06 幾夜の想いは失われ……

◆ネモイェ視点◆


「グレイちゃんおかえり~」

 何とも理不尽を感じさせるミローリ族の女に案内されたのは小洒落た小料理屋といった感じの場所だった。

 そのカウンターにはミローリ族に声を掛けた女と、その隣で静かに盃を傾ける男が居た。


「ここは?」

「ん、アタイの家だよ。そこで呑んでる二人は……まぁ気にするな」

 この女の家だって?

 このゲームは参加している人数に対してプレイヤーに提供されている居住地が圧倒的に少なく、家という存在はお金をいくら持っていたとしてもそれだけで手に入れられるものでは無い。

 なので家を持っているというのはそれだけで結構なステータスだと言っても過言ではない。


「グレイちゃん、またその見た目で新しい子を騙して来たの?」

 カウンターでミローリ族を迎えた女そんな言葉を投げ掛ける。


「騙したとは人聞きが悪いな。アタイはいつもの様に食材を取りに行って、その時にたまたま倒れていた人が居たから声を掛けただけだよ」

 そんな事を言っているが、あれは見た目詐欺だと俺も思う。

 本来なら一人でフィールドワークするはずも無い熟練の料理人が、それなり以上の強さを持つ大型敵性モブを単独撃破したなどと話したとしても誰も信じてくれはしないだろう。


「ね、君もそう思うでしょ? グレイちゃんってば見た目詐欺だよねぇ?」

「そうだな……」

 そのグイグイと来る感じの女に俺は少しだけ身構える。


「所で君は誰なのかな? 私はグレイちゃんと同じ料理人として活動しているポーラって言います。隣でおとなしくしているのは雑貨屋のグラム、人付き合いが苦手だけど悪い人じゃないからね」

 そう自己紹介をするポーラ、その奥では紹介されたドワーフ族と思われる男が無言のまま頭を下げる。

 先程からグレイちゃんと呼んでいるのがこのミローリ族の女の事なのだろう。


「そのグレイちゃんって呼び方やめて貰えないかな? それじゃまるでアタイが灰色肌の宇宙人みたいじゃないか」

「でも残り物グレイビーよりは可愛くない? 私は何でグレイちゃんがネガティブな単語を名前にしてるかの方が理解できないよぉ」

 ポーラはミローリ族の女の名前について思っている事を述べる。


「あぁ…そういえばまだアタイの自己紹介をしていなかったね。私はグレイビー・フール、この家の家主であり、この店、無名食堂のオーナーだよ」

 そう言って彼女は俺に握手を求めて来たので俺はそれに応じた。


「なんでそれがネガティブな名前なん? フールの方は確か愚か者って意味だからネガティブっていうのも分かるが……」

「さっきもちょっと触れたけど、グレイビーってのはソースの名前なんだけど、それって焼いた肉から出た肉汁で作るものなのね。でもソレって余り物を無駄にしない為の貧乏ソースなんて言われる事もあるのよ」

 俺の疑問に関してポーラが答えてくれる。

 彼女の話を聞くだけなら、確かに残り物だったり余り物で作る貧乏ソースだって言われても仕方がないし、それをキャラクターの名前として選ぶのも普通はしないだろう。


「ゲーム内とは言え、アンタも料理をする身だろうに……そんな人が名前のついている物に対して否定的とはアタイは残念でならないよ……」

 ポーラの言葉を聞いて、グレイビーは溜息混じりに応える。


「確かに肉を焼いた後のフライパンに残る肉汁で作るソースなんて貧乏くさいって意見は認めるよ。でもね、見方を変えればフライパンにあるソレは肉の旨味そのものがあると言っても良い。一手間加えれば、その焼いた肉に最高に良い相性のソースにだって成る。私のこの名前はね、物事には一切の無駄なんて無いって想いを込めてのモノなんだよ」

 その彼女の言い分を聞き、彼女のそのキャラクターは作られたその瞬間から料理人として仕上げようとするのが感じられた。

 肉汁を使ったソースなんてものを俺は知らなかったし、そうならそれは一般的に知られているものでは無いのだろう。

 なのにそのソースの名前を用いて料理人キャラにするという事はキャラを作る前からどんなキャラにするか強くイメージしておかなければ出来る事では無い、俺はそう思ってしまったのだ。


「なら、フールってのは? それだけの想いがあっての名付けなら、アカウントネームも当然同じように何かしらの意味があるのだろ?」

 俺は思わず彼女に対して聞いてしまった。


「タロットのゼロ番、それがアカウントネームに込めた想いだ」

 それ以上は聞くなと言わんばかりに言葉短にそれだけ応えるグレイビー。


「そういえばアンタの名前を聞いて無かったね、ここは全ての好奇心が集まる場所なんて仲間内からは言われているが、アンタとの縁が良縁である事を願うよ」

「よろしく、俺の名は……」

 俺は自分のキャラ名を今後振り回される事になる三人に明かしたのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「ほら、戦闘職が生産組に負けてるんじゃないよ」

