第92話 侯爵家にお呼ばれです。

 ケインはラインバッハ侯爵家にお呼ばれである。

 しかし、朝から降り続いた雪は夕方にはやんだが、凄い雪がうず高く積もっている。

 馬車も走れないような感じである。

 ケインは歩いて侯爵家に向かうことにした。

(まあ、帰りも歩けばなんてことは無い。

 しかし、王都を歩くなどいつ以来だろう……。

 そう言えば、ラインバッハ侯爵家にテスト勉強に言って以来か……。あの時は騎士爵のせいで、追い出されたんだっけ?

 そんなことを言ったら、ミーナ様に怒られるかもな)


 屋敷の門番がケインを見つけると、すぐに扉が開く。

「馬車をお呼びしましょうか?」

 とは言われたが、

「歩いたほうが早いよ」

 ケインは屋敷の玄関に向かった。


「ケインー!」

 玄関が開くとラインが飛びついてくる。

「はしたないと怒られるんじゃないのか?」

 ケインが言うと、

「そうです、お姉さま、はしたない」

 弟のバルツァーが言う。

「そうだけど……」

 ラインを見るミーナもクレールも苦笑いしていた。

「今日は中止するつもりだったの。

 でも、来てくれると言っていたから……」

 ミーナが言うが、

「せっかく準備しているんだから、来ない手はないでしょう?」

 というと、

「来てくれてうれしいわ」

 ミーナもケインに抱き付いてくるのだった。


 ゴホン。


 クレールの咳払い。

「ここで話を続けてもいかんだろう?

 せっかくの料理が冷める」

 すると、

「そうね、こっちへ」

 ラインが俺の腕を取ると、引っ張っていく。

 そして、料理が並ぶ食堂にたどり着くのだった。


「凄いね……」

 昔、レオナの所で見たようなトムとジェリーで見たような尻尾を蒔いたブタ系の魔物の丸焼きのような料理や鳥系の魔物の足に飾りがついているものなど、多くの料理が並んでいた。

 ここは一発、ブタの尻尾でシャンパンの栓を抜いたりしてみたいところだが、それは無理っぽい。


「伯爵様を呼ぶんだから、これぐらいのことはしないとな」

 クレール様が言う。

「まあ、一度追い返された身ですがね」

(試験勉強の時はそうだった)

「それは言わない約束。

 だって、仕方ないじゃない。

 ただの騎士じゃ、ラインはやれないわ」

 ミーナが拗ねたように言う。

「確かに……、あの時の俺ではダメだったでしょうね。

 お陰で頑張らせていただきました」

 俺が言うと、

「頑張り過ぎだ。

 もう一歩で侯爵じゃないか……。

 私と肩を並べるとは……」

 とは言うが、

「急げと言ったのはクレール様では?」

 とケインは聞き返す。

「まさか、本当にここまで来るとは思っていなかったがね」

 苦笑いするクレール様に。

「良いじゃない、娘が婚約相手に愛されているって証拠よ!」

 ラインが言うと、

「羨ましいわぁ。最近愛されている感じがないんだけど……」

 ブーメランでクレール様に帰ってきた。

 クレールの顔に焦りが浮かぶ。

 すると、

「仕方ないだろう?

 忙しいのだ」

 と逃げようとしたが、

「ミランダさんには娘が出来ましたよ?」

 マウントを取られてしまった。

「それは、追々な……」

 とは言うが、

(クレール様は逃げ場無しか……。

 義理の弟か妹ができるのか?

 あっ……ニヤリと笑うミーナ様。

 こりゃ、クレール様に逃げ場はないな……)

 そんな事を考えるケインと冷めた目で見るラインとバルツァー。

(頑張れお義父さん……と、心の中で言っておくか)

「まっ、まあ、食事を始めようか」

 雰囲気から逃げようとするクレール様の声で、皆が食べ始める。

(しばし御歓談を……って感じかね?)

