12 二人の弟子

「こりゃ確かに拍子抜けだわ……」

 闘技場に設置されたリングの端に陣取ったまま弓を降ろしながら漏らす。

 ってか、盾で対戦相手の事を弾き飛ばしただけで場外判定による勝利って、リングの広さ設計を間違えたか、ルール自体が悪いんじゃないですかね? と本気で疑ってしまう。

 これで良いのか運営……

 まぁ、リングの端からでも弾き飛ばしただけで場外判定で勝てるのが分かったなら、あとはそれを利用して勝ちまくれば良いや。

 私は真面目に戦いをする気なんて無いからね。

 楽を出来るならとことんまで楽して、最大限の報酬を貰う事にするよ。


「師匠、凄かったですね。普通盾で弾き飛ばすにしたって、あの半分だって行かないですよ」

 え? 弾き飛ばす際にいつもより踏み込みを深くしただけだったんだが?

 そんな小さな違いで効果が倍以上違うって、このエデンに似た世界って色々バランスがヤバくない?

 ってか運営はちゃんと息してるのかな?

 そんな心配をしてしまう。


「しかしNPCばかりとは言え、以前にツヨシ君が言ってた様に攻撃があまりにも単純で張り合いも何もあったもんじゃないね」

「僕はもう壁の外にいる敵と何ら変わらないと思うようにしました。それとここに通うようになってから師匠が無表情のまま戦闘仕掛けて来るのが恐いって言ってた意味が分かりましたよ……確かに何とも言えない恐さがあります」

「……でしょ」

 苦笑をしながら、あの遺跡で出会った野盗の事を思い出す。

 ここで戦っている連中も、あの遺跡に巣食っていた野盗も敵対するモブとして見るならどちらも同じ存在だ。

 そして無表情のまま戦闘を行うという意味でも同じなのが何とも言えない気持ちにさせる。


「それで師匠、ここで試合をする相手と遺跡に居た野盗とどっちが強いです?」

 ツヨシ君はそんな疑問を投げ掛けて来る。


「私が相手してたのと比べるなら、遺跡に居た野盗の方が攻撃は多彩だったねぇ。とは言えアタイ自身の傭兵ランクが見習いだからねぇ。ツヨシ君が相手している駆け出しランクのヤツらと戦ってみないと何とも言えないってのが正直な所かな」

 闘技場の追加報酬で開放石と呼ばれる名称そのままな熟練スキルの上限解放が可能アイテムを入手する為に私もツヨシ君にならって闘技場の戦士登録をした。

 その際にこの街の傭兵ギルドへも登録したが、エデンというゲームにおいて、その街毎にギルドランクが個別に設けられている。

 離れた土地でその情報を共有できないという理由なのだが、そこらはゲームなんだしデジタルで作られた世界なんだから、変なところでリアルさを求めるよりも利便性を優先させろと強く感じる。


「強さ自体は見習いランクでも然程違いなく感じますよ。使う武器の技をたまに使って来る感じで手数は増えたりしますけど、この盾を取る時と比べたらヌルいくらいですね」

 そう課題クエストで得た壊れる事の無い盾を叩きながら言うツヨシ君。


「確かにあの時と比べたら格段に盾の扱い方も戦い方も段違いに良くなっているよね」

 あの時の課題クエストの様子を思い出し、笑いながらそう返すとツヨシ君は気不味そうに頭をかく。


「お兄ちゃんミラと同じで強く無かったの?」

 私の試合の様子をリングサイドで見守っていたミラちゃんが近付いて来てそう尋ねる。

 手にはしっかりと私の作ったハンバーガーが握られており、それを食しながら私の試合を見ていたようだ。

 そしてその姿を映すかの様に同じ様に立ち上がった状態でハンバーガーを抱える白ネズミアスプロス

 ミラちゃんは癒やし枠の存在だと思ってたけど、白ネズミアスプロスと一緒だと、どうやらイロモノ枠の存在なのではないかと疑ってしまう。

 ……可愛い、確かに可愛いんだけど。


「そうだね、僕だってはじめから強かった訳じゃないよ。師匠と会う前なんてもしかしたらミラちゃんよりも酷かったかもしれないくらい弱かったのかもしれない」

 柔らかな笑みを浮かべてツヨシ君は彼女の頭を撫でる。

 以前はプレイヤーであっても表情はそれほど変化が見られなかった。

 それがNPCの反応が柔軟になってからというもの、ツヨシ君の表情も随分と分かり易くなったという印象を受ける。

 やはり以前に強い眠気を感じ、あの意識を失った後からこの世界は何かしら大きな変化があったのだろう。

 NPCの行動やその柔軟な対応が一番大きな変化なのだろうが、それがどこまで凄いものなのか、そういう事に関して素人同然の私が分かる訳も無い。


「そのうちツヨシ君とは違うだろうけど、ミラちゃんだけの強さを身に着ける事ができるだろうよ」

 半ばじゃれ合っているような感じの二人に対して私はそう声を掛けるのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「快進撃をしているヤツが居ると聞いて来てみたが、やはりお前か」

 駆け出しランクの試合会場にふてぶてしい態度と物言いで入って来る男。

 その声にミラちゃんが反応し、その顔を確認すると白ネズミアスプロスを強く抱え、私の後ろにその身を隠すように移動する。


「アナタでしたか、何か僕に用ですか?」

 ミラちゃんの怯えた態度とは対象的にツヨシ君は面白くないといった様子でぶっきらぼうな対応をする。


「そんな素っ気ない態度とは冷たいじゃないか。わざわざ兄弟子である俺が様子を見に来てやっというのにさ」

 は? 兄弟子だって?


「誰が私の弟子だって? 生憎今まで弟子を取った事なんてアタイは無い。彼に関しては慕ってくれている仲間であって、たまたまそう呼ばれているだけに過ぎない」

 ツヨシ君から師匠と呼ばれるのは悪く無いとは思っているが、それ以前に私の事を師匠だなんて仰いだヤツなんて居なかったし、それにこんな暑苦しくて不快な態度を取るヤツなんてお断りだよ。

 私は思わず目の前の男に対して口を挟んでしまう。


「……女将さん? 女将さんなのか」

 口を挟んだ私に対し、まるで何かを確認するように男は私が昔に呼ばれていた愛称を口にする。


「アタイの事をそう呼ぶのは無名食堂に面子だけだ。喋り方や見た目も違うこの世界じゃ誰だか分からない、アンタは何者だい?」

 以前の知り合いなのは確実なようだ。

 だが私の記憶の中にある人達はこんな嫌な態度を表に出してた奴なんて居なかった。

 私の見えない所でと云う可能性はあるが、そんなものは本人が知らなければ、それは無かったのと同様だ。


「あぁ、悪いな。あまりの事に驚いたのもあって……エデンの頃は女将さんに憧れて一徹いってつを名乗っていた者だ」

 その名前はありもしない最強を目指し、勝手に挫折して生産職キャラを使うようになった人のキャラ名だった。


「思い出したよ、生産組に良いようにあしらわれていた雑兵かい。それでこっちの世界に来て目指していた最強にはなれたのかい?」

 普段の私なら昔に少なからず時間を共有した者に対してこんな汚い言葉を向ける事は無い。

 だが、ミラちゃんに行った事に対して私は思っていた以上に怒りというものを抱いていたようだった。


「相変わらず女将さんは手厳しいな、だが変わって無いようで何よりだ。そこの自称女将さんの弟子に闘技場で待っていると伝言を頼んだハズだが、女将さんには伝わって無かったか?」

「聞いているさ、その上で用も無かったから来なかっただけだ。今闘技場に居るのはアタイ達が求めるものがココにあるからに過ぎない。アンタに会いに来た訳じゃない」

 私がエデンに居た頃は誰でも気持ちの良い場所を提供するという思いで集まっていたが、同時に好き勝手やっていたのも事実だ。

 それに賛同出来る者なら、楽しかったりする場所なのは間違いないのだろうが、そうじゃなければ……?

