第6話 お使いに行きました。

「探せ!」

 王城内を駆けまわるメイドに騎士に兵士たち。

 ベルトは近くに居た兵士に、聞いた。

「エリザベス殿下が王城から消えた。

 護衛隊の隊長のメルヴィンが今、王に呼び出されている。

 何かあれば、命だけでは済まないでしょう」

 沈んだ声で兵士が言う。

「そりゃいかんな。

 俺の小隊も手分けして探そう」

 そう言うとベルトは騎士団詰所に走るのだった。

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 ケインは七歳になった。

 ミランダに頼まれ家を出てお使いに行く事も多くなる。

 近所に子供が居ないため、相変わらずカミラと組手三昧だ。

 いきなりケインの部屋の扉が開き、

「ケイン、悪いんだけどキャベツと玉ねぎ買ってきてくれない?」

 と言うミランダ。

「ちょっ、母さん!」

 カミラ主導でケインとイチャイチャしていたようだ。

 カミラはミランダから目を逸らしはするが、顔は真っ赤。

「母さん! ノックぐらいしてよ!」

 ケインが文句を言うが、

「気配感知できるんでしょ?

 だったら、わかるんじゃないの?

 カミラさんに集中しすぎて、気付かなかったとか?」

 ミランダがケインとカミラを見て笑った。

 年齢的に早いのだが、ミランダ公認である。


「それで行ってくれるの?」

「ん? 良いけど」

 ケインは頷いた。

「じゃあ、コレで買えるだけ」

 とミランダが籠とお金を俺に渡す。


(懐かしの網込みの買い物籠。

 おばちゃんが腕に通してたなぁ。

 昔はマイバックが当たり前だったんだよ)

 ケインは懐かしさを覚えつつ籠を受け取ると、

「私も暇だ。一緒に行っていいか?

 一応私はケインの護衛設定だし」

 カミラがケインを見た。

「お前、冒険者ギルドカードの再発行をしたんだろ?

 依頼は?」

 カミラは冒険者ギルドカードを再発行してもらい、知らない間に軽そうな黒い皮鎧を着るようになっていた。

「一人で依頼を受けてもな。

 もう三年待てばケインも冒険者ギルドに登録できる。

 だったらそれを待つのもいいかと思って……」

「俺、カミラと一緒のランクじゃないぞ?」

「大丈夫。私が受ければケインのランクが低くても問題ない」

 ちなみにカミラの冒険者ランクはBランクらしい。

 冒険者は強さでGからSSSで別れている。そのBランクだから、中堅ってとこなのだろう。


 ケインは少し悩む。

 カミラはドキドキしながらそれを見ていた。

 そして、

「まあいいや、カミラも一緒に行こう」

 結局二人でのお使いになるのだった。


 王都には東西南北に門があり、そこから王城へと大通りがまっすぐに伸び、王城の東西南北の門に繋がる。

 そしてその通り沿いに出店費用を払って色々な出店がて市場となっている。

 東がドラゴンマーケット、西がタイガーマーケット、南がフェニックスマーケット、北がタートルマーケットちなみにケインが行く市場は東にあるドラゴンマーケット。

 理由はケインの家から近いから。

 

 玉ねぎを籠一つなんて、そんなに難しい買い物ではない。

 大体玉ねぎ一個が五セト。

 ケイン生きてきた感覚では、一セトが約十円になる。

 一セト硬貨が鉄貨一枚。これがこの国の硬貨であった。


 鉄貨     一セト・・・  十円 

 大鉄貨     五セト・・・ 五十円

 銅貨     十セト・・・  百円    

 大銅貨    五十セト・・・ 五百円

 銀貨     百セト・・・  千円

 大銀貨    五百セト・・・ 五千円

 小金貨     千セト・・・ 一万円

 中金貨    一万セト・・・ 十万円

 大金貨    十万セト・・・ 百万円

 白金貨    百万セト・・・一千万円


 と言う感じになる。

 ケインの手には大銅貨一枚。

 つまり五百円分のお金を持っていた。


 ケインとカミラは野菜を売っている店をまわると、

「ケイン、この玉ねぎなんかどうだ?」

 カミラが店先の玉ねぎを指差した。

「ダメだ。

 その玉ねぎは多分箱の底の方だったんだろうね、上から押されて少し凹んでいる所がある。

 そういう所から傷むんだ。

 この店は底のものを上に出して早く買わそうとしているのかもしれない。

 玉ねぎは長持ちする野菜だから、長持ちさせるならそういうところを見ないと」

「難しいのだな。それにしてもぬしはよく知ってるな」

「まあ、いろいろあったからね」

 ケインは慧だったころ、一人暮らしで玉ねぎを腐らせてしまったことを思い出す。

 袋に入れたまま置いていたせいで湿気により腐らせてしまったのだ。

(帰ったら、適当に縛って軒下にでも干しておくか……)

 ケインがそんな事を考えながら歩いていると、

「きゃっ」

 と言う女の子の声が聞こえた。

 体格のいい男に躓いたケインくらいの歳の女の子が居る。

 金髪に青色い目。

 見るからに高そうな服を着ていた。

「アイタタタタタ……。足が折れた」

 大男が足を押さえ、転げまわる。

 手下のような男が、

「兄貴、大丈夫ですかい?

 嬢ちゃん、兄貴の足が折れちまったようだ。

 治療費を払ってもらえないかい?」

 ニヤニヤしながら声をかけた。

「お金を払えばいいのですか?」

 そう言うと女の子は財布を取り出す。

 その財布も金糸や銀糸で細工がされ、高価なものだとわかる。

 それを見ていいカモだと思ったのか、大男も手下もニヤニヤと笑っていた。

「ああ、小金貨一枚あれば、兄貴の足は治る」

 手下が、小金貨をねだる。

「それでは小金貨を……」

 そう言って女の子差し出そうとした時。

「バカだなあ、そのおっさんの足は折れていないよ」

 そう言うと、ケインは大男に近寄り脛をバキリと踏み折った。

 本気で大男が転げまわる。

「君、これが折れた時。

 足がまっすぐじゃないだろ?」

 ケインが指差して言うと、

「あら、ホント。

 折れると本当に足が曲がるのね」

 女の子は折れ曲がった足を観察していた。

 それを確認すると、ケインは大男の足をまっすぐにしてから治す。

「これが折れていない時」

「本当にまっすぐ」

「だから、この大男は足なんか折れていないんだ。

 だから、そんな小金貨を払わなくていい」

 ケインがそう言うと、女の子は財布を仕舞った。


「小僧、邪魔しやがって!」

 大男がケインを殴ってきたが、ケインはサッと避けて足をかけ倒した。

 今度はカミラが大男の足を踏み折る。

(ありゃ、俺のより派手に折れた)

 ケインはカミラをジト目で見ると、

「カミラ?」

 と冷めた声を出す。

「手加減を失敗したのだ……」

 申し訳なさそうなカミラ。

(ヤレヤレ……)

 ケインは、男の足元に座り込んだ。

「あらあら、折角足が戻ったのに残念」

 女の子がクスクスと笑う。


 再びケインが男の足を治し、

「とりあえず、ここから離れようか。

 けっこう目立ってるからね」

 と言うと、

「わかりました」

 の声と共に、ケインは女の子を連れカミラと路地裏に向かうのだった。


「で、君は何でこんなところに居るの?

 豪商か貴族、王族ってところだと思うんだけど」

 女の子は王族という所でビクリとした。

(マジですか。

 護衛も付けずにお忍びですか)

 ケインは女の子を見ていた。

 すると女の子は、

「隠れてお城から出てきました。

 私は町が見たかったのです。

 そして王都に暮らす人々の生活を見てみたかった」

 とケインに向かって言った。

「お城って……まさか王女様?

 こんなところに来てはいけない人じゃないですか!」

「ええ、でも……」

 と口をつぐんだ。

(行動力あるねぇ……)

 女の子を見て思うケイン。


「まあ、あの大男みたいな人ばかりじゃないけども、危ないですよ?

 本当は護衛を連れて来ないといけません」

「護衛をつけると本当の人の生活は見えません」

「そりゃそうですが、そういうのを見るのはあなたの部下です」

「私の目で見たかったのです」

 強い言葉で女の子は言ってきた。

「それは良い心がけだと思います」

 そう言うと、ケインに誉められたと思ったのか女の子は嬉しそうにした。

 しかし、ケインの声が変わる。

「でも、あなたの命はあなただけの物ではないんですよ?

 あなたが死ねば国の威信にかかわる。

 護衛担当者などは責任を取って自決しなければいけなくなるかもしれない。

 その家族も路頭に迷う。

 その責任をとる覚悟で、この散歩をなさっているのですか?

 ただの我儘でここに居るのなら、お城にお帰りください」

 子供の声にしては低い威圧感のある声でケインが言うと、

「あなたは無礼ですね」

 女の子に怒りの表情が見えた。


 そんなとき、ケインとカミラの気配感知に不審なものが映る。

(後ろの家の屋根か……)

 ケインは振り返りもしない。

「無礼で結構です。

 こんなふうに襲ってくる者も居るのです」

 後方から放たれた矢をケインは振り向きもせずに女の子の直前で弓矢を掴んだ。

 ヘナヘナと崩れる女の子。

 ケインはすぐに弓を撃った者の周りの酸素を抜き窒息で気絶させる。

 カミラはすぐに飛び上がり、屋根を走って弓を撃った者を捕らえ担いで戻ってきた。

「王城の前までは連れて行きます。ちゃんとご両親や護衛の者たちに謝れば許してくれるでしょう」

 ケインはニコリと笑う。

「あなたは?」

「私は王城が見える所でお別れです」

「名前を教えてくれませんか」

「面倒ごとは嫌です」

 ケインはきっぱりと断った。


 王城の正門が見える所で止まると、

「どうぞ行ってください。

 門番に話しかけるのを見たら私は去ります」

 ケインは女の子に言った。

「わかりました」

 そう言うと女の子門に向かって歩き始める。

 そして門番に話しかけると、門番は急いで城の中に入れた。


(ふう、終わり)

ぬしよこの男をどうする?」

 カミラがケインに問う。

「そうだなあ、カミラが血を吸って吸血鬼にして太陽の光に晒す?」

「嫌だ。私はぬしの血しか吸わない」

 拒否をするカミラ。

「即決だねぇ。情報聞ける?」

「わかった、私に任せろ」

 カミラが前に出る。

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 カミラは催眠が使える。

 ケインがそれを知ったのは最近である。


 ある日の夜、カミラがじっとケインを見ていた。

 ケインはその目には魔力がこもっていることに気付く。

「何をやっている」

 低い声でケインが聞いた。

「催眠。残念かからなかったか。

 抱いてもらおうと思ったのに」

 本当に残念そうにカミラが言うと、

「心配しなくても、最初はお前になると思うよ。

 だって、今まで暮らしてきたんだ。

 ただ、俺はまだ成人していない。精通さえない。

 だからもう少し待って欲しいな。

 長寿種である神祖ならそのくらいは待てるだろ?」

 ケインはカミラを抱き寄せると、ぽっと頬を染め、

「わかった」

 カミラは俯く。

「でも、吸血はしばらくお預けな」

 ケインは罰としてカミラの吸血をしばらくお預けにすると、カミラは涙目だったのは言うまでもない。

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 ケインとカミラは男を連れ、人気のない路地に入る。

 そして、カミラの目が光る。

「お前の雇い主は誰だ、そして依頼内容は何だ?」

「リンメル公爵。エリザベス王女を殺す依頼」

 と、男は言った。

「またリンメルか……。

 まあ、俺に実害が無いからいいけど。

 カミラ、『任務は失敗、エリザベス王女は城に戻った』とこいつからリンメル公爵に報告させてくれ」

「わかった」

 そう言うと、カミラの目が再び赤く光り、報告の文言を刷り込んだ。


 カミラが思い出したように、

ぬしよ、キャベツと玉ねぎはいいのか?」

 と言ってきた。

「おっと、ヤバい、時間かけすぎだ」

 ケインは急いで買い物をして家に戻る。


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 正門で門番が見たことのある少女が近づいてくるのに気づいた。

「エリザベス殿下!

 王や王妃、騎士たちがお探しになっておりました。

 どうぞこちらへ」

 門番から騎士、騎士に連れられ王の前に行くエリザベス。

「よくぞ戻った。

 危険はなかったかな?」

 一人娘に優しい王。

「はい、男に騙されそうになりましたが、女性連れの男の子に助けられました」

「リズ、あなたがしたことは一人の問題ではありません。

 わかっていますか?」

 少し怒りを含んだ静かな声で王妃が言う。

「私の身分を知ると『市井のことを知るのはあなたの仕事ではない』、『あなたの命はあなただけの物ではない』、『あなたが死ねば国の威信にかかわる』、『護衛担当者などは責任を取って自決しなければいけなくなるかもしれない』、『その家族も路頭に迷う』、『その責任をとる覚悟で、この散歩をなさっているのですか?』と、先ほどの男の子にお母さまが言うように叱られました」

 王女は少し驚き、

「そうですか、王女と知ってそのことを言える子供。

 見どころがありますね。

 名は?」

 エリザベスに聞く王妃。

 エリザベスは目を伏し首を振ると、

「言いませんでした」

 と王妃に言った。

「ただ、私ぐらいの年齢、振り向きもせずに弓矢を掴むほどの身体能力です。

 どこかに知っている者が居るかもしれません。

 それよりも、私を探していた騎士たちに迷惑をかけたと謝らなければなりません。

 お父様、騎士たちのところにお連れください」

 こうしてエリザベスは騎士たちのところに行き、謝るのだった。


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 その夜ベルトが、

「今日は大変だったんだ。

 エリザベス王女が城を抜け出してな。

 どこに行ったのかもわからず、皆で探していたんだが、ひょっこり戻ってきた。

 そして『護衛の皆さんごめんなさい』と言って頭を下げた。

 あの我儘だった王女がだぞ!」

 と声を上げた。

「抜け出した時に何かあったのかもしれないわね」

 ミランダはそう言いながら、ベルトにお茶を注ぐ。

「女連れの男の子を捜せと言われているんだ。

 うちのケインみたいに女を連れた子供なんて珍しいだろ?

 振り向かずに弓を掴み取ったとも聞く。

 まさか、関与してないよな」

 ケインを見て睨むベルト。

「無い無い」

 とケインは手を振って全否定。

「お使いの帰りが少し遅かったけど……」

 ミランダの疑いの目。

「それは、玉ねぎを選んでいたからだよ。

 痛んでいる玉ねぎなんて無かったでしょ?」

「そうね、どれもきれいな玉ねぎだったわ」

 とミランダは目を細めて褒めていた。

 事情を知っているカミラはニヤニヤである。

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