お残し厳禁

玄武堂 孝

【KAC20226】お残し厳禁

 僕こと加原かばら 一はクラス単位で異世界召喚され淫魔王と呼ばれる存在となった。

 チートで無双し、そのたびに嫁が増えていった。

 チーレム大勝利のはずなのだがちっともそんな感じではない。

 僕の異世界チーレム生活はどこかおかしい。



 サザンクロスにあるダンジョンの攻略は中層で停滞気味だ。

 その理由は中層から状態異常を付与してくる魔物が出現するからだ。

 特に男性を魅了するサキュバスが厄介だった。


 男性だけのPTが遭遇すると高確率で【魅了】され、壊滅的な被害を受ける。

 サキュバスの【魅了】を回避するには男性であればDT力を下げるしかない。

 ちなみにDT力は【識別】でも確認出来ない謎の力だ。

 オーラ力など異世界には謎の力が存在するがその一つだと考えれば理解出来ると思う。

 中層のモンスターを倒すとドロップするアミュレットでDT力を下げる事が出来る。

 だがウルトラレアアイテムでその店頭価格は天井知らずだ。

 DT力を下げるには(注:DT力は下げる)そういった経験を積めばいい。

 幸いにもサザンクロスにはサキュバスソープ店『SQB49』があるのでDT力を下げる方法には苦労しない。

 そんなわけでダンジョン攻略組の男性は昼に夜にサキュバスとの死闘に明け暮れている。


 ちなみにDT力は男性だけに存在する謎の力なので女性をPTに加えるのが有効だ。

 この世界はMPが高い=戦闘力が高いという世界なので男性より総MPが高い女性がそこそこダンジョン攻略に参加している。

 とはいえやはり戦闘という荒事に積極的に参加していた高レベルの女性冒険者は少なかった。

 現在各PTで女性冒険者の育成が行われている。


「焼き鳥楽しみー」


 そんな中層の攻略にミコさんと佐藤の同級生コンビが加わった。

 そのありえない戦闘力で中層の魔物を狩りまくったという。

 2人はレベルが高いだけでなく、そのありえない総MP量が脅威だ。

 これは秘密なのだが僕と叡智な行為をするとMP総量がありえない増加をする。

 通常の女性のMP総量が100なのに対し、現在2人のMP総量は10万を超えている。

 もうね、ジェノサイドだったらしい。

 一緒に行ったPTの面々はひたすらドロップアイテムを拾い集めていたとか。

 …すいません、僕の嫁達が本当にすいません。


「軟骨なんてドロップ品初めて」


 中層では【麻痺】や【石化】なんてデバフを付与する初心者殺しの魔物『コカトリス』が出現する。

 この世界のコカトリスは身長3mの巨大なニワトリといった感じの怪鳥。

 意外にも草食。

 実際のコカトリスはサザンクロス周辺には生息していないという。

 今までダンジョンで討伐されたコカトリスからのドロップ品は単なる『肉』だったらしい。

 だが異世界人の思考をリサーチしたダンジョンが『もも』『むね』『手羽』などと部位ごとに分けられた品をドロップするように変化させた。

 ダンジョンは魔法生物だと考えられていて『人の感情』をエネルギーにしているという。

 人間の『恐怖』や『悦び』などだ。

 そしてそれを効率よく摂取するために人の思考を読み取り、欲しがる品物をドロップする。

 人の『欲望』を上手く操り、最深部へと誘うのだ。

 特にサザンクロスのダンジョンは若いダンジョンだと考えられていて思考力が柔軟。

 そんなダンジョンに異世界人が立ち入ると新しい品物がドロップし、それが新しい文化として町の発展に寄与するという流れとなる。


「軟骨は砕いてつくねにしてみたわ。

 ウチ的にはこれが今回の自信作!」


 持ち込まれた色々な部位を調理しつつ愛華が出した結論は焼き鳥だった。

 …というか自分がいつでも食べられる物をチョイスしたようだ。

 愛華はその圧倒的な調理知識と技術で天啓職【調理師】という珍しいクラフターになった。

 だが基本面倒臭がりの気分屋。

 高1にして『一杯やりながら』というスタイルを確立している。

 そんなのはオヤジユーチューバーの特権なのだがこの世界は15歳が成人なので問題ない…本当に問題ないのか?

