3.
「……で、どこまで行く気?」
人一人の入った袋は、酷く重い。ずっしりとした感覚に、だんだんと腕が悲鳴を上げ始めていた。
「ええと、そろそろいいんじゃないかな」
一本道を少し外れて、深いところへ入って行く。更に五分ほど歩いたところで、彼は立ち止まった。
「ここにしよ、いいよね」
「いいよ、お前が決めたなら」
もとよりただの手伝いだ、異論なんてない。袋を降ろし、中から二人分のスコップを出せば一つを手渡された。まるでそうするのが当たり前かのように、俺は土を掘り始めた。全てが非日常で、だからこそ、こんなちっぽけな動揺で済んだのだと思う。死体を埋めるなんてこと、きっと生涯ないのだろうと漠然と生きてきた中で唐突に差し込まれたわけで。ザク、さく、カツン。順調に掘り進めていったスコップの先に、何か硬いものが当たる音がした。
「石、とか?」
「かもな。周り掘ったらそいつも掘り起こせるだろ」
そうして再び掘っていけば、またすぐに硬い感触がスコップ越しの手に伝わる。スマートフォンのライトで照らしてみれば、石というには細く白いものがあるのがわかった。否、石というよりも。
「……これ、って、骨?」
「まさか、んなわけないじゃん」
恐らく、蓮の言うようにただの石なのだろうと頭ではわかっていても、嫌な想像が浮かんでくる。ずっと昔、誰かが同じように、同じ場所で。そんな偶然があるものか、頭ではわかっていてもそう考えざるを得ない。奇妙な符合に、温度だけではない寒気を感じながら、どちらともなくスコップを動かし始めた。埋めてしまえば、無かったことと同じであると、思いたかったから。
全て、夢なのかもしれない。袋から遺体を穴に落として、元のように土をかけてやる。夜闇に掻き消される息のように、彼女の身体が、消えていく。無いものにされていく。白いフリルのついた洒落ている服だって、切り揃えられた艶やかだった黒髪だって、見えなくなれば無駄なのだ。ぼんやりと、決められた工程であるかのように、機械的に埋めていく。
「元カノ」が自然に覆い尽くされるまで、二人の間に言葉はなかった。埋めては踏みしめて、上から落ち葉を被せて。素人にしては復元が上手いこといったな、と頷けば、視線を感じて蓮を見遣る。瞳が交わって、笑みを形作る。何かをいう前に、彼が口を開いた。
「これでお前も共犯だな」
にい、と目を細めるのを黙って見ていた。声に篭った温度が生ぬるい。ああ、そうか。この時から、俺たちは幼馴染ではなく、「共犯者」になってしまったのだ。金縛りのように動けなくなった身体が、もう戻れないことを告げていた。はくり、口を開ければ声も出ない。ただ、漏れる息だけが自由だ。
「わかってるよな」
そう肩を叩かれて、ようやく弛緩した。身体をフル稼働して、頷いて見せるのが精一杯だった。
「ならいいよ、戻ろうぜ」
へらり、笑った顔はいつも通りの蓮だ。その顔が白いことも、反対に服や手足が汚れていることも、指摘はしなかった。未だ現実を受け止めきれない頭で山を降りて、気がつけば自分の住むアパートで、シャワーを浴びているところだった。
あのあと、どんな会話をしたのかは覚えていない。終始無言だったような気もする。ただ一つわかるのは、早く寝てしまいたいと身体が訴えているということだけだった。そうしてくたびれた布団に潜り込んだ。今日のことは全て、忘れてしまいたかった。ちり、と脳内で何かが閃いたような気がしたが、疲れと混乱だろうと気にも留めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます