08 街に来た目的と幼女の幸運

「アスプロス、やるよ!」

 長く細い尻尾をゆっくりと左右に動かし、自身のバランスを取りながら自らを鍛える為にミラちゃんの指示を待つ|白ネズミ。

 アスプロス純白と名付けられた変異種のネズミはミラちゃんを守る騎士として、先日から彼女と共に行動している。

 とは言え、彼女の可愛がる白ネズミが本当の意味で彼女の騎士として戦力になるのは、ずっと先の話である。


「ミラちゃんの事頼めるかい?」

 彼女の騎士候補の鍛錬をツヨシ君と二人で愛でていても良いとは思うが、いくらあっても困らない優秀な食材を見付けてしまった。


「構いませんけど、どうしたんです?」

「あれを採れるだけ採っておきたいんだよ」

 そう視線を向けた先には長卵形の赤い実を着けた茂みがある。


「あれは……トマトです? なんだか僕の知っているのと違うんですが……」

「エデン採れる野菜は原生種しか無いって事になってるからねぇ。そんなんだからアタイ達が知っているものと見た目を変えてるんだろうよ」

 そう推測混じりの見解と述べる。


「師匠が集めておきたいって事はいずれは美味しい料理になるって事ですよね? 分かりました、ミラちゃんの護衛は任せてください」

 ツヨシ君はそう言って白ネズミを鍛えているミラちゃんの護衛を引き受ける。


「そのまま食べても結構なものだよ。まぁ、集められるだけ集めるさ」

 そう言って群生するトマトの茂みに向かう。

 茂みに生っているトマトは小ぶりだが、艶を湛えていて悪くない。

 状態の良い実を確認し、さて収穫しまくろうと気持ちを引き締めた時、既視感を覚え、その感覚に気持ち悪さを受ける。

 ここに来るのは初めてのハズなのに、自分はここで倒れ、その後何か重大な出来事が……

 言語化するのは足りないモノが多く、かといってその感覚を放置していけないと自身の奥で警告を出しているような、何とももどかしい感覚。



 自身の奥から湧き上がる警鐘に従い、私はトマトの茂みに弓を引く。

 すると放たれた矢に当たる事は無かったが、驚いたように小型のネズミが飛び出して来る。

 飛び出して来たネズミはミラちゃんが愛でているアスプロス純白よりもはるかに小さい。

 だが街周辺に配置されている他の動物型モブと違い、そのネズミは身体小さい利点を活かし果敢に私の急所を狙って飛び掛かって来た。


「っち」

 いくら小さいからといっても奇襲さえ受けなければ・・・・・・・・・・驚異になならない。

 私は左手に盾を出し、飛び掛かって来た小型のネズミをその盾ではたき落とし、首筋に噛み付こう・・・・・・・・としたそれを阻止する。

 奇襲に失敗したネズミは勝ち目は無くなったと、トマトの茂みに逃げ込み、そのまま姿を晦ました。

 驚異が去ったのを確認し、次の攻撃の為に構えた弓お下ろしてゆっくりと息を吐く。

 ここでネズミに襲われたのは二度目・・・という確信はあるのに、はじめて訪れいるいう矛盾。

 そんな納得のできない状況にモヤモヤしたまま私はトマトを集める事になったのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 エデンでのペットという存在はプレイヤーと共に行動する相棒であり、成長すれば頼れる護衛にもなる。

