09 闘技場にて

◆ツヨシ視点◆


 今日は師匠やミラちゃんとは別行動だ。

 昨晩師匠は闘技場で熟練スキル上げは向いていないと説明してくれたが、強くなるってのは熟練スキルだけだとは思っていない。

 それは師匠を見てて思うのだが、師匠は様々な熟練スキルを幅広く取っている為、戦闘に割いている熟練スキルは僕とは違って一部はわざと低いままにしているものもあるって聞いた事がある。

 それなのに師匠は僕よりも戦闘は簡単にこなしている事が多いように見える。

 それは熟練スキルに頼ったものでは無くて、師匠自身が経験によって得た体捌きだったり技の連携だったりといった熟練スキルとは直接関係のない部分だと僕は感じていた。

 そういった部分を実際に試しながら色々試行錯誤できるという意味では何度倒れてもその場で復活できる闘技場という存在は僕にとっては有り難い施設だ。


「すみません、聞きたいんですけど、闘技場を使うにはどうしたら良いんですか?」

 僕は適当な入り口から闘技場に入り、その中にあった受け付けらしき窓口で案内らしき事をしていた人に聞く。


「ここは闘技場のの戦いを見るチケットを販売している場所だよ。次の試合のチケットは完売しているから、買うなら更に次の試合以降のものからだね」

 人懐こい感じの女性がそんなふうに案内してくれる。


「僕は観戦でなくて試合がしたくて来たんです。それの受付はどこに行けば良いですか?」

 窓口の女性に僕はそう告げててその答えを待つ。


「それでしたら、北か南の出入り口で受け付けを行ってください。場所は壁沿いに歩いて行けば分かりますよ」

「ありがとうございます」

 そう受付嬢は教えてくれたので、僕はお礼を言ってその場を後にする。

 壁沿いに歩いて行けばとは随分と大雑把な説明だけど、そんな説明でも分かるくらいに分かり易いのだろう。


 街の中央に配された闘技場はこの街の最大の施設のようで、道路から施設に入り易い雰囲気作りがされている。

 それ以外は壁で覆われ、所定の場所以外からは内部に入らせないという明確な意思がその建築様式から伝わって来る。

 確かにこれならば壁沿いに歩いていけば、次にある出入り口が試合参加者用のものであるというのも納得できた。


 案内された通りに壁沿いにしばらく歩いていると先程の入り易くも豪華な作りだったのと比べるの馬鹿らしくなるくらい簡易的な作りの出入り口が見えて来た。

 ドアなどは無く開放的な作りにはなっているけど、先程の観戦客用出入り口に比べる広い廊下と言った感じで、その通路の脇に入ってきた者を確認する為の窓口が確認できる程度もものだった。


「試合をしたくてこっちの入り口を案内されたんですけど、ここであってます?」

 そんな入り口のあまりの雰囲気の違いに通路に備え付けられた窓口に向かって聞いてしまった。

 その窓口の奥は簡易的な部屋になっていたようで、奥では気の良さそうなオジサンがのんびりとお茶を楽しんでいた。


「あぁ、ごめんね。この時間帯は試合を望む人は来ないから、気を抜いていたよ」

 そう言って、お茶の椀を持ったまだままそのオジサンは窓口の所まで来る。


「はじめて見る顔だけど、説明は必要回かい?」

 オジサンは椀をゆっくりと口に運びながら穏やかな口調で聞いて来る。


「お願いします」

「それじゃ、まずは……」

 受け付け窓口のオジサンはゆっくりと楽しそうに僕に闘技場のあれこれを教えてくれた。

 試合を求める人は朝八時からその受付をして貰え、その一時間後に対戦相手の組み合わせが観客に知らされる。

 その更に一時間後である十時から実際の試合が開始され、後は三十分毎に試合が行われると説明された。

 昼には一時間の休憩を挟み、夜十時が最終の試合になる。

 これが試合参加者が集う限り毎日のように休み無く開催されていると説明さらた。


 つまり試合参加者は約二時間毎に無理無く試合をする事が出来て、一日に最大で五から六試合を行えるという事になる。

 また、試合に参加すればその勝敗に関係なく賞金が出るとの事だった。

 負けても賞金が出るので、そのお金目的で勝ち目が無くても試合に出る人も多いとの事だった。

 ただ無制限に参加を認めてしまうと、試合としての面白味が薄れてしまう為に闘技場の試合に参加できるのは最低でも傭兵ギルドに所属している必要があるとの事だ。

 そして傭兵ギルドのランクが同じ者同士で試合は組まれるとの事だった。


「ならこの後一番早い時間帯の試合に参加を申し込みます」

 そうやって窓口のオジサンに伝えたのだけど……


「坊や、お前さんのランクと名前は?」

 そう聞き返されてしまった。


「駆け出しランクのツヨシっていいます。何か問題ありますか?」

 僕は訳が分からず更にオジサンに聞いてみる。

 だけどオジサンは無言のまま疑うような様子で僕を確認した後、窓口から見える部屋のよう場所で整理されて仕舞われているいくつかの本のような物のページを手早く確認していく。


