串から抜くな。

椎楽晶

串から抜くな。

拝啓、ボクから君へ。居酒屋にて。


「ごめん別れよう」


賑やかな店内と充満する食べ物の匂い。とりあえずで注文したあまり好きじゃないビールと汗かいたジョッキで濡れるテーブル。


君は『なんで?』とも聞かなかった。





お互い忙しくて、なかなか時間も取れなくて…久しぶりのデートだった。

金曜の夜、仕事終わり。

繁華街の中にあるリーズナブルなチェーン居酒屋。

大学の頃から、いつもここばかり。

ここしか知らないワケじゃないけれど、なんとなく冒険できないねって、言って妥協で上がる雑居ビルの階段。


『串もり一つ』『あとビール』ビールでいいよね?と返事を待たずに店員を返す。焼き鳥盛り合わせなんて初めて頼むよね。

それなりに長く付き合ってるけれど、君がそれを頼むのは初めてじゃないかな?

焼いた鶏肉より揚げた鶏肉が好きなんじゃなかったっけ?


『この間、連れてって貰った焼き鳥屋さんが美味しくてさ』

今ハマってるんだ〜焼き鳥!って笑うけど、それ初耳。

それなら、君の今のブームのままどこかの焼き鳥屋さんに入るんでも良かったんじゃないかな?


『知ってる?焼き鳥って言って豚肉の串焼きもそう言う地域もあるんだって』

そんな雑学誰から聞いたの?知ってる限りの君の友達にそんな地域出身者はいなかったはずだよね。


お待たせしました〜と、元気よく運ばれてきた焼き鳥の盛り合わせ。

横に長いお皿の半々に、タレと塩の2種類。


『シェア平気だったよね』返事する前に、君は次々と串から鶏肉を抜いていく。

タレも塩も。モモも皮も、レバーも軟骨も、手羽先もハツも。

全部串から抜いてお皿の上でバラバラのぐっちゃぐちゃ。


「ごめん別れよう」


山盛りの鶏肉の山をぼんやり見つめながら、スルリと口から滑り落ちた言葉。



拝啓、ボクから君へ。


君は君で、雑学好きでうんちく垂れの焼き鳥屋にデート行くくらいに親密になった、この前部屋に呼んでベッドを一緒に使っていた彼と幸せになってください。


僕は、焼き鳥を問答無用で串から全部抜き、無断で唐揚げにレモンをかけるひとはちょっと…かなり…結構な地雷です。


半年前はちゃんと聞いてくれてたのにね。

半年前は返事も待っててくれてたのにね。


お金は置いていくので、彼に電話で迎えにきてもらうと良いよ。 敬具





1週間の始まりの月曜日…の、仕事帰り。

深夜までやってるスーパーの惣菜コーナーで、今夜の晩ご飯を買う。

刺身、揚げ物、中華…流れで見ながら、辿り着いた焼き鳥の盛り合わせパック。


あの日食べ損ねた未練で買って、タレと塩を分けて皿に盛りレンジで温める。


どれだけキレイに串から抜いても、ひとまとめにしても、串から抜かれたものは汚く見えてしまう。


『だから、同じのが食べたいなら2本注文しようね』


焼き鳥ではなかったけれど、串物料理の度にボクは言っていたよ。

2週間前の串揚げ屋に行ったデートの時にも言ったのに、忘れちゃったのかな?塗り替えられちゃったのかな?


あんな別れ方だったのに、何の連絡もないんだね。


それならせめて、気取って黙って立ち去ったりしないで『串から抜くな』って悪態ついて立ち去れば良かったな…。


串から抜かない焼き鳥とレモンのかかっていない唐揚げ。

柑橘系のサワーで流し込んで、指輪や式場の検索履歴とブクマを消した。


明日は、何を食べようかな。

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串から抜くな。 椎楽晶 @aki-shi-ra

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