13 外という存在
「あれはどういう事だい?」
闘技場の一件があった後、私達はその後の試合を組む事はせずに宿に戻って来ていた。
ネモイェと名乗ったかつての無名食堂のメンバーとのやり取りに違和感を感じていた私は宿に戻って早々、ツヨシ君にその違和感を尋ねた。
「多分僕はもうしばらくしたら師匠とお別れになるかもしれません」
その意外な返答に私は続く言葉を失う。
「お兄ちゃん居なくなっちゃうの?」
ミランダはツヨシ君の言った言葉に対して疑問を投げ掛ける。
「うん、僕は多分この世界から除外されちゃう」
ミランダの問いに対してツヨシ君は更に意味の分からない返答をする。
「世界からの除外?」
私は意味が分からずそう聞き返す。
「被検体六十一号、それが師匠の言う現実世界で呼ばれている僕の呼称です。それを教えてくれたのは師匠なんですが、覚えていないですよね?」
ツヨシ君は何を言っているんだ?
被検体六十一号?
そうやって呼ばれるのはすでに個人としての名前が消失しており、実験動物としての意味合いが強く、人としては扱われていない可能性が高い。
「教えて貰ったって……それを私が言ったってのはいつ?」
私は混乱したままツヨシ君に聞き返す。
「ミラちゃんが
ツヨシ君は何を言っているんだ?
私にはツヨシ君が言っている様な事をした覚えも、力尽きて倒れた覚えも無いぞ。
「師匠は僕が食べ物の味を感じられるのを不思議がっていましたけど、その答えも教えてもらいました」
「それも私が?」
「いえ、以前に話した事あると思いますけど、オジサンに……です」
オジサン、声だけしか知らずその特徴からツヨシ君がそう呼んでいる存在だったか。
「そのオジサンはなんて?」
「視覚以外の感覚をこの世界で持っている人は現実世界での何かしらを持ったままの人って事みたいなんです。僕の場合だと家族の事なんですけど、多分飛行機事故で死んじゃってます。僕はその事を覚えていて、その時の僕はまだ小学生になったばかりの話だと思います」
ツヨシ君のその説明で納得が出来る部分もあった。
エデンではアカウントが作れるようになるのは十歳以上であり、それまでは課金やそれに関連するコンテンツも利用する事が出来ない。
その中にはエデンへのゲーム参加も含まれる。
ツヨシ君が課金に関してだったり、エデンの知識が全く無かったのはそういった年齢制限に引っ掛かっていたからだろう。
ある意味これは自分が予想していた通りの事ではあるが、それならばそれを覚えているからと言って、視覚以外の五感の一部がそのままであるという理屈が分からないままだ。
「自分の事を覚えているのと味覚がこちらでも感じられるってのが繋がらないんだけど、それはどうして?」
分からない事は本人に聞いてしまうのが一番である。
自分は迷う事無く剛君に聞いてみた。
「自身の事を一部でも覚えているって事はその現実をこっちの世界にも持ち込むって事になるらしいんです。それ故に感覚の一部が残ったままになるんだってオジサンは言ってました」
そうツヨシ君は説明してくれたが全く理解できない。
「そのオジサンなんだけど、その人はツヨシ君にとっての何なの?」
多分そのオジサンの存在が分かれば、自分の中にある疑問の全てが解消できるのではないかと淡い期待を抱きつつ聞いてみる。
「僕の身体と精神のケアを担当する人……みたいです。その人が言うには僕は師匠と関わるようになってから、想定外の事ばかりが起こっているみたいなんです。それでその想定外が対処できるうちに僕と師匠との関わりを無くしてしまおうってのが、オジサン達の考えみたいなんです。それを知ってるっていうのが僕が持つ現実のゲームへの持ち込みって事みたいです」
ツヨシ君の言いたい事は理解した。
だけど、そうなると更なる疑問が浮かぶ。
「その関わりを断つって事は私に伝えてしまって良いの?ツヨシ君の説明で、ここがゲームの世界であり、そのデジタルな世界に何かしらの方法で入り込めるって事は分かったけど、それってゲームの参加者には知られちゃいけない事だよね?」
「多分、そこらはロールバック? で、対処するんじゃないですかね。僕の場合にはそのロールバックしても話したり事はある程度は覚えていたりするんで、その効果は薄いみたいですけど……」
そう言った後、ツヨシ君は一呼吸置いて言葉を続けた。
「それで闘技場での事なんですけど、あれはオジサンからの提案なんですよ。あの人はプライド? 自尊心が強いからそこらを焚き付ける様な事を言えば乗ってくるって。オジサン自身もあの人の事は好きじゃないみたいです。向こうの……現実世界も色々あるみたいですね」
確かにそのオジサンの言う通りの展開になったけど、それがこのゲーム世界で何のメリットになるのだろう?
そう考えてしまうのは私自身も歪んだ性格だからだろうか。
「でもさ、ツヨシ君が勝てば問題無いけど、もし負けでもしたら私の負担って結構大きく無い?」
まぁ、それはあくまで
ぶっちゃけてしまえば
しかしそれはあくまで上級者から見た時の話であり、ツヨシ君はもちろんその類の人物では無い。
「もし僕が負けたとしても、師匠が素直にそれに従うとは思って無いので」
ツヨシ君は悪戯っぽい笑顔をみせてそう言った。
この子、私が思っていたより腹黒い子なのかもしれない。
「まぁ、すでに事は動き出してしまったんだ。好きにしな」
それだけ言って私はツヨシ君が負けた時にアイツにどんな嫌がらせをしようか考えを巡らせるのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ツヨシ君とあの男が衝突したその日にはすでに闘技場観戦を楽しむ観客の中でかなりの話題になり、その翌日にはアンビティオの街の住人達の中からもちらほらとルーキーとチャンピオンが試合をするという話題があがっていた。
本来決まった話題をこちらから問い掛けなければ返答を返さない彼らだったが、こうやって何かしらの変化があるとその話題について自発的に色々喋り出すというのは本来のエデンでは無かった事だし、他のタイトルを含めてもその様な反応を示すNPCが実装されているゲームなんて聞いた事も無い。
それらを省みると、このゲーム世界に送り込んだ者達は一般の人達では理解の及ばない技術をこれでもかと盛り込んでいるのが素人の自分にでも嫌でも解らされてしまう。
ただ、残念に感じるのは何故その魔法や神の所業にも等しい技術がこんなチープ極まりないエデンに似た世界で実装しているのかという事だった。
極限にまで少ないポリゴンで、その対象がかろうじてソレと分かるオブジェクトの集まりで構成された世界、そのチープさと対象的に理解の範疇を超えた技術の数々。
それらを実際に体験している身としてはそのギャップこそがとてつもなく恐ろしいものにも感じられる。
「師匠、難しい顔をしてますが僕は負けたりしませんから安心してください」
そんな私の頭の中で考えられている事など、他人であるツヨシ君が分かる訳も無く、自分がツヨシ君が試合で負けるのでは無いかと思ってそんな言葉をかけて来た。
「負けるなんて思ってないさ。なんたって君は超絶無敵な王なんだろ?」
戯けた調子で返し、普段は使わないその名で彼の事を茶化す。
「そうです、僕は超絶無敵な王ですから」
茶化したにも関わらず彼はそう笑って返す。
きっとツヨシ君は闘技場で最強のチャンピオンと言われているネモイェの試合を以前に見た事があるのだろう。
その上でオジサンからの口添えがあったからとは言え、ツヨシ君自身が勝てると思えるものが無ければあれだけの挑発ができるとも思えない。
つまり充分に勝てると思える根拠があってこそ、あれだけ煽ったのだろう。
それは笑顔で私の茶化しに応える様子からも取って伺えるものだった。
「しかし街の人達がこうも噂するとはねぇ。こりゃ逃げ出せなくなったのは相手の方かもね……」
あの男との試合を組む為に闘技場に訪れた私達であったが、その闘技場のロビーの所々で話題に挙がっているのはルーキーに煽られ、激昂するチャンピオンという図式の話ばかりだった。
耳に届くのはそんなポっと出のルーキーにチャンピオンが負けるハズが無いと絶対的な信頼を言葉にしてはいるが、その信頼はこの街の住人と同じハリボテなんだってのを思い知らせてやる。
「お兄ちゃん、勝てるよね?」
そんな街の人々の言葉がミラちゃんの耳にも届き、不安そうにツヨシ君に聞く。
「凄く強い師匠の弟子である僕が負けると思う?」
「思わない!」
聞き返したツヨシ君に対してミラちゃんは間髪入れずに答えを返す。
「最強や無敵なんてモノは慢心すればスグにでも誰かに奪われてしまう。でも、そうありたいと努力を続けていれば最強や無敵ってヤツは自身の中で揺らがない信念に昇華する。僕はそう思っているよ」
まるで自分に言い聞かせるようにツヨシ君はミラちゃんの頭を撫でながらそんな事を言う。
相変わらず
その様子に尊さを感じつつ、この様な時間があとどれくらい許されているのか、昨晩彼と話をした事が頭をよぎる。
世界からの除外、それに被検体と呼ばれる存在。
私の知っている現実世界なら、この世界からの除外、もしくは退場とは単純にこの世界との接続が終了して現実世界に戻る事を指す訳だが、人としての最低限の尊厳であるはずの名前まで失っている被検体と呼ばれる存在だと、それは本当に現実世界への帰還を指すものだと言えるのだろうか?
得体の知れない権力者に自身の命が握られているのかと思うと、この作られた世界は実験体を逃さない為に用意された箱庭なのでは無いかと、言い知れない恐怖に包まれる。
この恐怖をツヨシ君に伝え、その根源から逃れる方法を一緒に模索するべきでは無いのか?
何にしてもツヨシとはもう少し外の世界の存在について話をしなければならない。
でないと私自身が見えない恐怖に追い詰められ、そして自滅してしまうのでは無いか……まるで見えない敵に追われているようなそんな感覚に陥っていた。
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