7.
裏山というのは、母校の小学校の裏手にある小さな山のことで、よく子供達の遊び場になっていた。俺と蓮も例外ではなく、時折山を探検するような気持ちで遊んでいた。裏山の入り口に車を止め、トランクを開ける。そこには、つい最近使ったばかりのスコップが鎮座していた。それを手にとって、二人で山に足を踏み入れた。ここら辺で昔お前躓いたよな、だの、お前は滑って転げ落ちてたけどな、だのと言い合って、記憶を頼りに目的の場所へと向かった。裏山の奥の方、一番太い木の元に辿り着く。ここが、俺たちの秘密の場所だった。縄張りと言っても良かったかもしれない。
こっそり持ち寄ったおやつを食べるのも、テストの点を見せ合うのも、全部この木の影でやったことだ。お前が埋めて、俺が埋めなかったわけがない。だから、この下に埋めたに違いない。自信ありげにそういう彼に舌を巻いた。今では二人並んでは隠れられない太さ木の根元を、ゆっくりと掘り起こしていく。一箇所目と二箇所目は空振りだった。その二つの間、三箇所目を掘っていた時だった。ザク、さく、カツン。順調に掘り進めていったスコップの先に、何か硬いものが当たる音がした。
「ビンゴじゃね?」
「多分、そう」
そこで、手を止めた。やっぱりやめよう、などと言えるはずもないけれど、どうしても言いたかった。十年間、隠していたことを知ってしまう可能性があるならば、避けたかったのに。手紙なんて、送らなければ良かったと、十年前の己を恨んだ。
「なに、疲れた?」
「……そうかもな」
首や肩を回して、身体をほぐすふりをする。その間にも、興味が湧いた蓮は、スコップを動かして、ついに掘り起こしてしまった。ビニール袋の中には、二つのものが入っていた。小さな缶と、紙の箱。
「あったあった!二つってことはやっぱり俺も埋めたんじゃん?」
「埋めたんじゃねえか?」
「他人事みたいに言うけどさ、元々柚の手紙に書いてあったんだからね。それで、これどっちがどっちだろ」
「ええと……」
ここで、箱の方だと偽ってしまえば、もしかしたらまだチャンスはあるかもしれない。十年も貫き通したそれを、今更崩されるわけにはいかないのだ。
「箱の方、」
「箱が俺だね、缶の方に『ゆず』ってでっかく書いてんもん」
下手くそだな、と言いながらそれを見せられれば、沈黙をするほかなかった。自分で自分の首を絞めているな、と自嘲する。
「早速開けようか」
「い、いや! こういうのってゆっくり落ち着いてから見たほうがいいんじゃねえか」
「そう?そういうもんかな……なら、飛ばして帰ろう」
少し声が裏返ったが先延ばしにすることに成功して、安堵の息を吐いた。木の幹を一度撫でれば、同じように蓮も撫でて、それから山を降りた。風に吹かれて木々が揺れる様子が、なぜだかひどく印象に残っている。
高速を使ってアパートに戻れば、もう夕方になっていた。途中で買い込んだ夕食用の惣菜を冷蔵庫に入れ終われば、すでに机の上に缶と箱が並べられていた。古ぼけて当時から既に剥げかけていた小さな缶と、クリーム色のリボンで結ばれた白い箱。期待に満ちた眼差しで、蓮が箱に手を伸ばす。俺も観念して、缶を手にとった。
「せーので開けよう、……せーの!」
錆びかけた蓋に苦戦する俺とは違い、するりと箱は開いたようで。蓮はなかのものを、訝しげに取り出した。
「これ、指輪……?なんで、こんなもの」
それを見た途端、記憶が雪崩れ込んでくる。そしてそれは、彼も同じようだった。指輪に釘付けのまま、ぐらり、記憶の海に沈む。
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