 ただし成長すればであり、その成長させる為には多大な労力を支払わなければならない。

 その支払う労力のひとつに与える餌の問題があるのだが、エデンではネタ的な存在でありながらも定番なペット餌がある。

 それは身体しんたい魔法を使用する際に必要となるボディパウダーと呼ばれる触媒と飲料水を【製法】で生成すると何故か出来上がる物は[プロテインドリンク]となる。

 なので身体魔法で使用する触媒はプロテイン粉なんじゃないかとエデンでは言われていた。

 そんなプロテインドリンクをアスプロス白ネズミは細い尻尾でバランスを取った状態で立ち上がり、その小さな両前足で抱え込み、そのボトルを煽っていた。


「お姉ちゃん、白ちゃんのご飯、ミラにも作れる?」

 器用にプロテインドリンクを飲むアスプロス白ネズミを見ながら尋ねてくる。

 自身でつけた名前なのに、面倒になって愛称で呼ぶようになったらしい。


「作るのは簡単だよ、材料もミラちゃんが使うもので常に持ってるだし、作り方を覚えておいても良いかもね」

 日が暮れるまでひたすらアンビティオ周辺でアスプロス白ネズミは戦闘を繰り返していた。

 私はその間、トマトを集められるだけ集め、しばらくはそれを材料とする料理を作る事になっても困る事は無いだけの量を確保した。

 そんな一日を過ごし、宿に戻って確保した部屋の中で食事をしていた。


「ありがと~、明日も楽しみだなぁ」

 私の返答を聞いたミラちゃんは最近のお気に入りであるハンバーガーを頬張りながら満面の笑みを湛える。


「でも師匠、遺跡は良いんですか? 何だか以前は焦りすら感じたんですが、今日の師匠はそういう雰囲気がまるで無くなって、穏やかだったというか……」

 ツヨシ君は私を伺うような感じで聞いて来る。


「確かに以前は早く何とかしなきゃって気持ちが強かったのは確かだったよ。でもね、不思議とそんな急がなくても良いって確信とも言える気持ちで満たされているんだよ。言葉にする事は出来ないけど、何でだろうね」

 昨日までの私はツヨシ君が言うように現実に存在しているであろう自身の身体の事もあり、色々と結果を急ごうと思っていたのは事実だった。

 だがそんな言語化できなかった不安はすっかりと消え失せ、今は時間に追われる事無くのんびりとこの世界を楽しんでも良いとさえ思っている。

 なぜその様な心境の変化が起こったのは自分自身でも分からない。

 だがそう焦らなくても良いと確信めいて思えているのもまた事実だったりするのだ。


「ミラちゃんのアスプロス白ネズミが騎士様に昇格するのにはまだしばらく掛かりそうだけど、ツヨシ君はその間どうする?」

 ミラちゃんも一緒に遺跡に行くとなると必然的にアスプロス白ネズミも行動を共にする事になる。

 今のアスプロス白ネズミでは、あの場所に居た野盗共に殺される事になり、そうなってしまったらミラちゃんはきっと悲しむ事になる。

 そうならない為にも充分な時間を割いてミラちゃんが悲しまない未来を用意してからあの遺跡に向かうべきだ。


「そうですね……僕は闘技場に行ってみようと思います」

 ツヨシ君は何かを決意した感じで、そう言ってきた。


「闘技場と言えば子供の飯を取り上げるような馬鹿が居るところだっけ。アレに会いにでも行くのかい?」

 私は話にしか聞いていないが、ツヨシ君は思うところもあるのだろう。

 その真意が分からず聞いてみる。


「あぁ……あの人については会えればつでにって感じですね。それよりも師匠、この街に来た目的を忘れてませんか?」

 はて? この街に来たのは自身の弓に関する熟練スキルを上げるのを目的に来た訳だが、それと闘技場の何が関係あるのだろう?


「戦闘関連の熟練スキル上げの為にこの街に来たけど、闘技場は関係ないよね?」

「え? 関係無いんですか?」

 あぁ、認識に齟齬があるのか……

 アンビティオは傭兵の集う街と呼ばれ、街の中心に闘技場もあれば勘違いしても仕方がないよな。

 これはちゃんと説明して誤解を説いておかないといけない。


「多分ツヨシ君はスキル上げの為に闘技場を利用して、それらを上げようと私が思ってこの街に来たと思ったんじゃないかな?」

「そうです、そう思ってました」

「そういう方法でも可能だけど、それは対人戦の意味合いが強くて熟練スキル上げには向いてないんだよ」

「……それは何故です?」

「闘技場ってのは熟練スキルがある程度出来上がった者達が集まる場所だから、そう云う人達と戦ってもその能力の差が大き過ぎて熟練スキル上げとしては効率が良くないんだよ」

「師匠は以前に言ってましたよね? この世界は自分よりも能力の高いものを相手する方が熟練スキルは上がり易いって……なのに闘技場は効率が悪いってどういう事なんです?」

