8.



 そもそも、タイムカプセルの中身を決めたのは蓮だ。『家にあるお宝』、そう告げて、俺たちは自分の家で宝探しを始めた。理由は単純、当時ハマっていたのがトレジャーハンター系のアニメだったから。お宝と言ったって、金銀財宝がそう簡単に見つかるわけがない。だからそれは、お遊びの範疇だったのだ。少なくとも、俺と蓮の間では。約束の時間、互いに持ち寄ったものを見せ合った。俺が缶に入れたのは骨だ。骨と言っても、化石発掘キットで発掘した、どこにでもある子供騙しの骨。化石と言ってもいいかもしれない。とにかく当時の俺は、それが大層価値のあるものだと思っていたから、それを缶に詰めて持っていった。


 蓮は指輪を箱ごと持ってきたらしかった。おもちゃの指輪ではなく、本物の指輪だ。


「母ちゃん、これ毎日ずっとつけてたんだけど、今日は外して適当に置いてったからもういらないっぽい。すごいでしょ、ホンモノだよ。マジのお宝じゃね?」

「それほんとにいらないやつ?」

「だって何より大事って言ってた指輪だよ、それ外すのってソートーだよ」

「それは確かに、そうかも……」

「でも、勝手に持ち出したら怒られっかもだし、内緒にしとこ」

「わかった、怒られるのは嫌だしさ」

「よし、それじゃあ俺たち、共犯者な!」


 そう言って、俺たちは裏山へと足を運び、それを埋めてしまったのだ。十年後に掘り出しにこよう、すごいお宝になっているかもしれない。そんな幼稚で希望に溢れたひとときは、次の日に崩れ去ることとなる。



 俺の家と蓮の家は、父親同士が同級生というのもあって、家族ぐるみの付き合いだ。付き合いがあったというのが正しいかもしれない。ともかく、その日は蓮の家に遊びに行って、二階にある蓮の部屋でゲームをしていた。家にいたのは蓮の母親で、用意してくれたお菓子を食べながら、いつも通り過ごしていた、はずだった。

 異変に気がついたのは、何かが勢いよく叩きつけられたような音と、男の怒鳴り声が聞こえてきた時だった。その声に聞き覚えがあったが、すぐには思い至らなかった。その正体が、決して声を荒げることのない、優しい人だと思っていた蓮の父親だったからだ。意を決して二人で階段を降りる。手に持ったのはおもちゃの剣だ。深呼吸してリビングを覗き込む。


 床に押し倒されていたのは蓮の母親で、その上に馬乗りになって首を絞めていたのが、彼の父親だった。赤黒くなるほど激昂した顔で、唾が飛ぶのも構わないといったように罵詈雑言を吐き出していた。


「許さない、許さない!」

「この尻軽女め!」

「指輪も当てつけか、ええ?」

「死んでしまえ!」


 憎悪と怨嗟に満ちた声が、家中に溢れかえる。そうして喚く間も、その手は首を絞め続ける。体重を掛けて、念入りに力を加えて。フーッフーッ、と男から荒い息が漏れる。女の微かなうめき声は、小さいくせにひどく耳に残った。


「浮気してるのは知ってるんだぞッ」

「結婚指輪、捨てたんだろ、なぁ!」

久留間くるまがそんなに良いのか!」



 久留間、は俺の苗字で。男の言う久留間は、俺の父のことだと悟ってしまった。蓮の母親と、親父が不倫していた、なんて。身体が思うように動かなくて、どうすればいいかわからない。横にいる蓮をみれば、見開いた目で微動だにしなかった。そうしてキャパオーバーしたのか、現実を認めたくなかったのか。ふらり、唐突に倒れこんだ。驚く俺なんて置き去りにして、彼が手に持っていたおもちゃの剣が、ガシャン、と音を立てる。それが、幕引きだった。我に返った蓮の父親がこちらを驚愕の目で見ている。その隙に、緩んだ手を引き剥がして母親が咳き込んだ。蓮は、意識を失ったままだった。



 目を覚ました蓮は、タイムカプセルを埋めたことも、父親の暴行現場も、スコンと記憶から抜け落ちてしまったようだった。蓮があの指輪を持ち出さなければ、表面上でも彼にとって変わらない両親でいられたかもしれない。そう思っても、蓮が指輪を埋めて、彼の両親が不和を引き起こしたことは覆りようのない事実だ。結局、蓮の両親は離婚すること、父親が蓮を引き取ることが決まった。蓮が父親に似ているから嫌なのだ、と母親が漏らしていたのを彼本人が聞いてしまったため、自分から父親と暮らしたいと申し出たらしい。顛末を聞いた俺の両親まで、だんだんと言い合いが起こる日が増えていったことを覚えている。



 蓮が何一つ覚えていなかったことから、あの日のことを口にすることはタブーとなった。俺は誰にも、蓮が指輪を埋めたことを教えなかった。なぜなら、蓮があの悍ましい記憶を無くしたのなら、それに越したことはなかったからだ。指輪を持ち出したせいで全てがおかしくなったとは思わない。遅かれ早かれ、綻びは大きくなっていたはずだ。それが、些細なきっかけで早まっただけ。それだけだ。


 事件のあった次の日、彼の両親がいがみ合いをする中、二人の間で佇んで、困ったように笑う蓮を見た日から。意識が戻ったばかりの彼に、どうしよう、と縋るような瞳で見られた時から。俺は「共犯者」として、蓮を助けようと、守ろうと思ったのだ。

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