「駆け出しランクにツヨシなんてヤツは居ないぞ。もしかして坊や、他の街での傭兵ギルドのランクを言ってないか?」

「そうですけど、ギルドってどの街でも共通じゃないんですか?」

 訳が分からずそんな事を聞いてしまう。


「別の街で登録した情報をどうやって共有するっていうんだい? 隣街でさえ移動だけで数日掛かるのにその情報を共有するなんて不可能に近いよ」

 そうオジサンは説明してくれた。

 師匠はこの世界はゲームだと言っていたが、同時に変な部分でリアルで、そのリアルさは理不尽さの方向で再現されるのがエデンという世界なんだと言っていた事があったけ……

 技術の使い所を全力で逆走するとかって言ってたけど、そうか師匠が言っていたのはこういう事か。


「言われてみれば確かにそうですね。じゃぁ改めてこの街の傭兵ギルドに登録は可能でしょうか?」

「聞き分けの良いヤツは嫌いじゃない、この闘技場は傭兵ギルドとしても機能しているから、ここで登録は可能だよ」

 そう言って、オジサンは僕に登録する為の用紙を差し出して来た。


「アンビティオ傭兵ギルドにようこそ、強き者こそ傭兵の真髄。強き事に邁進まいしんせよ」

 用紙に名前を書くと、オジサンはそれをファイルに閉じながら僕に歓迎の言葉を投げかける。


「ここは傭兵ギルドの仕事クエスト受注ができる。試合の申し込みもここで、だ。お前さんは何を求めている?」

 書き込んだ用紙をを閉じ終わったオジサンは窓口に戻って来ながら、この窓口で行える事を言葉にする。


「なら試合の申込みを」

 多分これから繰り返し聞く事になる台詞に対して僕は闘技場での試合申し込みを行った。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「見習いランクとは言え、これは酷すぎる……」

 午後一番の試合を行うためリングに上がった僕だったが、その相手はあまりにも弱すぎた。

 試合は実践形式であり、武器などを使う事も許可されている。

 僕の戦闘スタイルは格闘術の為、武器を持たずに試合に挑んだが、その相手の動きがあまりにもお粗末過ぎた。

 試合開始の合図と当時に僕に走り寄り、そして手に持った武器を等間隔に振り続けるだけで、これで試合として本当に成立するのか? と僕は本気で思ってしまったくらいだった。

 もちろん最初の二、三回の攻撃はタイミングが分からずその身体で受けてしまう事になったけど、攻撃自体も腕の力だけで振っている様な軽いものでしか無く、拍子抜けするしか無い。

 あまりにも単調な攻撃を盾でいなしながら、僕は相手に対して確実にその拳を叩き込んで行く。

 三十発も拳を叩き込んだ頃にはリングの中央で試合の相手は崩れ落ちたまま動かなくなってしまったのだった。


「お疲れ様でした、これが試合の賞金です」

 リングを降りると、それを待っていたかのように話し掛けて来る人族の女性。

 有無を言わさず数枚のコインを押し付けてくると僕の反応などお構いなしに別の場所に移動をはじめる。

 彼女は多分試合を終えた人に賞金を渡す役割を与えられたNPCなのだろう。

 手渡されたコインを確認すると、それは五百クレジットあり、これが試合に買った時の報酬なのだろう。

 受け付けから二時間の報酬で五百クレジットは良いのか悪いのか。

 悪くは無いのだろうけど特別飛び抜けて良い訳でも無いのだろうな……

 食料を購入する為だけなら確かに闘技場で戦闘をしているだけでお金を稼ぐ事は可能だから、食事に困る事は無いだろう。

 食堂で料理を注文したとしても高くても二百クレジット程度だ。

 一日に数回試合をするだけで確実にお金は貯められるし、そうすれば装備も充実させられる。

 ある程度熟練スキルを伸ばした後なら闘技場の試合仕事クエストは楽な部類なのかもしれない。


 その後も時間の許す限り試合仕事クエストを数回受けたが、最初の試合と同じようにどの試合も出場する人達の戦い方はどれも単調で酷いものばかりだった。

 師匠は闘技場に出場するような人はある程度熟練スキルを上げ終わった人達が集う為、熟練スキル上げには向かないと言っていたけど、僕が経験した感じだと仕事クエストを受けながら熟練スキル上げもできるんじゃないかと思ってしまう。