「それはツヨシ君がその拳を一振りし、相手に当てたとしよう。その場合、能力差が大きいから【格闘】に関連する熟練スキルはそれぞれ上がるけど、その一回だけだ。相手も攻撃してくるし、その相手の一撃で倒されてしまうから、次の熟練スキルが上がる機会は無い。ね、効率悪いでしょ」

 そこまで説明すると私が闘技場目的で無い事にようやく納得した様子のツヨシ君。


「そんな強者が集まる街って事は、この街の周辺には修行に適した場所があると私は予想した訳さ。エデンの時も似たような特徴を持った街が存在したから、その狩場目的って訳さ」

「でも師匠、それは僕が目的について聞いたからの言い訳ですよね? その狩場探ししないで、遺跡に夢中な様子だったじゃないですか」

 最近のツヨシ君はツッコミが厳しく無いですかね?

 確かに彼の言う通り、道中で見掛けた遺跡が気になり過ぎて、そっちばかりだったのは否定できない。

 でも急ぐ度じゃないんだから、寄り道がメインになったって良いと私は思うのですよ。

 ……良いよね?


「とにかく、私は闘技場が目的でこの街に来た訳じゃないってのは分かってもらえたかい?」

 この街に来た目的を明かす事で彼のツッコミを私は誤魔化すのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「それじゃこれが【製法】の技書だよ、巻物を解けば製法に関する事柄が出来るようになるからね」

 この街に来た目的をツヨシ君と共有した翌日、私はミラちゃんを連れてギルド食堂の厨房に来ていた。

 ツヨシ君は昨晩の宣言通り、闘技場に向かったのだった。


「これで白ちゃんのご飯作れる!」

 ワクワクした様子で技書を開くミラちゃん。

 すると技書は光の粒子となり、その形を無くし空間に溶け組む。


「そうしたら、これは私からのプレゼント、【製法】使う計量カップね。この中に材料を入れて、この撹拌機の中に入れれば後は機械がやってくれるよ。早速試してみようか?」

 ミラちゃんに軽量カップと飲料水のボトルを渡す。

 彼女は自分の荷物枠から身体魔法の触媒であるボディパウダーを一掴み取り出し、それを計量カップの中に入れ、飲料水を加える。


「このカップをこれに入れればいいの?」

 撹拌機だと説明した機械の前でミラちゃんは尋ねる。


「そうね、台の上に置かれているから今回は私が支えてあげようかね」

 計量カップに入れた材料が材料投入口に届くようにミラちゃんを抱きかかえる。


「わ~い、お姉ちゃんありがと」

 抱きかかえられたミラちゃんは少しはしゃぎながら、材料を投入する。


「そうしたら、機械の真ん中にレバーがあるでしょ? それを引いたら入れた材料の混ぜ合わせがはじまるよ」

 製法で使われる撹拌機の見た目はソフトクリームが出て来る、あの機械にそっくりな見た目をしている。

 その機械の真ん中にあるレバーを下げる事によって、生産の成否を決めるルーレットが回りはじめるのだが、その説明を今はしない。


「お姉ちゃん、なんかグルグル回ってるのが出た」

 材料を入れ終わり、レバーを下げたミラちゃんは目の前で回っているであろうルーレットの報告をする。


「そのグルグル回っている中に黄色いのがあるの分かるかな? グルグル回っているのに触れて、その黄色いのがある所に止まれば作った物は成功だよ。それ以外の場所で止まった時は入れた材料が無くなってしまって、最初からやり直しね」

 はじめて熟練スキルルーレットはみっつのドラムの二十箇所ある絵柄のうち当たり絵柄は一箇所しか無い。

 まぁ、熟練スキル上げのはじめの数回は失敗するだろう。


「お姉ちゃん、これで良いの?」

 撹拌機にミラちゃんは軽く触れると、そのレバーの下に設けられた空間に透明な瓶に入った飲み物が現れた。

 失敗すると思っていたのに一箇所しか無い絵柄を引き当て、ミラちゃんの初めての生産は成功したのだった。

 幼女の幸運、恐い。

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