第83話 無茶振りの準備が終わりました。

 砦を手に入れ、屋敷の庭に入ると、スッと雰囲気が変わり、いつも通りのミラグロスに戻る。

(砦の中の雰囲気は二人だから……ってことか。

 確かにこの屋敷の中では難しい。

 ただ、ミラグロスにはそういう機会も必要なんだろうな……」

 ケインはミラグロスを見ていた。


「おかえりなさいませ、旦那様」

 カミラがアーネとミンクを連れて出迎えた。

 ミンクがスンスンと鼻を鳴らす。

「盛りの臭い」

 ミンクが呟く。

「ミラグロス……良かったですね」

 カミラがミラグロスを見ると、ミラグロスが頬を染め、

「はい、ご主人様に抱いていただきました」

 と言った。

 カミラがミラグロスを見て目を細める。


 ケインたちはリビングに集まる。

「それで、砦は?」

 カミラの問いに、

「ああ、収納魔法の中だよ」

 と答える。

「しかしなぁ……」

 とケインが言うと、

「何か気になることがあるのか?」

 ミンクが聞いてきた。

 カミラの指導の甲斐なく、まだまだタメ口なミンク。

(まあ、これもまた良し)

 頷くケイン。


「んーそうだなぁ……。

 ファルケ王国と戦う場所は王都から遠くてな。

 まあ、国境を接するような場所だから、遠いのが当たり前っちゃ当たり前なんだが……。

 砦を作ったとしても、孤立してしまうと意味ないしなぁ……。

 援軍を出すにしろ、時間がかかってしまうんだ。

 近くに兵を常駐させるほどの兵力はうちには無いしなぁ……」

 ちょっとした愚痴を言ってしまう。

 すると、

「戦場が遠くなければいいのだな?」

 ミンクが聞いてきた。

「えーっと、そうだな、戦場が遠くなければいい」

 とケインが頷くと、

「私はダンジョンマスターだぞ?

 どうにでもなる」

 ミンクがニコリと笑った。

「えっ、どうにでもなるってどうするんだ?」

 ミンクはさも当然のように、

「ダンジョンはどこにでも出入り口を作ることができるのだ。

 知らなかったか?

 つまり、ダンジョンでその戦場……いや砦とラムル村やこの屋敷を繋げば移動の距離を短くできる」

 と言う。

「ダンジョンには魔物が出る。

 大丈夫なのか?」

 とケインが聞いてみると、

「出ないようにできるぞ。

 新規に魔物が発生しない階層を作ってそこを外部と繋げばいいのだ」

 と、さも当たり前のように言った。


(ミンクが言っているのはダンジョンを使ってバイパスするという事らしい。

 ならば、その階層に兵糧や武器を蓄えておけば、長期戦に対応できる。

 何なら、足りなくなったら、別場所で購入して補給なんかもできるか……。

 階層も大きくなければ、移動距離を数百メートルに抑えることもできるだろう……)

 ケインはミンクが言う事を整理する。

 そして、

「ミンク、ダンジョンでそんなことができるとは思わなかった。

 倉庫的な物も作れるか?」

 ケインが考えたことをミンクに伝えると、

「可能だぞ。

 それならば倉庫用の部屋も必要だな」

 ミンクが頷いた。


「兵站をダンジョン内に作るなど……考えもしなかったこと。

 ミンクを従えるご主人様でなければできない事です。

 相手は地図上でしか計算できませんから、見た目の兵力との差に驚くのではないでしょうか?」

 話を聞いて理解していたミラグロスが興奮気味である。

 更に、

「可能であれば砦を中心に壁を製作し、回り込むことができないようにすれば?

 砦を関として活用することで、どうでしょう?」

 ミラグロスがケインに進言した。

「壁を作るなら、その前に空堀は必要か……。

 わざと平らにして沼にしておけばいいかもな」

 俺が呟くと、

「沼と言えばケイン様ですね」

 カミラが笑っていた。


 ケインはラムル村の近くに砦を出すと、ルンデルに頼んで砦内に必要な物を準備してもらう。

 壁の補修や、寝具や机の準備、諸々である。

 調理用具の準備と、料理人の手配もしてもらう。

 馬の世話や掃除は騎士がするらしい。

 ケインは後を任せた。

(修理と準備が出来たら持って行くかね)

 ケインは砦を見上げる。


 一カ月ほどかけて、砦の補修と必要な物の搬入を終えると、収納魔法で別次元へ。

 そして、その後俺はバルトロメを倒した戦場へ。

 移動速度もあるし、ダンジョンを使った通路のこともあるので俺とミンクが行くことにした。


 空を飛ぶミンクとその背に乗るケイン。

「どうだ? 凄いだろう?」

 ドラゴン形態のミンクが振り向いて言う。

 翼端から白い雲を曳き、かなりの速度が出ているのがわかる。

 かなりの高度なのか、家は小さく、街道は糸のように見えた。

「ああ、凄いな。

 ライアンには悪いが、速度が段違いだ。

 乗り心地もいい」

 フフンと誇らしげに鼻を鳴らすと、ミンクは再び正面を向いた。


 しばらく飛ぶと、平原が見えてくる。

 ケインが空から見ればバレンシア王国側、ファルケ王国側どちらも山に囲まれた隘路から繋がった平原。

 盆地になっている。

 周りの山から水が集まるのか、湿地帯のような部分もあった。

「この平原の周りを確認したい。

 低空で回ってもらえないか?」

「わかった」

 ミンクは速度を落とし低空で飛んだ。

「山道以外に迂回路は無さそうだな」

 ケインは気配感知でフレーム状に表示させた地形で、獣道やう回路のようなものがないか調べる。


(この平原は慣例の戦争用の運動場としてはいいのだが、広い場所を作ってわざわざ兵を展開させる必要はない。

 ファルケ王国側の出口の前に関を置いてしまえば、隘路内に兵が残ってしまい、兵が展開できなくなるでは?)

 ケインは考えた。

「あの辺に降りようか」

 ケインが指差す先はファルケ王国側の出口の前少し広がった場所。

「で、どうするのだ?」

 ミンクが聞く。

「ここに、ドンと砦を置いてと……」

 言葉の通り、ケインはドンと砦を置く。

 そして長城とは言わないまでもファルケ王国側の出口を囲むように壁を山まで展開した。

 その前には沼のトラップ。

 中央の道からしか入ることはできない。

(砦の入口で検問とかをするなら、砦の内部から、建物を除去してしまうか……。

 それ用の建物を探してくるか……。

 まあ、いっか。まずは砦ってことで)

 ケインは砦と壁を見て頷いた。


 配置を終えると、ミンクの出番。

「これでどうだ?」

 砦を出た王国側に半径十メートルほどの洞窟の入口ができた。

「これならば、騎馬が数頭横に並んでも走れる」

 ミンクは満足げに頷く。

「じゃあ、ケイン、ダンジョンに行くぞ」

 ミンクに手を引かれて中に入ると、青白い照明。

 天井が光っていた。

 天井は高さ十五メートルぐらいになっている

 中央に洞窟と同じ広さの道らしきもの。

「まっすぐ行けば王都の屋敷で、左に曲がればラムル村の屋敷に出る」

「父さんたちは知ってるのか?」

ケインが聞くと、

「私が言うと、納得していた。

『ケインならやりそうだ』って言っていたぞ」

笑うミンク。

 道に沿って大きな部屋が二つある。

「これならば、倉庫として使えるだろ?

 追加が欲しければ、作ることは可能だが?」

 窺うミンクに、

「ああ、今は十分だ」

 ケインはそう言うとミンクの頭を撫でるのだった。


 ルンデルを小間使いのようにして頼んで、ダンジョン内の倉庫に兵糧を入れてもらう。

 ちなみに、倉庫の中の時間を止めることもできるらしく、一度入れれば永久に保存可能らしい……。


「すごっ」

 と言ってケインがミンクを見ると、

「フフン」

 と鼻の下を擦る。


(あとは……兵の移動。

 知らしめておくか、知らせないでおくか……。

 ん……バケモノ設定だ。知らせるか)


 伯爵家の兵士にはミラグロス経由で事情を話した。

「我が領主ハイデマン伯爵はカイザードラゴンを駆るドラゴンライダー。

 カイザードラゴンの力で、やりたい放題できる……」

 という感じである。


(その説明で大丈夫か?)

 と、ケインは思ったが、バケモノ設定はすんなり受け入れられた。


 王都班二つとラムル村班三つに分けて、常に三班が砦に常駐するようにした。

 砦の長は父さんとミラグロスが交互にやる。

 ケインは二人には敵が来ても表で戦わないように指示を出しておいた。

(数百の防衛に、数千の敵が来ちゃ、まあ勝てないだろうし……)

 ケインの考えである。


(何かあったらバケモノ認定の俺とミンク、カミラにアーネで出撃。

 まっ、主に俺とミンクになるんだろうけど……。

 あっ、ルンデル商会の支店を砦の王国側に作ってもらって……)

 出来上がった砦と囲む壁を上空から眺めながらケインは考え、こうして、無茶振りの段取りは終わるのだった。


 帰りは、ダンジョン経由で数分である。

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