4.




気がつけば、薄暗い山の中にいた。一人ではない。隣には小学生くらいの子供がいて、それが蓮だということも分かった。ああ、これは夢だ。あるいは、記憶を遡っているのかもしれなかった。

 俺たちは二人で、小さなシャベルで穴を掘っていた。浅いそれに、小さな箱を入れて埋める。緊迫感と達成感の両方を胸に、互いに顔を見合わせた。

 にひ、と悪戯っぽく笑った幼い蓮が、口を開く。


「お前も共犯だな」








 ドクリ、心臓が跳ねたような心地がして飛び起きる。胸を押さえれば激しく拍動しているのが嫌でも分かった。肩で息をする、寝汗のせいで背中に服が張りついていて気持ち悪い。幼い頃の彼と、昨日聞いたばかりの彼の言葉が混ざり合って、気持ちの悪いノイズが掛かったような声がした。


 しばらく息を整えるので精一杯だったが、ゆっくりと頭が起き出せば昨夜の出来事が思い出される。バレたらどうしよう、いやそもそも犯罪に加担してしまった訳で。あいつは人殺しだし、いっそ今から警察に連絡を。手に取ったスマートフォンを起動すれば、十時半。構わずロックを解除して、電話アプリを開く。一番上にあったのは「倉嶋蓮」、昨晩唐突に電話をかけてきた彼のものだった。その名前を見た途端、脳裏に浮かんだのはあの瞳だった。

 そうだ、俺は共犯者なのだ。「二度目」の共犯者だ。少なくとも、俺にとっては。あの時から、ずっと。

 通報する気が失せてしまい、スマートフォンを握りしめたままもう一度布団に大の字になって倒れこむ。天井を眺めていたところで何かが解決するわけではないけれど、そうでもしないと余計なことを考えてしまいそうだ。きっとあの日から、少しずつ歪みだしていたのだ。「タイムカプセル」を埋めた日から、ずっと。



「うわっ」


 そうして思考を過去に飛ばそうとした瞬間、大音量で電話が鳴る。慌てて画面をみれば、件の幼馴染からの着信だった。



「もしもし、柚?」

「そうだけど、何」

「お前んち、今から行っていい?」


 電話越しの声がいつもより頼りなさげで、思わずうん、と了承してしまう。


「ありがと……てことで今お前の部屋の前にいるから、開けて」

「はぁ!?」


 思わぬ返答に驚いて、スマートフォンを耳に当てたまま大股で扉を開ければ、昨夜と大して変わらない笑みを浮かべた蓮がいた。


「……来ちゃった」

「来ちゃった、じゃねえよ。何しに来た」


 じろり、通話を切りながら彼を一瞥すれば、背にはリュック、両手に大きめのバッグ二つとコンビニ袋を持っていて、珍しく大荷物なことに気がつく。ただ、昨日の夜の出来事なんて嘘みたいに、彼は自然体だった。


「しばらく泊まろうと思って」

「俺の意見は無視かよ」

「だって柚、断らないでしょ?」

「……そうだけどさあ」

「やっぱそうじゃん、お邪魔しま〜す」



 勝手知ったる我が家とでも言うように、蓮は靴を脱いで部屋へと入っていく。横を通り過ぎた彼からは、やはり濃い香水の匂いがした。

 彼が来た理由はわかっている。恐らく、俺の監視だ。警察に通報しやしないか、自棄になっていやしないか、それを確かめに来たのだろう。そんな傾向があっても、数日あれば俺を丸め込めると言う算段でもあったのかもしれない。


「あれ、起きたばっかだった?」

「そうだよ、飯も着替えもまだ」

「ごめんて。これあげるから許してよ、コンビニのカツサンド一切れ」

「全部寄越せ、宿泊費だ」

「横暴〜。そういや今日、授業は?」

「今取ってるのは全部リモートだし、今日は全休。お前はどうなの」

「ならいいや。俺は水曜に対面あるけど、一週くらい休んだっていいっしょ」

「あ、そ」


 とりとめもない話の裏で、蓮がそれとなく探りを入れてるのが薄々とわかる。昨夜の犯行を誰かにバラす気は無いし、その点に関しては、いくら探られようと痛くはなかった。昨日のことに関しては、一つも。



「それで、これからどうする気」


 山奥といったって人が全く通らないわけじゃない。元カノも一人暮らしのはずだったが、いつまでも隠し通せるわけがないことも、蓮ならわかっているはずだ。


「何もしないよ、普段通りの俺で過ごす。何も知りませんって顔で、変わりなく生きてくよ」

「……そう、お前はそれでいいのか」

「いいよ。何、柚は他に考えがあるわけ?出頭しろとか言い出す気?」


 見つめる瞳に剣呑な光が宿るのを見て、緩やかに首を横に振る。


「言うわけないだろ」

「……本当に?お前、俺の言ったこと忘れてないよな」


 返事をするまで逃さない、と言うように両肩を掴まれれば、僅かな痛みに顔を顰める。それが彼の必死さと虚勢の表れのようで、怖いとは思わなかった。正面から微笑んで、刻み付けるように言葉を紡ぐ。彼が俺のように、この言葉を忘れられないように。


「わかってる。俺たちは、共犯、なんだろ」



 そう返せば、酷く満足げに彼は笑った。それから、いい加減離せと肩に乗った腕を強めに叩いてやる。


「あ痛! ごめ〜ん、痛かった?」

「馬鹿力め」

「お前ほどじゃないよ」


 先程までの様子が嘘のように、いつもの軽い調子で喋り出す。どこか底知れない彼の腹の中を知るのは、きっと自分だけなのだろうと思った。コンビニで買ったパンを袋から取り出した彼に、一言掛ける。


「そうだ、普段通りに過ごすって言ったよな」

「うん、そうだけど」

「お前、香水濃すぎ」


 それだけ言うと、シャワーでも浴びて着替えようと立ち上がる。驚いた表情は結構珍しいな、なんて感想を抱きながらバスルームに向かった。

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