第85話 傭兵になりました。

 街中を歩く男。

「ケインと言えば、ケイン・ハイデマンという男が、我がバルトロメ・メルカド伯爵を討ち取った。

 名が一緒とはな……。

 それにしても、冒険者から傭兵になろうとは珍しいな。

 我々も手勢を増やしたいがために冒険者ギルドに依頼票を出した。

 お前のような強い者なら、冒険者としても大成しそうなものだが」

「鉄壁のバルトロメが討ち取られたというのは聞きました。

 そんな人が居なくなった伯爵家ならば、こんな俺でも目立てるかと……。

 あと正直、依頼者の名が女性名だったから興味を持っただけです」

 ケインが言うと、

「ああ、現当主のアネルマ様か……。

 この俺が言うのも何だが……可愛いぞ」

 デヘヘと笑う。

「じゃあ、あなたはその可愛い当主のために頑張っているって訳ですね」

「そう、そんな感じだな。

 もうしばらくしたら、弔い合戦が始まる。

 そのための兵集め。強い者が来るのは助かる」

 すると、

「ここが我が伯爵家だ。

 えーっと、あっ、居た居た」

 オッサンはレグルという男に声をかけた。

「何っすか?」

「レグル。

 当たりだ。

 あの三人を瞬殺だ。

 ちゃんともてなすように」

「えっ、あいつらを?

 凄いじゃないッスか」

 あの三人結構強かったらしい。

「じゃあ、任せたぞ。

 俺は試験場に行ってくる」

 男が去った。


「名前は?」

 レグルが聞いてきた。

「ケインです」

「お前、ケイン・ハイデマンと同じ名前かよ!

 アネルマ様には言うなよ」

 苦笑いをするレグル。

「はい」

「お前いくつ?」

「十五です」

「俺より四つも若い。

 イケメン、ムキムキ、剣が使えるなんて最強だろ?

 明るい未来が待ってるはずなのに……。

 わざわざこんな伯爵家に仕えなくても」

「何でです?」

ケインは聞いてみる。

「まあ、俺たちは元々仕えている者だし、バルトロメ様に恩もある。

 だから、アネルマ様が仇討ちをするというのに付き合うのに文句はない。

 でも、向こうのケイン・ハイデマンって奴が強いのなんの。

 ガキのくせして、簡単にバルトロメ様を討ち取った。

 まあ話に聞くと、バレンシア王国で有名な鬼神と魔女の息子だから、そのくらい強いのかもしれないがね」

「しかし、傭兵を雇う必要があるほど兵が少ないのに、なぜ仇討ちを?」

「『仇討ちをしてケイン・ハイデマンを討たなければ、メルカド伯爵家に先の敗戦の責任を取ってもらう』と言ったバカが居る。

 ファルケ王国のカミロ・グリエゴ公爵だ」

「責任とは?」

「バレンシア王国に勝てなかった責任を取って、カミロ・グリエゴ公爵の次男をアネルマ様の夫として、メルカド伯爵家に入れるという話。

 マリーダ様をカミロ・グリエゴ公爵の後添いにするそうだ。

 どっちも美人だしな。

 実質、乗っ取り。

 だから、俺たちは既に、玉砕覚悟なんだ。

 何としてでも、ケイン・ハイデマンを討ち取るつもり。

 そんな伯爵家に本気で傭兵としてくる者は居ない。

 やる気がある者は居ないんだ」

 そう言うと、やる気がなさそうな男たちを指差した。

「俺が、やる気があるとは限りませんよ?

 女性の主人っていいなぁ……って思っただけですし」

「それなら大丈夫。

 俺が言うのも何だが、美人だ」

「期待しておきます」

「おう、期待しておけ!

 ただ、バルトロメ様の娘だ。

 強いぞ」

 レグルが言った。


 小汚い個室に通される。

「ここがお前の部屋だ。

 日の出起床で、朝の訓練。

 模擬戦だな。

 その後、朝食。

 食堂で取る。

 それ以降は夕方まで自由にしていい。

 剣の練習をしようが外出しようが自由だ。

 ただし、外に出る時には、俺に一声かけてくれ。

 夕方は食堂で食事。

 あとは適当に寝る。

 酒は自分で買ってきて飲むのはいい。

 ただし、ほどほどに。

 暴れるようなことが無いように。

 そんなもんかな」

 レグルが説明をする。

「それだけ?

