第87話 バレちゃいました。

 しばらく経ったある日、朝の練習が終わって、いつもの外出。

 市場に並ぶ物を見ていると、スッとアーネが近寄り、腕を組んできた。

「一応声をかけような」

 ケインが苦笑いでアーネを見ると、

「良いじゃないですか。

 ケイン様が腕を組むのは私よりメルカド伯爵のほうがよろしいですか?」

 アーネが俺を見た。

「見てたのか?」

「見てました」

「さて、完全な敵であるあのお嬢さんを旦那様はどうするのでしょうか?」

 ニッと笑うアーネ。

「そりゃなぁ……、何とかしたいとは思うが……」

「それで、どうするのですか?」

「さあね、考えてみるよ。

 で、それだけのために近寄って来たとは思えないんだが?」

 ケインがアーネをチラリと見ると、

「はい、家を借りたので呼びに来ました」

 頷くアーネ。

「ヨシ、それならいろいろとやりたい事もあるから、その家に行こうか!」

「えっ、やりたい事って。

 はい、やりましょう」

 意味不明にモジモジを始めるアーネだった。

(なぜに?)

 ケインはわからない。


 街の中をいそいそとアーネが手を引く。

 そして、そのまま手を引かれ家に入る。

(ありゃ? 食器や調理用具が全然ない。

 ベッドだけが豪華って何なんだ?)

 ケインは部屋を見ていた。


「これって……」

 振り返ると、アーネがカチャリと扉を閉めた。

「カミラ様に許可は貰っています。

 いつも屋根裏から覗くだけでは寂しかったのです」

 ローブのような服は消え、元の姿のクモの下半身と美女の上半身。

「嫌ですか?」

「嫌も何も、今更だろうに」

 アーネが上からのしかかる。

(俺はマグロかな?)

 ケインはアーネを見る。

 結局人化したり元に戻ったり……。

 事がおわると、アラクネの姿で俺にのしかかり、首筋をハムハムと甘噛みしているアーネの頭をケインは撫でていた。


 昼を過ぎた頃、

「さてと……」

 ケインが言う。

 悲しそうに、

「帰るのですか?」

 アーネが聞くと、

「ん? この家に住めるようにしないとな」

(ラブホ代わりって言う訳にもいくまい)

 ケインはそんなことを思いながら、収納魔法で、別次元から鍋やフライパンなどの調理道具を出した。

 更には机や椅子のような家具、コップや皿、椀などの食器を出す。

「うし、出来上がり。

 これで、料理ができる。

 あと、これ、紅茶セット。

 アーネが淹れた紅茶を飲みたいかな」

「はい!」

 アーネの姿がアラクネから姿を戻し、メイド服を着る。

「んー、美味いね。

 アーネのこれを飲むと落ち着く」

「はい、私は旦那様のメイドで、旦那様をお慕いしております。

 ですから、こちらでは可愛がってくださいね」

 アーネが顏を赤く染めながら言った。

「あっ、屋敷でもたまには……。

 カミラ様の許可が出れば……」

 追加もあった。



 こうしてケインは、朝練が終わると朝食から夕食までの間、アーネが借りた家に入り浸った。

 大人の時間だけでなく、コーヒーを飲んだり、カレーやチョコレートを作ったり。

 アーネもケインの横に立ち、調理を手伝う。

(なんだか新婚さん?

 アーネもなんだか楽しんでいるようだ)

 そんなアーネをニコニコとみるケイン。

 しかし、アーネがコーヒーとチョコレートで酔っ払ってぶっ倒れたことにケインは驚いた。

(アーネはクモの部分があるから、カフェインに酔ったのか?)

 そのまま姿を変えて甘えるアーネの姿を見ながらケインは思う。

(まあ、それもまたいいんだが、気をつけないといけないね)

 ケインは少し反省するのだった。


 アーネの家から帰ると、

「アネルマ様がお前と食事をとりたいと言っているんだが……」

 サンチョがケインに声をかけてきた。

「わかったけど、傭兵の俺が屋敷になんか入っていいので?」

「年齢的にも近いから、アネルマ様も気に入ってるんじゃないのか?