 このエデンに似た不自由しか無い世界に来てから、自分はそうも考えるようになった。


「一徹……今はネモイェだったかい? あの頃と同じ思いがあるならその名前にも私の名と同じように何かしらの意味が込められているのだろうよ。だけどね、そんな想いなんて今の私には関係ない。私は自身を取り戻し、この無意味な冒険を終わらせたいだけさ」

 未だに私は自身の記憶を思い出す事が出来ない。

 断片的な単語程度が頭の片隅に流れて来るような感覚がある事もあるが、それだけだった。


「昔の掠れた感じの艶っぽさを感じる声も良かったが、今の爽やかさすら感じる清楚な声も良いな。どちらも女将さんのイメージにピッタリだ。まぁ、そんな事はどうでも良い、女将さんの質問に答えようじゃないか」

 ある意味気持ち悪い笑みを浮かべ、男は私の言葉など無視した感じで自身の言葉だけを紡ぐ。


「求めていた最強はこの世界にあったぜ、今じゃ最強のおかげで地位も金も手に入った。それと俺自身は女将さんの弟子なのは間違いない。何故なら色々と教えてもらったのは事実だからな。女将さんがどう感じているかじゃない、俺がどう思っているか、だ」

 目の前の男は自身で発した言葉に酔うように愉悦の表情を浮かべながら語る。

 その態度が、言葉が、行動が、その全てが正直気持ち悪い。


「ならアナタの言う最強は僕が今日これから打ち砕きます!」

 そう叫ぶように宣言したのはツヨシ君だった。


「ッハ? 駆け出しランクで戦っているって事はお前の実力は最初の熟練スキル上限解放すらまだまともの行ってない状態だろ。その状態で最強の俺を打ち砕くだと? お笑い芸人になるにしてもセンスが無さ過ぎだぜ」

 男はツヨシ君を小馬鹿にした感じで煽る。


「分かって無いのはネモイェさん、アナタの方ですよ。最強を自称をするのにそんな事も分からないんですか。アナタが最強なら、僕は無敵ですよ」

 ツヨシ君は男のつまらない煽りをものともせず、勢いをそのままに煽り返した。

 そんなツヨシ君の言葉に最強を名乗る男は表情を歪める。


「くだらねぇ、言葉だけなら何とでも言える。ソレを証明するのは難しいぞ」

「何も難しい事なんて無いですよ、僕がアナタに試合を申し込めば良いだけなんですから」

 ツヨシ君は当たり前のような様子でそんな事を言った。


「格下相手からの試合申し込みが怖いなら逃げ出したって良いんですよ? 僕は何度だって試合の申込みをするだけで良いんですから」

 薄く笑みを浮かべた状態でツヨシ君は最強を語る男を煽り続ける。


「はん? 格下からの試合なんた馬鹿らしくて受けられねぇ。第一、俺にそれを受けるメリットが無ぇ」

 男の方も余裕の態度を崩す事無く、ツヨシ君の申し出をそれらしい言葉で回避しようとする。


「メリット? もちろんありますよ。僕に試合で・・・勝てたならアナタが求めている料理を師匠が無料で作ってくれますよ。ね、これはちゃんとしたメリットでしょ?」

 ツヨシ君は笑顔を崩さないままそんな事を言う。

 あれ? ツヨシ君って課金とか許されていない年齢の子供のはずだよね?

 そんな子供であるはずのツヨシ君が言うには何とも違和感のある事を言い出す。


「でもこれじゃ師匠だけに負担をかけてしまいますから、僕は手持ちの全財産を試合の賞金として出す事にしましょう。最強を名乗るチャンピオンにとっては端金でしょうが、それでも無いよりは良いでしょう?」

 ツヨシ君の言っている事は目の前にとって確かに大きなメリットであるのは確かだろう。

 だけどそれ以上にツヨシ君が言っている内容が彼自身の言葉では無いように感じてしまい、それが何だかモヤモヤする。


「面白いじゃないか、最強を名乗る男と無敵を自称する弟子の試合を私も見てみたいよ」

 その違和感の正体は落ち着いてから聞く事にして、私はツヨシ君の言葉に乗る事にした。


「ッチ、お前の方こそ逃げ出すんじゃねぇぞ!」

 そう言って男はバツが悪そうにその場を立ち去るのだった。

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