第86話 公爵に会いました。
まあ、特に何も無く、朝はアネルマ様の相手をして、適当に王都を歩く。
暖かい気候のせいか香辛料が多く、胡椒を見つけた時にはケインは小躍りしてしまっていた。
「そこの御仁」
声をかけられる。
見た目は婆さん。
「何だ、アーネ」
ケインが言うと、
「うー、折角、上手く化けたと思っていたのに……」
少し機嫌が悪くなる。
「魔力がお前だからな……。
で、カミラの指示か?」
「カミラ姐さんもそうですが、残りの四人もです。
悪い虫がつかないように……って。
ミンクは、気にしていないみたいですね」
アーネが笑う。
「俺、信用無いな……」
愕然とするケインを見て。
「はい!
特に女性には!」
アーネは大きく頷いていた。
(そうなのね……)
それよりも、
「婆さんよりは、いつもの若いアーネで居ろ。
せっかくの白い髪が台無しだ」
というと、
「畏まりました」
通りの影に入ると、若々しいアーネに戻る。
ギリシャ風のローブのような服を着ていた。
「私服も似合うな」
ケインが言うと、アーネが赤くなる。
「ついでに、血も吸いに来たんだろう?」
「エヘヘ、バレました?」
そう言うと、抱き付くようにしてケインの首筋から血を吸った。
「ケインに仕えるようになってからはしていませんが、本来はこのあと男の精を奪います。
そして、採り尽くした後、体を食べる」
「怖いなお前」
「血だけで満足だったんですが、最近は……」
「まあ、メイドに手を出す主人なんて当たり前のように居るらしいから、そのうちな」
ケインの言葉を聞くと、アーネは黙って抱きしめる。
「ただ、俺を食うなよ」
「それはもう」
ケインを見上げながらアーネは言う。
「ちなみにこれも悪い虫?」
アーネを指差すと、
「いいえ、カミラ様には、いいって言われています」
声が大きくなるアーネ。
「はいはい……」
「酷いなぁ……ケイン様」
アーネが拗ねながら呟いた。
「さてと、どうする?
こっちに居るのならアーネもメルカド伯爵家の傭兵になるか?
多分、俺の紹介なら、雇ってくれると思うが」
と聞くと、
「私は、影でフォローします。
呼べばすぐに出られるような距離で……」
(あくまでも影ね)
アーネを見る。
「まあ、それでもいいが……。
それじゃ、借家を借りろ。
傭兵が女を作ってその家に行くなんてのは普通だろう?
それこそ、いつ死ぬかもわからないんだ、貪るような気もするが?」
意味が分かったアーネが、
「はい、わかりました。
カミラ様からお金はいただいているので、何とかなると思います。
場所が決まりましたら、メルカド伯爵家のケイン様の所へ参りますね」
嬉しそうなアーネは、ギュッと抱き付き、ケインから離れると、去っていった。
(カミラが居ないからか、ちょっと大胆だな)
去っていくアーネを見て思うケイン。
再び市場を歩くケイン。
これはターメリック、あれはクミン、おっとコリアンダー、そして唐辛子?
おお……、カレーが作れる。
コーヒーやカカオ豆を見つける。
ファルケ王国は南に領土が広いせいか、南国系の食べ物が多いのかもしれない。
(ならば)
ケインは目を皿のようにして、探しながら歩けば、見たことがある俵。
俵を広げて見せていた中身は米。
(おー、米だよ!
それも、インディカ米だけではなく、ジャポニカ米までも)
玄米っぽいのと籾まである
おぉ……これでカレーライスが!)
ケインはニコニコしながら、必要な物を俵で買い込む。
(アーネが家を借りたら、そこで作ってみるかな)
期待しながらケインはメルカド家に戻るのだった。
屋敷に帰ると、
「お前たち、それで、ケイン・ハイデマンを倒せるのか!
私が連れてきた兵士一人にさえ勝てないではないか!」
カイゼル髭の男が二十人程の兵士に言っていた。
中にはサンチョも居る。
二十対一で模擬戦をしていたようだ。
剣を肩に担ぎ、ボロボロの兵を見下ろす一人の男。
(まあまあ、強そう。
ミラグロスぐらいか……)
アネルマ様は悔しそうに手を握っていた。
「はい、はーい!」
飛び跳ねるケイン。
「この家に傭兵として雇われているケインと言います。
そこの、強そうな人と手合わせしたいのですが!