 軍隊だから、もっと厳しいのかと……」

「そういうのはお前だけだぞ?

 傭兵なんて数合わせだ。

 負け戦なら、傭兵なんて逃げることも前提」

「はあ……」

 気の無い返事をするケイン。

「まあ、お前にやる気があることがわかってよかった。

 頑張れば、正規兵……。

 いや、それじゃ逃げ辛くなるな。

 まあ、期待してるぞ」

 そう言うとレグルが部屋を出て行く。

「はあ……。

 やりづらいなぁ……」

 ケインは呟くのだった。



 ケインは念じる。

 ミンクを介した定時連絡。

「ミンク、帝都に入ったよ」

 と連絡をする。

「無事か?」

「ああ、無事だ」

「どこに居るのだ?」

「メルカド伯爵家に傭兵として雇われた。

 その辺をカミラに言っておいてもらえるか?」

「畏まったのだ。

 まあ、ケインなら大丈夫だと思うが、気をつけてな」

「おう、畏まった」

 こうして念話をやめ、部屋を出る。



 夜が明ける前、指定の時間に外に出る。

 正規兵はほぼそろっているが、傭兵組はほとんど居ない。

(傭兵って本当に数合わせなんだな)

 苦笑いしてしまうケイン。


(あー、まともに起きているのが正規兵だけで、相手になる奴が居ない。

 仕方ない、ひとりで型でもやるか……)

 ケインは軽く体をほぐしたあと、昔からやっている型を始める。

 いつか、ケインがベルトから習ったもの。

 ケインはヒュンヒュンと音をさせながら、暫くやっていると熱くなってきた。

 仕方ないので、上半身裸になる。

 ケインのEMSに鍛えられた筋肉が現れ湯気をあげていた。

 ちょっと調子に乗って続けて型を続けていると、ケインは視線を感じた。


(見ているのは……おっと、美人さん。

 これがアネルマ様かね?)

 ケインは美人を見る。

 金髪をなびかせ、ブレストプレートにマントを着た姿。

(正規兵たちが気合を入れるのもわかる)

 ケインは頷いていた。


 アネルマは兵の前で視察中。

 兵たちも、それを見て、気合が入っていた。

 そして、一人練習をするケインが気になっていた。


 すると、アネルマがケインに近づいてきた。

「お前、ケインというらしいな」

(既にお知りのようです)

 苦笑いしながら、

「はい、何の因果か、ケインという名です」

 ケインが言うと、

「私はアネルマだ。

 私はケインという男が嫌いだ」

 ストレートな答えに、

「お父上を討った男の名だとか」

 とケインは言う。

「そうだ! だからまずはお前を倒したい」

 アネルマがケインを睨む。

「私が倒されればいいので?」

「違う! サンチョが『お前は強い』と言っていた。

 ケイン・ハイデマンを倒すには今より強くならなければならない。

 だから、剣を教えろ!

 まずはお前に剣を教わり、お前を倒す」

 アネルマが言った。


「剣であれば、兵士たちにも上手い者が居ると思うのですが?」

「いいや、サンチョは、この兵士の中で一番お前が強いと言っていた。

 兵士三人を相手に瞬殺だったというではないか。

 サンチョでさえかなわないだろうと言う」

「まあ、試験ではそうでしたね」

「だから、お前に教わる」

(結構強引。

 我儘娘?)

「サンチョって?」

 ケインが聞くと、

「あれだ!」

 指をさした先には小太りの男が居た。

 そして、ケインを見てニッと笑う。


(やられた……。

 変な情報提供はやめてもらいたい。

 まあ、傭兵としてこの館に入ってる時点で、名前以外の情報なんて共有されているんだろうけど)

 ケインはサンチョを睨んだ。

「別にいいですけど、私にはなかなか勝てませんよ?」

 ケインが言うと、

「絶対に勝つ!」

 力こぶを作るアネルマだった。


 ケインが暫く相手をしていると、簡単にバテる。

 鉄壁のバルトロメほどではない。

 ケインが調子に乗って適当にあしらっていたら、涙目になるアネルマ。

 (えーっと、俺どうしたらいいんだろう

  まあ、暫くは程々で相手しておくか……)

 アネルマの扱いが適当になるケインだった。

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