ケインは思いながら、学校祭の話やバルトロメ討伐の時の話、ダンジョンの攻略なんかの話をする。

 ラインに「野営訓練の時、ケインが頼もしかった」などと言われ、ケインは、苦笑い。

 バルツァーはケインの話を聞いて目を輝かせていた。



 食事が終わり、暖炉があるリビングで、再び降り出した雪を見ていた。

「さて、そろそろ帰りますか……」

 ケインが言うと、

「さすがに、こんな中、帰れとは言わない。

 馬車も出せないからな。

 こちらから、伯爵家に連絡を入れておく」

 クレールが言う。

「それならば、ミンクに連絡をしますのでご安心ください」

 ケインが言うと、聞きなれない言葉だったのか、

「ミンクとは?」

 クレールが聞いた。


「お父様、カイザードラゴンよ。

 あの指輪でミンクちゃんに連絡が取れるの」

 ラインが説明に、

「まあ、そういう事なんで……」

 ケインは指輪越しに、

「ミンク、ラインの所に泊まるってカミラに言っておいてくれ」

 と念じると、

「畏まった」

 という返事。

 そして、

「カミラねえが『ラインとごゆっくり』だって」

 という意味深な返し。

「承った」

 ケインはそう返事する。


「それでは、客室を準備しておきましょうか」

 ミーナ様がメイドに指示を出した。

 スッとメイドが下がる。

 部屋の準備に向かったようだ。


 別のメイドが出した紅茶で温まっていると、ラインが隣に座って体を預けてきた。

「まあまあ初々しい……」

 ミーナ様がにっこりと笑って言うと、

「あとは若い二人で……」

 居座ろうとするクレール様と興味津々なバルツァーを連れてミーナ様が去った。

(今更お見合いか?

 クレール様が悲しい目をしているのは、自分からラインが離れるから?

 いや、今夜はミーナ様に寝かされないから?

 敢えて再び言っておこう……頑張れ……と)

 ケインは去り行くクレールを見ていた。



「ケイン~」

(あっ……酔ってる……。

 そう言えば、ラインがワインを飲んでいたな……。

 今度はミーナトラップ?)

「ちゅー」

 ラインが口を尖らす。

(あー、居たなぁ……。

 飲んだらキス魔になる奴。

 あっ、抱き付いてきた)

 そんな時、

「部屋の準備が出来ました。

 ライン様とご一緒にどうぞ」

 メイドが現れる。

 ラインを抱き上げて、メイドの後ろを行くと、既に準備された客室

 意外と広く、ちゃんと風呂も準備されていた。

「部屋にあるベルを鳴らしていただければ、すぐに駆け付けますので。

 ごゆっくりどうぞ」

 と言って、意味深に笑うと、メイドは去っていった。

(ちゃんとわかって言っているらしい。

 まあ、荒れたベッドの片付けとかもしたことがあるのだろうな。

 ラインはというと……)

 ベッドに転がすと、

(あーあ、寝たよ……。

 ミーナ様の仕込みは完璧でも、ラインがこれじゃね。

 寝込みを襲う気も無いし……、風呂入って寝るか……)

 ケインは何もせず、ラインの寝顔を見ると寝るのだった。


 日が変わったころ、

「こら!」

 コツンとおでこを小突かれて起こされるケイン。

「なに?」

 目を覚ますと、目の前にラインの怒った顔。

 酔いが醒めたのか素に戻っていた。

「何で一緒に寝てるのに、何にも起こってないのよ」

 機嫌が悪いライン。

(プンプンって?

 なんかせないかんの?)

「何か起こっていた方が良かったのか?

 ちなみに、リビングで甘えてきてからのこと覚えてる?」

「えっ? リビングで甘えたの?

