07 イレギュラー

「アスプロス、お肉は美味しい?」

 ミラちゃんは先程まで一緒に戦っていた子犬程の大きさもある大型の白いネズミに最近では余り気味になっている焼いた蛇肉を与えながら笑顔で聞いていた。

 正直な感想を言ってしまえば『何でこうなった?』という気持ちである。




 アンビティオから一日半程移動した先にある宇宙船と思われる遺跡をツヨシ君と調査に向かう事をにしたのだが、NPCであるはずのミランダは街で留守番をする事を強く拒否した。

 NPCと行動を共にするデメリットを当事者であるミランダとツヨシ君に訴えたが、結論はミランダに危害が及ばない程強くなって守れば良いという何とも力押しな方法で押し切られてしまったのだ。


 そうやってアンビティオの街から出た。

 街の周辺にはイリュシオンのそれよりは若干強いものの、容易に倒す事が可能な小動物たちがそれなりに存在しており、熟練スキルが何も無い状態でこの街に来てしまったとしても、詰まる事が無い敵性モブの配置にがされている。

 私とツヨシ君はアンビティオ周辺で数多く配置された子犬程度の大きさのネズミに素手で殴り掛かり、私やツヨシ君に反撃をしているそれらにミラちゃんが攻撃をする事で熟練スキル上げをさせるという、養殖という方法でミランダが熟練スキルを獲得できるかを試してみた。