 きっと師匠が知っている闘技場と、この世界のものとは大きな違いがあるように思えた。

 どれくらいの試合を行えば駆け出しランク昇格の話が出るのかは分からないけど、それまで色々と技を試してみようと思いながら、その日の最終の試合の報酬を受け取って師匠とミラちゃんの待っているだろう宿に戻る事にした。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「確かにアタイが知っている闘技場とは違うものだね。昨日話をしたのはプレイヤーが参加するのが当たり前のエデンでの話であって、プレイヤーが極端に少ないこっちの世界がそれと同じでは無いのを考えて無かったよ」

 師匠は気不味そうな表情を浮かべて、そんな言い訳にもとれる事を言う。


「でもそんな感じなんで、明日からは色々と戦い方を試せると思うんですよ」

「確かにこっちの世界ではエデンのそれとは多少違う事が出来るから、その違いを活かせればより強くなれるのは間違いないだろうね」

 師匠が違う・・と言ったのは戦闘で使用する技に関してだ。

 それに気付いたのは体捌きと一緒に技を使った場合、本来の技の効果とは違った結果が出る事があるというものだった。

 盾の技である[バッシュ]は本来であれば攻撃を受け流すのと同時にそれを受けた相手は少しだけ次の攻撃のタイミングが遅くなるというものらしい。

 だけど勢いをつけた状態で[バッシュ]を使った場合、相手の攻撃を弾き飛ばしてノックバックと呼ばれる後ろ方向に数歩の距離を空ける盾熟練四十以上で使える[衝撃盾]と同等の効果を与える事ができてしまったのだ。

 これは他の盾の技も同様で、本来は相手に盾を撃ち付けて攻撃手段として利用する[盾攻撃]も打ち付ける方向を調整する事で[バッシュ]の追加効果である攻撃タイミングを遅らせる事ができるなど、本来の効果とは違うものを追加する事ができてしまった。

 技を使わないと、それに伴う身体の動きはしてくれないけど、体捌きだけなら技の使用とは全く関係ないので、それと合わせる事で本来の技の効果とは違ったものが付加されるんじゃないかと師匠は推測した。

 そんな発見があってからというもの、僕と師匠は持っている技をより効率良く使えるようになる為に色々と試してはいるのだが、その成果はあまり良いとは言えない状態だった。


「お兄ちゃん、明日もミラと一緒じゃないの?」

 まるでぬいぐるみを抱くかのように白ネズミアスプロスを両手で抱え、寂しそうに聞いて来るミラちゃん。

 抱えられている白ネズミアスプロスだが、その状態に慣れてしまったのか、それとも諦めたのか、全身の力が抜けたようにされるがまま彼女の腕の中に収まっていた。


「ミラちゃんだってアスプロスを強くする為に頑張っているでしょ。僕もそれと一緒で、強くなる為に別の場所で頑張っているんだよ」

「居なくなったりしない?」

「大丈夫だよ、それに師匠が一緒に居てくれるだろ?」

「うん……」

 師匠が一人で宇宙船と思われる遺跡に行っている間、僕とミラちゃんは彼女の両親について聞いてまわったが、この街にそれらしい人物は居なかった。

 その事でミラちゃんの不安が大きくなってしまったかは分からないが、僕や師匠が居なくなってしまわないかとやたら聞くようになった。

 その度に居なくなったりはしないと言ってるけど、幼いミラちゃんはどこまで分かってくれているのだろう。


「アタイも居なくなったりしないよ。ツヨシ君が戻って来るのが遅かったから仕方がなかったのはあるけど、普段ならもうベッドの中に居る時間だろ。今日はアタイが一緒に居てあげるから、もう寝ようね」

 そう師匠は言ってミラちゃんを師匠は自分の部屋に連れて行ってしまった。


 僕自身が強くなる事、ミラちゃんの両親探し、師匠との関係。

 僕はこの世界で何をしたいんだろう?

 一人部屋に残された僕は答えの出そうも無い考えの中に沈んみながら、眠気の来ない夜を過ごすのだった。

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