 まあ、カミロ・グリエゴ公爵から俺たちの面目も保ってくれたしな」

「グリエゴ公爵といえば、ダンゲルは?」

「俺の下についたよ。

 これで兵も強くなる」

「そりゃ良かった」

 ケインは頷いた。


 すると、サンチョはその後黙る。

「どうかしたか?」

 ケインが聞くと、

「いいや、屋敷に行ってくれるか。

 アネルマ様が待っている」

 サンチョに言われてケインは屋敷に向かった。

 中に入ると、執事に連れられ、屋敷内の食堂へ。


「お呼びにより、参上しました」

 席につくメンバーを見ると、アネルマとその母親マリーダ。

 あとは居ない。

「席につくのだ」

 アネルマに言われ、ケインはナイフとフォークが準備された席に座った。

「それでは」

 俺が席につくと料理が運ばれ、アネルマとマリーダが祈りをささげる。

 ケインもそれに従った。

 そして、ナイフとフォークで食べる。


(淡白な肉だな。

 だが、ソースと合う)

 ケインは料理に舌鼓を打ち、

「この肉は?」

 と聞くと、

「ラプティオンという魔物の尻尾だ。

 群れで行動して、群れで狩りをする厄介な魔物だ。

 ただ、尻尾は淡白だがうまい」

 アネルマが説明をする。

「確かに美味い」

 ケインは頷いた。

色々な食事がケインの前に並び、それを平らげる。

 そして、食事も終盤に差し掛かり、デザートらしいドライフルーツを摘まんでいると、

「ケインよ、それで話があるのだが……」

 アネルマがケインに声をかけてきた。

「何でしょう、アネルマ様?」

 とケインが問い返す。

 と少し間を置いて、

「正規兵にならないか?

 お前が居れば、ケイン・ハイデマンに勝てるかもしれん。

 サンチョと同じ、騎士長になってもらってもいい。

 そうすれば、伯爵家も安泰だ」

 とアネルマがケインを覗き込む。

「それは無いですね。

 俺は冒険者です。自由を好みます。

 今回はたまたま冒険者ギルドの募集で女性伯爵の依頼があったから来てみたまでです。

 ですから、傭兵でお願いします。

 仇討の戦いにさえ出ないかもしれません」

 ケインの返事を聞き、

「そうか……」

 あからさまにがっくりと肩を落とすアネルマ。

(一応、バレンシア王国の伯爵だしね。

 言わないけど……)

 苦笑いしながらアネルマを見ていた。



「それで、ケイン・ハイデマン本人が何のため、このメルカド伯爵家に?」

 マリーダがケインを睨み付けた。

(おっと……)

ケインは驚いてマリーダを見る。

「えっ?」

 アネルマは驚き、ケインとマリーダを見る。

「アネルマ。考えてもみなさい。

 傭兵がナイフとフォークをこれほど上手く使う姿を見たことがありますか?

 手づかみで食べるのが当たり前です。

 確かに礼儀に通じているだけなのなら、貴族の次男三男もあり得そうですが、これほど強い冒険者なら、有名になっているはず。

 冒険者ギルドで調べさせてみましたが、そんな話はありませんでした。

 騎士長という高額な給料が出る地位を断るのもおかしいですし、今の話では仇討の戦いにさえ出ないかもしれない」

 マリーダがアネルマを見て言う。

「だからと言って……なんで?」

「既にファルケ王国が敵討ちの出陣をするという話は聞こえているでしょう。

 そのために兵を集めていることもわかっているはずです」

(すげー、全部当たってるよ。

 こういう人じゃないと貴族の奥様は難しいのかね?

 脳筋っぽかったバルトロメのフォローをしていたのはこの人だったのかもしれない)

 分析するケイン。


「で、どうなのです?」

 マリーダがケインを見た。

(潮時?

 肯定しようが否定しようが、もう普通の傭兵とは見てもらえないか……。

 疑惑を覆すようなネタもない。

 言い訳も難しそうだ。

 仕方ないな……)

 ケインはフッと笑うと。

「さすが、鉄壁のバルトロメの奥様。

 その通りです」

 ケインは言った。

「やはり……」

 マリーダ様が納得した時、アネルマ様は剣に手をかけた。

「待ちなさい! アネルマ!

 それで、私たちはあなた達に勝てるのですか?」

 とマリーダが聞いてきた。

「んー、勝てませんね。

 定期の戦争で使っている平原のファルケ王国側の出口には砦も設置しましたし、出口を囲むように壁も作ってあります」

「もう? あそこには何もないと、最近の報告で聞いている!」

 アネルマが言う。

(情報が古いのだろう。

 まあ、砦なんて何カ月や何年単位で作る物。

 それが一日でできるなんて考えないか……)