 その結果は行った行動に対して熟練スキルは生える事が確認できたが、それがプレイヤーの持つそれと同等なのかはまだ検証不足の為に何ともいえないものだった。

 ミランダの安全を担保しつつ、アンビティオ周辺で彼女が戦えるのかどうかを確認しながら慎重に戦闘を監督していると、ネズミの中に真っ白なユニーク個体がリポップした。


「あのネズミさん可愛い」

 ミラちゃんはその白いネズミに興味を示すと、その首元に駆け寄り抱き着く。

 突然抱き着かれた白いネズミはミラちゃんを振り解こうと暴れるが、ミラちゃん自身も地面に叩き付けられてはたまったもんでは無いと抱き着いた腕に力を込める。

 私もツヨシ君も、そんな彼女の状態で攻撃しても間違ってミランダに当たってしまったらと考えると、攻撃する事そのものを戸惑わせる。

 それが功を奏したのか、しばらくするとその白いネズミはミランダの抱き着きにより絞め落とされて・・・・・・・しまったのだ。


「ミラちゃん大丈夫?」

 絞め落としたネズミと彼女の様子に心配しながら駆け寄るツヨシ君。


「うん、ちょっと驚いたけど大丈夫」

 絞め落としたネズミから腕を解き、応える。


「それは動かないうちに倒しちゃおうね」

 そうやってツヨシ君は動かない白いネズミに対し、とどめを刺すようにミラちゃんを促すが、彼女はそれを拒んだ。


「この子、ミラのお友達にするの!」

 意識を刈り取られたままのネズミの首に優しく腕をまわし、抗議するミランダ。

 こういう感情に衝動的なのは子供だからというべきなのか、それともNPCとして本来の行動とは異なる為にプレイヤーの負担となる為の人為的なものなのか……

 それを判断する事など出来ないが、ミランダと云うを尊重するなら取るべきのは決まっている。


「その子とお友達になりたいなら、気が付いたらご飯をあげてみると良いよ」

 私はそうミランダに優しく話しかける。


「師匠、良いんですか?」

 面倒が増えるであろうと感じたツヨシ君はそう訪ねてくるが、私は無言のままで頷く。

 その私の反応を見て、ツヨシ君もやれやれといった感じの仕草を見せたが、それだけだった。


「でもねミラちゃん、ご飯をあげようとしてもネズミさんがそれを嫌がって攻撃してくるなら、その時はミラちゃんを守る為にそのネズミさんは諦めてもらうよ」

 未だ意識を回復しない白いネズミの横で、最悪の場合の事も言葉にしておく。

 エデンにおいて動物に分類される敵性モブは一定以上のダメージを与えた後、特定の技を使う事で従わせる事ができる。

 ミラちゃんには餌をあげても駄目ならと説明はしたが、それは動物を従わせる本来のやり方では無い為、それをしたとしても絶対にミラちゃんに従う事は無いのだ。

 私はミラちゃんをただ悲しませたく無いと云う自己満足の為だけに、それらしい理屈を付けだけに過ぎなかった。

 そんな少し後ろめたい気持ちを抱えながらもしばらくすると白いネズミは意識を取り戻し、自身を絞め落としたミラちゃんから逃げようとヨロヨロとその身体を動かす。


「待って!」

 そんなネズミに彼女は再度容赦無く首元に抱き着き、白いネズミは再度意識を刈り取られるのだった。


「……ご飯、あげるんだったよね?」

 そんな彼女の行動に対して私は少し呆れながらミラちゃんがやるべき事を確認するのだった。

 結局、ミラちゃんが白ネズミに対して餌を与えたのは、その後二度程ネズミの意識を刈り取った後だった。

 逃げ出そうとする度に意識を刈り取られ、逃げる事自体を諦めたのか、その白ネズミはミラちゃんに対してその大きな身体を寄せる事で親愛の意を示した。

 その行為でミラちゃんも意図が伝わったらしく、そこではじめて焼いた蛇肉を与えたのだが、ゲーム的に言えばこの状況も有り得ない事だった。

 エデンと同様なら[服従]を使わない限り、どんなに致命傷のモブであってもペット化する事は適わない。

 だがこの世界では[服従]の技を使わないままミラちゃんは弱いモブとは言え、それをペットにしてしまったのだ。

 これはミラちゃんがNPCであり、プレイヤーとは別のルールの上で成り立っているからなのか、それともそれと関係無く同様の事が可能なのか、個人的には興味を惹かれる出来事だった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 お姫様を守る騎士ナイトを得たミランダだが、彼女はその騎士ナイトを十全に使う為に身体しんたい魔法のいくつかを習得させた。

 アスプロス純白と名付けられた彼女の騎士ナイトは他の敵性モブにもし倒される事があれば、もう戻って来る事が無い事をミラちゃんに伝えると、なら倒れないようにする為にはどうすれば良いかを聞かれ、その答えのひとつがサポートに徹してネズミを守れば良い事を伝えると、彼女は魔術師ギルドに突貫して身体しんたい魔法のいくつかを購入したのだ……私のお金で。

 その後は覚えた魔法を何度も何度も使い倒し、その熟練スキルを上げ、[生命小回復][動体視力][失明]の実用的なみっつの魔法を使えるようになった。

 そのみっつの魔法が使えるようになるまでミラちゃんは自らの騎士ナイトを抱きかかえたままで一切戦闘に関わらせない程の過保護っぷりを発揮したが、それは私やツヨシ君のミラちゃんに対する態度と一緒なので多くは触れないでおこう。


「師匠、今日も良い天気ですね……」

 そうして彼女のミラちゃんの騎士ナイトであるアスプロスの育成に入った訳だが、それに付き合っている私とツヨシ君は暇を持て余していた。

 邪魔にならず、しかしいつでも行動が可能な距離でミラちゃんとその騎士ナイトの訓練の様子を伺いながら、本当に暇そうに私に語り掛けるツヨシ君。


「なら、ツヨシ君も【収穫】の熟練スキル上げすれば良いじゃないか」

 私はというとアンビティオからそれ程離れていない場所で見付けた野生のトマトを集めながら答えた。


「確かに収穫があればお肉を焼かなくても食べ物には困らなくはなるのでしょうけど……」

 そう言って、その後の言葉が続かない。


「どうした?」

「そもそも師匠と一緒に居るならご飯に関しては困らないですよね? 僕が収穫や調理を持つ必要性があるのかな、って……」

 ツヨシ君の言いたい事も理解はできる。

 使える熟練スキルの上限は誰もが一定である為、それを効率良く運用するなら他の誰かが出来る事を自分も重複して取る意味が薄いのは確かである。


「でも、私だっていつまでも一緒に居られるかは分からないし、それはミラちゃんだってそうだろ?」

 トマトの茎に鎌を当て、その実を集めながらツヨシ君の疑問に答えた。

 少し離れた場所でミラちゃんは白いネズミに近寄り、戦闘が終わったあとの餌を与えている。

 戦闘が一回終了する度に餌与えているけど、あんなにあげて現実なら確実に白饅頭ができるくらいに餌を与えているな……


「そうなんですけど……」

 ツヨシ君もミラちゃんのほんわかとしたペットとの交流を見ながら応えるが、その言葉はどうも納得できるものでは無かったらしい。

 そんな感じでのんびりと野生のトマトを集めながら何気ない会話で時間の流れるままに身を委ねる。


 完全に気が抜けていたのだろう、私の首元に違和感を感じた時にはすでに遅かった。

 物陰から突然現れたネズミが私の首元に齧り付き、その攻撃を許してしまったのだ。

 街の周辺には自ら攻撃を仕掛けて来るアクティブな敵性モブは存在しない、それはエデンでの話であり、そこと似たこちらの世界ではそれは当て嵌まらない。

 今までもそれで似たような失敗を何度も経験して来たはずなのに、私は何度同じ過ちを繰り返せば学ぶのだろうか。

 だが、アクティブが街周辺に居たとしても強さはそれ程でも無いはずだ。

 スグに反撃の用意を……

 そう思いながらも何故か私の意識は遠のいていくのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 あぁ、まただ。