 仕事上がりの酒が楽しみでついでにつまみが人の作った料理ならご機嫌というこまったちゃん。

 屋台を始めたい人間を集め、レシピ伝授&試食会という運びになった。

 サザンクロスは新しい街で娯楽が少ない。

 この文化レベルなら食=娯楽という考えが成り立つ。

 人が増え、雇用も増えているが金を使う場所が少ない。

 その点を家宰であるヘンリックによく注意される。

 金が回らないと街の発展が進まないうえに貨幣経済も浸透しない。

 まだ農村部では貨幣なんて見た事がないなんて文化レベルなのだ。

 将来的には貨幣経済を牛耳る事で世界を掌握しようという僕なりの魔王活動を進めている。

 冒険者のほっぺを金貨でぶっ叩いて動かすという駄女神の教えは至言だ。


「まったく一橋姫は人使い荒いよ」


「なによ、ちょっとリクエストしただけじゃない」


 愛華とミコさんは楽しそうだ。

 最初の頃はミコさんを嫌っていた愛華だが最近は仲がいい。

 僕という淫魔王の節操なしを肴に飲み会をしているとか。

 たまに付き合わされるが僕はひたすら説教されるだけ。

 僕は淫魔王という偉い人のはずなのにひたすら『男は黙って○○ビール』させられている。


「ハジメ、今回は日本酒で誤魔化したけど『みりん』が必要。

 生産よろー」


「ほいほい」


 …って軽く言ってくれるけど大変なんだぞ。

 材料や製法を調べたり、場合によっては栽培から始めなくてはいけない物もある。

 幸い親友のテツが天啓職【農家】なんて植物栽培のチートだから可能だけど。

 そして材料以外にもする事もあった。

 実際この屋台販売の実現のために色々走り回った。

 許可制にする準備や衛生面での指導などの制度設定。

 焼き鳥焼器やその他の備品、串や焼き鳥を入れる紙なんてものも手配した。

 新しい事をするには準備や根回しが必要なんだ。

 僕が領主でチートだからショートカット出来ているけど実際なら時間も費用もとんでもなくかかったはずだ。


「レバー美味しい!」


「ウチが丁寧に処理したからね。

 下手なヤツだと生臭くなっちまう」


 ミコさんがひたすら食べ、愛華が焼く。

 …まあ、2人が楽しんでいるから面倒な事は後回しだ。

 せっかく内蔵がドロップしても足が早いのでどうやって腐らせないで持ち帰るかなんて方法はあとで考えればいいか。

 誰もがミコさんのような時間経過しない【アイテムボックス】もちじゃないとツッコミを入れたかった。

 だが幸せそうに焼き鳥を頬張っている時にするべきじゃない。

 だって僕が殴られるから!

 …淫魔王って呼ばれているけど実際はどこにでもいる会社では偉いけど家庭では小さくなっているパパと同じだよ。


 そんな哀愁気分で冒険者の固まっているテーブルに向かう。

 ミコさん達と中層を回ったゴットハルトやバーニー、ヘルムートとテレーゼ。

 名前は知らないが一緒にPTを組んでいる面々。

 それにちゃっかり便乗しているダスティンなどなど。

 実に楽しそうに、そしてガツガツ食べている。

 愛華は腕はいいが原価管理が致命的だ。

 人が美味しそうに食べているのを見るのが好きであれもこれもと爆盛で料理を振舞う。

 当然赤字なのだがそれのフォローは僕がさせられている。

 …まあ、僕も人が楽しそうに食事をしているのを見るのは嫌いじゃない。

 腹を空かせた人の横で自分だけ美味い物を食べていられる性格じゃないからね。

 よくヘンリックから『貴族はそれでは駄目です』と注意されるけどさ。

 それに愛華が実に楽しそうな顔をしているのも悪くない。

 愛人がいい笑顔をしていると僕も楽しくなるからね。

 そんな愛華をみんなが好意的に見てくれるのも嬉しい。

 高校時代の愛華はいつもつまらなそうで机で寝ているか携帯をいじっていた。

 異世界召喚は僕らクラスメイトには不幸だったがそれだけじゃなかったと考えると少しだけ救われた気分になる。


「俺、ネギ嫌いなんだよ」


 ヘルムートはネギマ串からネギだけを外す。

 ネギが鳥の旨味やタレを吸って美味いんだけどな。

 ヘルムートは味覚がちょっとおこちゃま気味だからだろう。

 そういう意味ではゴットハルトも味覚は子供っぽかったはずだ。

 肉!肉!肉!の肉至上主義で好きな料理はハンバーグだったはず。

 愛華に餌付けされて矯正されたか?

 黙って黙々と咀嚼している。


「…ん?」


 僕は背後に気配を感じ振り返る、

 そこには見た事のないような鬼の形相の愛華がいた。


「食べ物を粗末にするな!!」


 愛華の鉄拳がヘルムートの脳天に炸裂した。

 …炸裂した??

 戦闘職のヘルムートは【防御障壁】を張っていた。

 レベル的には愛華とほぼ変わらないが愛華はクラフターだ。

 戦闘職の【防御障壁】を破る事は出来ない…はず。


「食べ物を粗末にした時の愛華の鉄拳制債は【防御障壁】では防げんぞ?」


 ゴットハルトは黙々と咀嚼しながら言った。

 お前、すでに愛華から鉄拳制裁で矯正されていたんだな。

 いつまでも飲み込めないネギ(多分)を咀嚼している。

 子供かっ!?


「ヘルムート様!」


 テレーゼが泣きながら気絶したヘルムートを介抱する。


「愛華!ヘルムート様が残した食べ物は全部私が食べるから許してあげて!」


 テレーゼの懇願に愛華がしょうがないといった顔で頷いた。


「駄目よ、テレーゼ。

 男は甘やかしたらつけあがるから」


 ミコさんが笑いながら言った。

 だがその目は笑っていないし、視線は僕をロックオンしている。

 その言葉に愛華と佐藤が頷いた。

 愛華の飯は美味いが殺人的に量が多い。

 本人的には量の多さ=愛情表現らしい。

 愛華の愛情は腹を直接攻撃する。

 しかも僕は小食だ。

 そして残したとしても庇ってくれる恋人はいない。

 …詰んだな、僕。



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お残し厳禁 玄武堂 孝 @genbudoh500

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