 アネルマを見るケイン。

 そして、

「もし、あの平原に到着したとしても、兵を展開できないでしょう。

 我々の兵士は、数は少ないですが、精鋭です。

 守る分には万を相手できると思います。

 それに、俺の周りには、人だけでなく魔物も居ますから」

 俺が天井を見ると、アーネがススと天井から降りてきた。

「これは、アラクネのアーネ」

「アーネでございます。

 以後お見知りおきを」

 綺麗な挨拶をするアーネ。

「他にも神祖のカミラ。カイザードラゴンのミンク。

 まあ、他にもヴォルフにフェネクス……意志を持つ魔物が仲間に居ます」

「たしかに、私たちは負けますね。

 カイザードラゴンなどが居るとしたら、万の兵でもどうにもならないでしょう。

 カイザードラゴンを倒すには剣にも魔法にも長けた者が必要。

 我々は最前線に立たされ、後ろから公爵の兵に押され、前方ではカイザードラゴンのブレスに晒されるのですね。

 アネルマは戦死。私はカミロ・グリエゴ公爵に……メルカド伯爵家は無くなる」

 マリーダが悲しい目をしていた。


「ちなみにメルカド伯爵の領地ってどの辺なんですか?」

 俺が聞くと、

「ラフティーの街とその周辺の村になる」

 アネルマが言った。

「そう言えば、ラフティーの町は、いつもの平原に抜ける山道のファルケ王国側の出口でしたね」

「よく知っているな」

「この国に入るために、カイザードラゴンに乗った時に上から見ました。

 カイザードラゴンに乗って……」

 ケインは唖然とするアネルマを見る。

 そして少し考えると、

「寝返らない?」

 いきなりの俺の言葉にアネルマとマリーダが驚いていた。

「弱体化した伯爵家、マリーダ様はカミロ・グリエゴに、アネルマ様は次男だったっけ? 乗っ取られて食いつぶされておしまい。

 だったら、こっちに寝返ればいいんじゃないかなと……。

 こちらに来ても、伯爵の地位を維持することはできないが、最低限貞操は守ることはできる」

ケインが言う。

「もし、我々が寝返ったとしても、山道しかないのだ。

 攻められたら援軍さえ来ない。

 どちらにしろ潰されるではないか!」

 アネルマの問いに。

「公爵って言えば、国王の親類。

 いい人質になるんじゃないかなぁ……。

 まあ、カミロ・グリエゴという人質だけでなく、実際に壁や砦を作って攻められないようにもするけど」

 ケインが言うと、

「ああ、そういう事ですか」

 マリーダ様は気付いたようだ。

「我々は攻め込んだあと降伏し、我々がカミロ・グリエゴ公爵とその取り巻きを捕虜にする。

 そして、それを盾に、領地を保証してもらう」

 と言ってマリーダがニヤリと笑った。

「んー、ちょっと違うかな。

 領地なんて俺が保証するよ。

 そのまま、ラフティーの街に攻め込むからね。

 カミロ・グリエゴにはお金と食料になってもらおうかね……」

「ケインよ、言葉が変わった」

 唖然とするアネルマ。

「アネルマ様。これがいつもの旦那様です」

 アーネが笑う。


「それでどうします?」

 まあ、それでもバルトロメ・メルカドの敵を討ちたいと言われれば、それまでだが……」

 ケインが聞く。

「アネルマ。あなたが決めなさい!」

 マリーダがアネルマを見た。

「私は、あんな弱々しい男は嫌いだ。

 いくら父上を討った男だとしても、私が困ったときに私の前に現れたケインの方が好きだ!」

 アネルマがいろいろとブッ込んできた。

「まあ、わかってはいましたが……。

 朝練の相手をがケインに変わり、カミロ・グリエゴ公爵の件以来、最近の食事の時にケインのことしか言いませんでしたからね……」

 マリーダが頭を抱える。

 アーネもヤレヤレと手を広げていた。

「もう! お母様!」

 アネルマが赤い顔をして怒る。

「まあ、正規兵になるというのなら、ゆくゆくは……とは思っていましたから、別に文句は言いません」

 マリーダが言う。

「えーっと、名乗りもしていなかったんだけど。

 それって卑怯じゃないの?」

「ケインだとは言っていたからな。

 気付いたのが母上だというだけだ」

と一蹴される。

(んー、その理論がわからない。

 オヤジさんに似て脳筋なのか?

 感情で動くタイプ?

 でも、こっちについてくれるなら……)

 ケインは姿勢を正し、

「では、伯爵家の領地を安堵する方法と、カミロ・グリエゴ公爵を捕らえる方法を考えましょうか」

 と言うとアネルマとマリーダが姿勢を正す。

 そして、裏切りの話し合いを始めるのだった。


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