 目に見えている物はエデンに似た世界のそれでは無く、無機質な白い部屋だと思われる場所。

 ……あれ、なんだこれ。

 視界に入って来ているのは無機質な部屋の他に、いつもの日常の風景が重なっていた。

 ふたつの世界が同時に視界の中に存在している事に困惑しているとツヨシ君がそんな私を心配した様子で何か話し掛けて来る。

 だが何を言っているのか全く理解できない。

 それは先日久しぶりに眠気を感じ、その中で見た夢の時と同じようにただの喧騒ノイズとしてしか認識できなかった。

 その事をツヨシ君たちに伝えようとするが、自身の声すらも世界の喧騒ノイズに溶け込み、それが伝わっているかどうかさえハッキリとしない。

 ツヨシ君と同様に彼の脇で控えているミラちゃんも不安げな様子で私を見ている。



「被検体五十八号の様子とログがおかしいだって?」

「はい、現在行動を共にしている六十一号との会話がまるで噛み合っておらず、その内容はどうやらこちらの事を話しているようです」

 ツヨシ君とミラちゃんが心配そうに私の様子を見ている中、もう一方の無機質な空間の奥からはそんな複数人の男たちが会話しながら近付いて来るのが、その声の様子から判断できる。

 その声の方に視線を向けようとするが、それで視線を向けられるのはツヨシ君達が居るエデンに似た世界の方で、この無機質な空間での身体は何も反応を示さないままだった。


「バイタルは安定、瞳孔も観察対応内の生理対応、問題は無いと思われる」

 全身白の防護服に身を包んだ人物は脇に立って何かを手早く確認し、ペンライトを私の目に当てる。

 どちらの世界もハレーションを起こすように目の前が一瞬真っ白になるが、光を外されるとその視界は徐々に正常に戻っていく。


 防護服を着た人物は複数人存在するようで、それらは私の周りで何かバタバタと作業をしているようだ。

 意識は完全にこの無機質な空間に存在する身体の中にあるのだろうが、その反応はツヨシ君たちの居るエデンに似た世界での身体に反映される。

 その意識と身体の乖離かいりになかなか馴染めず、私自身も困惑するが、この無機質な空間の中で何かしらの作業を続けているこの防護服に身を包んだ者達がきっとエデンに似た世界に私やツヨシ君たちプレイヤーを送り込んだ者達なのだろう。

 全く自由の利かない無機質な空間にある身体だが、そうやって物事を落ち着いて考える事ができると自身が取れる最善は何かという事に思いを巡らせる。


『ツヨシ君、ミラちゃん、私の言っている事は一方通行で、君達が話す事は今の私には何も聞き取れない。だから一方的に話しを進めるけど、それは許してね』

 エデンに似た世界にある私の身体をその地面に座らせ、意識してゆっくりと一言一言を確認するように目の前にいる二人の可愛い相棒たちに語りかける。

 自分の発している言葉だと云うのにその口から出るものの認識は喧騒ノイズでしか無いが、私の事を見ている二人の様子からするとちゃんと言葉は伝わっている確信を得る。


『今の状況だけど、意識だけこの世界に送り込んだ人達に関係しているだろう施設にあるみたい。その施設は私が見えている範囲で伝えるなら、無機質な白い天井のある病室といった感じかな……どうやら私は被検体五十八号、ツヨシ君は六十一号と呼ばれているみたい。今私の言ってる事が今後どうなるかは分からないけど、できるなら話した事を覚えていて欲しい。それが出来るかどうかは分からないけれど……』

 そうやって取り留めの無い、今現在視界の中と耳に届く限定的な情報をそのままツヨシ君とミラちゃんに伝えて行く。

 これが何の意味があり、今後どうなって行くかなんて所詮被検体扱いされている私になんて全く分からない。


「ちょっとコレを確認してくれ。五十八号だが、どうやらこちらの事を認識していて、それを六十一号とイレギュラーに伝えている。これはまずいんじゃないか? 場合によってはロールバックも検討するように上に確認を取ってくれ」

 防護服着込んだ者の一人が手に持ったタブレット状の端末と私の事を交互に確認しながらそんな事を言う。

 ロールバックとは、その修復不可能な問題が起こる前の状態にまでデータを巻き戻し、問題が起こった事そのものを『無かった事』にして、それからその対策を行う対処方法である。

 オンラインゲームにおいてその処置は何十時間も掛けて得たアイテムだったり、大量の課金した上でのデータで成り立っている為、運営会社としては信頼を失ってでも消したいデータがある場合の最終手段であると言っても過言ではない。

 そんな最終手段を取る事さえ厭わないという事は、今私がツヨシ君たちに伝えているこの状況とはそれ程までに重要な事なのだろう。

 私やツヨシ君といったあの世界のプレイヤーは課金なんてしたくても出来る訳では無いんだけどね。

 とは言え、私は無機質な空間とエデンに似た世界双方の意識が途切れるまで、今見えているものか感じている事など、順序や体裁といったものは何も考えず、そのままをエデンに言葉ノイズとして折り重ねるのだった。

 防護服を着込んだ人達はそんな私の周りで忙しなく私の様子を覗いながら何やら様々な機械を持ち込んで、無機質な空間の中で動かない私の身体に対して何やら色々としているのだった。

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