真梨恵が生きていたら、だから言ったでしょとドヤ顔で言われただろう。そんなことを考えて、俺は思わず苦笑した。


 俺と真梨恵は、大人になってからも連絡を取り定期的に会っていた。お互いに地元で働いていたし、恋人がいなかったというのも理由だろう。学生時代の友人からは、さっさとつき合えばいいのにと言われたことがあるが、恋愛対象としては見られなかった。幼い頃からともに過ごしてきたからだろうか、少なくとも俺にとって彼女は家族同然だった。


(あいつにとって、俺はどんな存在だったんだろう……)


 ふとそんな疑問が浮かぶも、答えてくれる人はいない。


 軽く頭を振った俺は、忘れてしまおうとジンソーダを煽って焼き鳥を食べることに集中する。もちろん、しっかり味わうことも忘れない。


 食べ進めていき、複数本注文していた焼き鳥の最後の一本に残ったのは、真梨恵の大好物であるつくねだった。特に、意識して残したわけではないのだが。


 俺はそれに卵黄をつけると、目を閉じて咀嚼しその味をかみしめる。まぶたの裏には、生前の真梨恵の笑顔が浮かんだ。


 もしかしたら俺は、真梨恵のことが好きだったのかもしれない。今更、自分の気持ちに気づいたところでどうしようもないが、つくねのこの食べ方だけは絶対に忘れないだろう。

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つくねは卵黄につけて 倉谷みこと @mikoto794

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