 食事が終わったところまでは覚えているんだけど……」

(えーっと、俺が思うより前から酔っていらしたらしい。

 こいつにあまり酒を飲まさない方がいいか……)

「甘えてきた後、段取りされたこの部屋に来た訳だ。

 ラインと一緒になれって設定だったんだろうが……」

「でも何も起こっていない」

「何もしていないからな。

 起きたら終わってた……ってのは良くはないんじゃないかなと……。

 だから、可愛い寝顔を堪能していました」

 そう言ってラインを見ると、

「そっ……そうなんだ」

 ラインは顔を赤くしていた。

 それでも、

「まだ朝までは時間があるから……おいで」

 と声をかけると、ラインは擦り寄ってくる。

 少し緊張気味のライン。

 ケインは抱き寄せて、頭を撫でた。



「こんな事してたんだ」

 満足げなライン。

「まあ、いろいろね」

「レオナが言ってたのもよくわかる」

「そう?」

「お母さまから話に聞いていたのと違う。

 女性の方から動かないと……って言ってたんだけど……」

(ミーナ様は能動的らしい。

 どっちかというとラインは受け身。

 慣れていないっていうのもあるのかもしれない)

「それは、夫婦によっていろいろ流れが違うからじゃない?

 一緒に暮らしている間に追々決まっていくのかもしれない」

「うん、そうだね。

 私は、ケインに導かれる感じの方がいいな」

 そう言うとラインは抱き付く。


 ラインがベルを鳴らすと着替えを持ったメイドが現れる。

 ケインの分まで準備されている。

(準備万端)。


「二人でお風呂に入って着替えます」

 ラインが言うと、

「着替えの手伝いは?」

 と聞かれた。

「ああ、俺が手伝う」

 というと、

「畏まりました」

 メイドは去っていった。


 二人で風呂に入り、お互いの体を堪能すると、服を着替える。

 ドレスのようなものではなかったので、手伝うことなどほとんどなかった。

 部屋を出ると、俺の腕を抱くライン。

 嬉しそうに俺を見上げていた。


 朝食の時、少しやつれたクレール様とテカテカのミーナ様が席に座っていた。

 バルツァーは不思議そうにクレール様を見ている。

(搾り取られたらしいな

 弟か妹ができるかもな。

 言わないけど……)

 苦笑いするケイン。


「ライン、良かったわね」

 喜ぶミーナ様に、ラインは頷いた。

 口もきかないクレール様。

(まあ、娘が寝盗られたのだから仕方ないか)


 朝食を終えると、

「ケイン、兵の数は足りているのか?」

 とクレール様が聞いてきた。

 首筋には昨日の戦いの跡のクレール。

「まあ、何とか……。

 カミロ・グリエゴ公爵を捕虜にした時、道中で触れ回ってくれたおかげで、集まっています。

 まあ、父と母のお眼鏡にかなう者が少ないのが現状です。

 戦争は騎士や魔法使い、弓使いだけで決まるものではないので、お眼鏡にかなわなくても歩兵として雇い入れてはいます。

 今なら、旧メルカド伯爵領と合わせて三千ほどでしょうか?」

「もう少し要るな。

 部隊を率いる者を数人、そちらに回すようにしよう」

「それは助かります。

 兵士に指示ができるものが居ないと、ただの烏合の衆になってしまいますから……」

「まあ、一応、義理とはいえ、お前の父になるからな」

(義父の威厳?

 しかし、キスマークがついた首を見せながら言われてもなぁ……)

「はあ……」

 ケインは気のない返事をしてしまう。

「嫌なのか?」

「いえいえ、滅相もない。

 ありがたく、いただきます」

 両手で制し否定するとケインは頭を下げた。


 結局、昼過ぎまでは雪のせいで外に出られず、雪かきが終わる昼頃にラインと共に屋敷に戻った。

「昨夜はお楽しみでしたね?」とでもいうような、意味深な笑顔をカミラやアーネにされてしまうケインたち。

(ミンクは……わかっていないかな?)

 そして、ラインからはカミラへの報告という、ガールズトークが始まるのだった。

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