ちょっとしたパーティーに

夏伐

焼き鳥焼き機6000円

 ケースの中でじっくりとたくさんの串焼きが回っている。業務用の焼き鳥を大量に購入した。

 卓上焼き鳥焼き機――10本同時に調理可能でセットするだけで自動で美味しい焼き鳥ができる。


 確定申告の還付金で買ったプチごほうびだ。問題はもう一つ、それは『ちょっとしたパーティー』のために購入されたものだということだ。当時安いと思った六千円がどうしても惜しくなる。


 プチパーティーを待っていた焼き機は、どうだろうカーテンを閉め切った部屋の中、陰気な疲れ切った社会人に光を当てている。


「みゆ……なんでだよぉ……」


 回転する焼き鳥とそれを照らす炭火を模した光を見つめていると、ボロボロと涙がこぼれてしまう。


 数か月前に俺は高校時代から付き合っていた彼女と別れた。彼女は元々ギャル系のファッションだった。それがどうして俺のような文系の陰気な奴と付き合ってくれたのか、そこからもう夢だったんだ。

 この五年の事はきっと夢で、目が覚めたら俺はまだ彼女と出会う前――高校デビューをわくわくしながらワックスで髪をセットする高校入学前の春休みだ。


 そう信じたかったが、部屋には美味しそうな焼き鳥の香りが漂っている。


 会社に行く以外は家に閉じこもっていた。腹は正直に、ぐぅぅぅうう、と鳴いた。

 焼きあがった焼き鳥をもぐもぐと食べながら、俺は携帯に入っていた彼女との写真を眺めていく。消そうと思っても消せなかった。


 休みの日は友達と一緒にBBQやキャンプに行っていたが、みゆと別れてからはぱったりとそんなこともなくなってしまった。俺が彼らと一緒に遊べていたのは、彼女がいたからだった。


 俺が家に引きこもっていると、彼女がガチャガチャと合いかぎを使って家に入ってカーテンを一気に開け放ち、窓も開ける。そしてぼんやりしている俺を見て言うんだ。


「こんな良い天気なのに……頭からきのこが生えてきちゃうよ」


「――みゆ!?」


 幻覚だと思っていた。


「合鍵、まだ返してなかったし」


 照れている彼女の様子とその言葉に、ほんの少しだけ希望が見える。もう一度やり直すことができるのではないか、と。


「みんな心配してるよー。もう何年も一緒に遊んでたのに連絡先交換してなかったんだね。さすがに暗すぎでしょ」


「うん」


「あ、焼き鳥焼き機! 結局一人パーティーしてるんだ」


「他に使い道、なかったから」


 何だか気まずいが、みゆと話していると心の中のもやが晴れる気がする。

 みゆは少し迷うようにしてから、スマホでどこかに連絡をした。誰かを家に呼んでいるらしい。


 もしかして俺の親を呼んでいるのだろうか……?


 不安に思っていると、みゆは「どうせならもっと派手にパーティーしよ」と笑った。

 数十分もすると、いつもBBQやらキャンプに行っているメンバーが俺の家にやってきた。


 茫然とした俺の様子を眺めてとても心配してくれる。


「連絡できなくて心配だったんだよ」


「みゆとも別れたって話も聞いたし……」


「とりあえずさ、ライン交換しとこ!」


 俺は勢いに流されるまま、どうにか彼らとラインを交換した。ついでにインスタグラムにも登録させられ、電話番号から知り合いをどんどんフォローした。


「まあ、みゆの話だと嫌になったんじゃなくて『友達にもどった』って感じらしいじゃん」


「え、そうなの? てっきり嫌われたのかと思ってた」


 俺の言葉に友人たちはケラケラと笑った。

 みゆは照れくさそうに微笑んでいた。ただ、その様子からどうにも俺とみゆはやり直すことは出来ないのだろうことが分かった。


 友人の一人に向けるほんの少し熱を帯びた視線。俺と一緒にいてあんな表情をしたことはなかった。


 彼女は恋をした。二股じゃなかっただけかなり良い。それに、いくばくかの情が残っているのかこうして心配してくれた。

 俺たちの数年間はそうして終わり、そして俺の人生がこれから始まるようだ。みゆのおかげで社交的になれている、それは揺るぎない事実だった。


 焼き鳥は結局、みゆがアマゾンでポチッた時と同じように『ちょっとしたパーティー』に消費された。


 本当に焼き鳥だけのパーティーだったが、みんな楽しそうにしてくれて、俺も久しぶりに楽しかった。スマホにもたくさんの連絡先。おなかがいっぱいになった。

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