アネルマ様、いいですか!」
ケインが言うと、唖然とするアネルマ様。
「そう言えば、そうだったな。
お前の事を忘れていた!」
サンチョが立ち上がるとケインに近づいてきた。
「誰?」
ケインが聞くと、
「カミロ・グリエゴ公爵と、その傭兵だ。
勝てるのか?」
サンチョが耳元で囁いてくる。
「さあ? やったことが無いので。
でも、雰囲気的には勝てると思っています」
「うちの精鋭二十人でも勝てなかったんだぞ?」
「まあ、それでも何とかなるんじゃないかなあ……」
ケインが頬を掻きながら言うと、
「ヨシ、信じた。
もう、お前以外に相手ができる奴は居ないんだ。
お前に賭ける」
そう言って、
「公爵様、先日雇った傭兵が帰ってきたようです。
正規兵ではありませんが、腕は確かかと……。
私よりも強いはずですので、そちらの方と戦ってはいただけないでしょうか」
腰が低くして窺うように公爵に聞くサンチョ。
「ダンゲルどうなのだ?」
カミロが男に聞いた。
「若造が一人増えたとて……」
ニヤリと笑う。
「いいだろう」
とカミロが言うと、ケインは柵を超えて訓練場の中に入る。
中央で、向き合うケインとダンゲル。
「得物は?」
「ああ、別に要らないッス」
軽めの対応。
「バカにしているのか?」
「バカになんてしていませんよ」
「まあいい。あとで得物が無いから負けたなどと言わないようにな」
「そんなつもりはありません」
そう言うとケインとダンゲルは構えるのだった。
サンチョの、
「始め!」
の声で模擬戦が始まる。
ダンゲルは一気に近寄ると、突きを入れてきた。
ギリギリで避け、背中を叩いて勢いを増す。
おっとっと……とでもいうように二の足を踏むダンケル。
ケインはクイクイと手のひらでダンゲルを挑発した。
速さを増して、ケインを狙うダンゲル。
次は上段からの袈裟切り。
ケインは十センチほど避けると、木剣を躱してボディーを殴りつけた。
(一応手を抜いているつもり)
ケインがダンケるを見ると、盛大にキラキラで隠すものを吐き出す。
「えーっと……大丈夫ですかぁ?」
ケインは気を遣って言ったつもりだったが、言い方が悪かったようだ。
「バッ……バカにするなぁ!」
ダンケルは大振りで木剣を振り回す。
それを躱し、ケインは顎の先端を掠るように殴ると、ダンゲルは白目になって倒れる。
シンとする周囲。
「終わり……ですよね?
マウントを取って、殴り殺した方がいいとか?」
ケインはダンゲルに馬乗りになる。
「まっ……待て!」
サンチョが止めに入った。
余裕の勝利だったはずが、ケインのような若い男に邪魔をされたせいか、カミロの顔が赤くなる。
カミロが、
「『お前は解雇だ』と気がついたら言っておけ!」
と言って馬車に戻ると、お付きが追いかけて行った。
それを見送るケインたち。
「お前……、凄いな。
あいつに素手でか?」
サンチョさんが近寄ってきた。
「まあ、ダンジョンに潜っていれば、それなりに……」
「ダンジョンにだって!
それでか……。
ダンジョンで鍛えれば、強くなるんだよな。
それで傭兵なのに何でわざわざ関わってきたんだ?」
「あの状況で、悔しそうなアネルマ様を見たらちょっとね……」
「それでもいい、あの公爵相手に一泡吹かせたんだ。
俺は満足だよ。
公爵側も傭兵を出したんだ、文句はないだろう」
サンチョがケインの肩を叩いて頷いた。
(あれ?)
全速力でアネルマが走ってくるのが見える。
そのままケインに抱き付いた。
「アネルマ様! それはダメです
正規兵も居るのに」
ケインは止めるが、
「しかし、嬉しいのだ。
手も足も出ず、じっと我慢していた。
この仇討の戦争が終われば、私はあのジジイ息子に嫁がねばならん。
上から何でも行ってくるあの公爵に一泡吹かせることができてうれしいのだ」
と言って抱き付くのをやめない。
「嫁ぐ?」
ケインは既に聞いてはいたが、本人から聞いてみることにした。
「すでにメルカド伯爵家は伯爵の形を取れていない。
前回の戦争であまりにも被害が多かった。
今回の仇討も、公爵が後ろ盾にならなければ、兵士さえ集まらないのだ」
「その体裁を整える代わりにアネルマ様の身を?」
ケインが聞くと、
「いや、アネルマ様の母上、マリーダ様さえも……」
サンチョが付け加えた。
「そうでもしないと、今の伯爵家では資金も兵力もない。
情けないことだ……」
アネルマは苦笑いしていた。
(俺が原因か……。
勝つものが居れば、負ける者も居るのは世の常とはいえ……)
ケインも苦笑いしてしまう。
「私は、男に抱き付いたことはない。
抱き付いた男と言えば、父上ばかりだった。
父上が帰ってきた時にはよく抱き付いていた。
お前は父上のようにがっしりしていて、抱き付きやすいな」
アネルマ様が見上げる。
「で、サンチョさん。
この状況は、良くないのでは?」
ケインは抱き付くアネルマを指差しながら聞いてみた。
「良くは無いが、悪くもないな。
お前のお陰で、メルカド伯爵家は体面を保てた。
その褒美ってことでいいんじゃないのか?
まあ、アネルマ様も抱き付く相手が欲しかったのだろう。
もう何か月もしないうちに、この屋敷を去らねばらないからな」
とサンチョさんは苦笑いしていた。
「あれ、どうする?」
ダンゲルを指差すケイン。
「さて、どうするかね?」
サンチョが呟いた。
「雇えば?
強いし、数か月後には元鞘でしょ?」
「その辺はあの男に聞いてみる。
みんな、そいつを連れて行け」
サンチョの指示で、ダンゲルは数人の兵士に連れて行かれるのだった。
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