10.



 メールの通知音で目が覚めた。見れば、学生が行方不明になったという大学からの連絡だった。そのままスマートフォンで検索をかければ、警察が捜査中だというニュースも目にした。


「ついに、か」


 あんな埋め方で、むしろよく三日間もったものだ。元カノが行方不明だと把握するのが遅れたのは、オンラインで講義を受けることが増えたこの時期だからというのが大きいかもしれない。自首をするか、逃げるのか。蓮はどうしたいと言うだろうか、そこではた、と気づく。彼の気配がしないことに。



「……蓮?」


 布団から起き上がって蓮のいた寝床を見れば、綺麗に片付いていて。漠然とした不安感に苛まれ、跳ね起きてリビングへと向かう、いない。ノックをしてからバスルームを開ける、いない。結構散らかしてたくせに、きちんと整頓されていて。靴を履くのもそこそこに、外へと飛び出す。転びそうになりながら階段を駆け下りて、駐車場へ向かう。見慣れてしまったブルーグレーに寄り掛かって、ちょうど電話を終えたらしい彼が、驚いた顔でこちらを見遣った。



「お前、何のつもりだ?」

「何って……」


 しばし押し黙った後、へらり、と笑みを向けた彼はこう言った。


「警察に電話したんだよ。俺が全部やりました、人を殺して埋めました、って」

「……自首する気か?」

「どうかな、死んじゃうのもいいかもね。犯人は自殺、ビックニュースになるだろうなあ」

「ふざけてんじゃねえぞ、蓮」

「いたって大真面目だよ」

「ちげえだろ! 人の罪まで被ろうとしてんじゃねえって言ってんだ!」


 噛みつくように言葉を吐き捨てて、胸倉を掴む。僅かに高い位置にある彼の顔を、自分の真正面に来るように引っ張った。


「これは俺の罪だ、俺の意思だ! 俺の覚悟を、勝手に無かったことにするなッ!」

「柚……」


 睨み付けて、叩きつけるように叫んだ。早朝の駐車場に、うわん、と声が響きわたる。肩で荒く息をして、呆然とこちらを見つめる彼に、想いを重ねていく。


「初めは記憶が戻らないように、困らないようにと思って協力してた。それから段々と頼られるようになって、それが嬉しくて。存在価値を高められてるような気がした。でもな、それより何より、俺はお前だからずっと協力してたんだよ」



 それくらい、わかってんだろ。そう言って掴んでいた胸倉を離す。蓮は何度か瞬きをして。それからあー、と息ともつかない声を漏らした。それから彼は、少しだけ眉根を寄せて、困った笑みを浮かべる。


「一緒に、逃げてくれん?」


 地獄まで、なんて。朝の六時半、ブリーチしたばかりの白金の髪が揺れる。彼は冗談だよ、と誤魔化すように言葉を呑み込んだ。


「上等だ、地獄の果てまで付き合ってやるぜ」


 相対するように、不敵な笑みをお見舞いしてやる。そうすれば、やはり彼は呆れたように、或いは安堵したように息を吐いてこう言った。



「……そういうとこ、どうかと思うよ。でも、お前の意思なんだよね、柚」

「そうだ、嘘偽りのねえ、俺の意思」

「なら、乗って。行こう、地獄まで」


 誘う声に、今度はしっかりと、自分の意思で頷いた。誰かに捕まる前に、引き止められる前に。車に乗り込めば、直ぐに発進した。アパートが、離れていく。

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