 俺の気なんて知ったこっちゃ無いと言わんばかりに、女将さんが発破をかける。

 あれから俺は幾度と無く無名食堂でよく見掛ける二人と共に様々な場所に出向いては、彼らに振り回されていた。

 今回もそうだ。


「おかしい、絶対におかしいから!」

 女将さんと一緒に行動しているのは自称串焼き専門料理人のポーラと自称日用雑貨販売員のグラム。

 ポーラが自慢の弓で敵を牽制し、グラムが力任せといった感じで、その身体と同じくらいの大きさがあるんじゃないかと思われる巨大なハンマーで粉砕する。

 グレイビーは自慢の長包丁で関節を絶ってその機動力を奪う。

 生産職だという彼らだが、その戦闘は連携を取らせると一方的だ。

 対して俺はというと、相変わらず敵からの攻撃を喰らいながら何とか反撃をして自身が倒れないようにするのがやっとの状態だった。

 戦い方としては巨大なハンマーを振り回しているグラムに近いハズのだが、彼は敵モブの動きの全てが分かっているかのように尽くその攻撃を余裕を持って避け続けているのだ。


「で、今回はグラムが使う鉱石集めが目的だっけ?」

 戦闘が一段落したところで俺は彼らに確認をする。


「それと卵のバーゲン会場への突貫ね」

 ポーラが何だか不穏な事を言った。

 俺たちが今来ている場所はブリエ鉱山と呼ばれる場所だ。

 鉱山とされているが、あまりに深く掘り進めた際に古代遺跡まで掘り当ててしまい、そこから溢れ出た魔物によって閉鎖された場所という事になっている。

 多層構造で構築されているこの場所は、複数の部屋状に掘られたそれぞれの場所を狭い足場によってそれらが繋がっており、ちょっとした迷宮のようになっている場所でもあった。

 生産者でも問題なく行き来できるそれ程の難易度でも無いから一緒に行こうと誘われて来たが、実際はとんでも無かった。

 入ってスグの場所にはこの迷宮に入って命を落とした者達が彷徨うゾンビ達が徘徊し、そのエリアを抜ければこの廃坑に住み着いたゴブリンたちと巨大なミミズに似た奴らが出迎える。

 俺たちが今一息入れているのは、ゴブリンたちの住処とされる場所を抜けたところだった。


「卵は消費激しいのに入手できる場所が限られるから、こういうついでに集められるのは良いね」

 ポーラの発言にグレイビーも嬉しそうに同調する。

 こいつらと付き合い初めて多少分かったのは、俺と違って敵性モブに対して真面目に相手をしないという事だった。

 この迷宮に来てからも足の遅いゾンビは無視してその脇を駆け抜け、ゴブリンには挑発行為だけして足場近くに誘き出し、その足場から落として落下死させ、たまに相手する巨大なミミズすらゴブリン達が集まっている場所にまで引っ張って行ってのモブ同士で戦闘している間に先に進むと言った感じだった。

 そして本当に避けられない戦闘になれば三人で連携を取っての瞬殺である。

 こんなある意味コスいやり方が彼らの言う『操作レベルを上げて・・・・・・・物理で殴れ・・・・・』なのだというのだからとんでもない事である。

 でもこのショボい見た目で構成された世界で彼らと一緒に遊ぶのは何より楽しかったし、その楽しみは徹夜する事が幾度と無くあっても苦には感じなかった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「女将さん、俺新しいキャラ作ったんっすよ」

 毎晩のように足を運んでいたグレイビーの自宅兼、チーム無名食堂のメンバーが集まる場所で作ったばかりのオーグル族のキャラを作ってそう彼女に挨拶をする。


「あの、どちらさん?」

 作ったばかりの見慣れないオーグル族にグレイビーは尋ねて来る。


「アナタ達に毎晩の様に振り回され幾度となく倒れてた雑兵ですよ」

 俺は自分を卑下してそう自身の事を明かす。


「あぁ、それで? 今日から新しいキャラで、また有りもしない最強を目指すの?」

 卑下した自分に対し、グレイビーは皮肉で返して来る。

 こういうやり取りが何とも彼女らしく、俺は好感を抱いている。


「いえ、自分も本格的に生産職をやってみようと思うんですよ」

「まぁ、頑張れや……」

 そう生産職宣言をすると店の奥で独り座っていたグラムが一言だけ発してくれる。

 居たんだ……戦闘する時以外は存在感薄い人だなぁ。


「んで、新しいキャラの名前なんですけど、一徹って名前にしました。一晩徹夜くらいじゃこのショボい世界の全てを楽しむなんて出来ない。以前に名前に想いを乗せるって話をしてましたよね? だから俺もこのキャラに想いを乗せてみようと思ったんすよ」

 これからこのキャラで色々な楽しみを経験するだろう。

 その楽しいをこの無名食堂に集まる人達と一緒に過ごしたくて新しいキャラを作った。


「あれぇ? 見慣れない人が居る、無名食堂へようこそ。自宅だと思ってくつろいじゃってね」

 ポーラは来て早々そんな事を言うが、ここはグレイビーの家であってアンタの家じゃないだろ。

 でもグレイビーはそんな事を気にもしないで、ここに集まる人達に楽しいを開放してくれいるのは皆が共通で認識している事だった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「おらっ! この程度が最強か?」

 先程まで俺と戦闘を行っていた男は崩れ落ち、今晩も俺の勝利で闘技場の最後の戦いは終了した。


 戦いながらエデンでの出来事の数々が頭の中を過ぎったが、それはもう過去の事だ。

 エデンに居た頃は戦士なんかやっていても、それが霞むくらいに馬鹿げた能力を持った生産職がそれなりの人数が居た。

 だが、この世界では違う。

 俺が憧れていた最強は確かに存在し、今はその地位に自分が居る。


 エデンに似た世界に俺自身が何故居るのかは分からないが、この世界は俺が求めていたモノが手に入る、そう確信めいたものがあった。

 それに先日会ったあのプレイヤー、俺が敬ってやまない女将さんの弟子だと言ってたか?

 女将さんに色々教えて貰ったのは俺も一緒だ。

 ならアイツは俺の弟弟子だな。

 ここに居るのは伝えてあるし、訪ねて来たら可愛がってやるか。

 だが、あのプレイヤーと出会ってからすでに十日以上経っているのに未だに女将さんもあのプレイヤーも姿を現さないのは何故だ?


 ……俺には地位も金もあり最強だ、今はまだ慌てるような時間じゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る