05 レベルを上げて物理で殴れ!

◆食べ物を取り上げて幼女を泣かせたネモイェ視点の話◆


 MMOってゲームは消費型コンテンツの最たるもので、長期のサービス提供には向いてないジャンルだと俺は思っている。

 オフラインのRPGであればレベル制を採用していても何ら問題ない。

 何故ならそれは物語の終わりが確実に存在し、その終わりの為に段階的に主人公が強くなっていくと云う演出とレベル制というゲームシステムは非常に親和性が高い。


 だがオンラインRPGであるMMOでオフラインと同様のシステムを持ち込むと途端に破綻をきたす。

 何故ならオンラインでレベル制を採用してしまうと、ゲームを提供する側は常に最大レベルの引き上げと、その最大レベルに至るまでのフィールドを用意し続けなければならなくなる。

 これはアップデートされる度に使われなくなるフィールドが増え続けるとも言え、サービスが長く続く程に使われないデータが増え続けるってのがMMOってゲームの実態である。

 かといって過去に作り、提供していたものを捨てる事もできない。

 これは新規ユーザーという運営にとってはお金を落とすかもしれないお客様確保のためには削除する事は許されないからである。

 そんな感じで使われないデータ維持コストが開発費よりも大きくなりそうになると、MMOってゲームの運営は終了する。


 だが欠陥ゲームジャンルであるMMOの中で、ゲーム機本体の発売とほぼ同時に提供され、半世紀近くサービスを継続させ続けているバケモノタイトルが存在する。

 それがゲーム機本体の名称と同じ名前を持つエデンと呼ばれているMMOだ。

 だけど俺がそんなバケモノタイトルに本格的に触れたのは、本体を入手してから数年後の事だった。

 もちろん本体を入手した時にエデンの世界に入ってみたが、そのあまりの見た目のショボさに幻滅し、それから数年間は購入したゲームや、別の無料配信タイトルで遊んでいた。


 それらのゲームを通して知ったのがMMOってジャンルのゲームは欠陥を抱えているという事だった。

 そしてその本体付属のバケモノタイルもそのMMOって類であり、俺はいくらバケモノタイトルであってもそれは変わらないと思っていた。

 本体付属提供のゲームは見た目もショボく、そして欠陥ジャンルなのだと知れば、あえてソレを遊ぶ意味を見出だせず、俺は自身が気になるゲームタイトルを渡り歩くのを続けていた。

 そんな感じで、すっかりゲーマーとして自負するようになった俺だったが、様々なゲームで遊んでいると少なからずゲーム本体に付属提供されているエデンの話も耳に入ってくる。


 曰く、あのタイトルは技術の使い所を全力で逆走している、と。

 曰く、あの世界ほど自由を謳歌できるタイトルは無い、と。

 曰く、あれはゲーマーの安息の地であり老人ホームだ、と。


 そんな曰く付きの話を様々なゲームで聞けば、その見た目のショボさとか別にゲームそのものとして興味を惹く事となる。

 俺はエデンゲーム本体を購入してから数年が経過してしから、やっと腰を据えてその世界を攻略してみようと思った。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「意味わかんねぇ、こんなのクソゲーだろ!」

 街からそれ程離れてない場所に配置された大型敵性モブに殴り倒され、俺は思わずそんな叫びをあげていた。

 俺がエデンという地で自分なりの冒険をはじめてから二十日も過ぎた頃、ようやくエデンではじめて作ったキャラクターの最初にイメージしていた熟練スキル上げが終わった。

 攻略サイトを駆使して作り上げたキャラクターは出来上がってみたらレベル制のそれと比べると拍子抜けする程に簡単に感じられた。

 レベル制のMMOなら何ヶ月も敵性モブをひたすら狩り続け、最大レベルに到達する訳だが、このエデンと云う世界では少し格上の敵性モブを相手するだけで面白い程に関連する熟練スキルが上がる。

 俺は両手剣をメインに使う戦士を目指して熟練スキル上げをして来たが、それが一ヶ月も掛からずに完成してしまった事に疑問を感じた。

 そう感じたのは数値としての熟練スキル上げが終わったというだけで、自分が操っている戦士は限りなく弱いからだった。

 フィールド上に数多く存在する雑魚モブと呼ばれる敵性モブは蹴散らしながら歩く事に問題は無くなったが、これみよがしに配置された大型敵性モブはどれだけ攻撃してもこちらが一方的に損害を受けるだけで倒せるなんて全く思えなかった。

 レベル制MMOであれば最初は適わない敵でもレベルを上げ、物理で殴れば余裕で勝てたが、このエデンってMMOは街からそれ程離れていない場所に配置された大型の敵すら倒せないのだ。


 倒された自身の身体を回収する為、俺はセーブポイントから霊体の状態で身体の元に向かう。

 セーブポイントに自身の身体を呼び寄せる事も可能だが、それをしてしまうと代償としてランダムで獲得してる熟練スキルが下げられてしまう。

 レベル制の経験値奪われるデスペナルティよりは元の状態に戻すのはエデンでの方が遥かに楽だが、それでも数分のマラソンを行うだけでそのペナルティを回避できるなら回避してしまった方が良い。


 俺が女将さんと出会ったのはそんな自分の倒れた自身の身体を回収しに戻った時の事だった。

 俺の力尽きた身体の脇で体育座りをしているコックコートを着た少女。

 いや…あれは幼い見た目を持つ種族のミローリ族だな。

 一部の少年や少女を愛好するそれなりの年齢の方々に人気の種族って事だし、このミローリ族の中の人もそんな感じの人物なのだろう。

 俺はそんな彼女を気にする事も無く、自身の倒れた身体に霊体を馴染ませる。


「アンタ、あれをソロで倒そうと思ってるのかい?」

 身体を回収し復帰した俺にコックコートを着込んだミローリ族の女は聞いてきた。


「あぁ、街の近くに配置されている大型モブならそれ程強く無いだろうし、力試しをしてみたが駄目だった」

 先程一方的に殴り倒され、そして力尽きた事を伝える。


「倒れてた場所から推測するに、アンタ他のMMOとかでも遊んだ事あるだろ? 大きくてもモブはモブ。攻撃対象が倒れてしまえばモブはポップ位置に戻るからねぇ。そこから離れた場所にアンタが倒れてたって事は倒れた時の事も考えて、引っ張って来たうえで戦闘ってたって事だ。そんなまどろっこしい事をするのは他タイトルの経験をしているヤツじゃなきゃ、そんな事はしない」

「そうだな、その通りだ」

 ミローリ族の女が言うように、倒せなかった時の事も考えてポップ位置から移動した上で戦っていた。

 だが、この女の装備は戦闘用のそれじゃない。

 生産を行うサブキャラで食材を集めに来て、俺の身体を見付けたから、たまたま話しかけて来たのだろう。

 その時の俺はそう思った。


「どうだい? このエデンって世界は?」

 彼女は俺が他の数多くの世界を見て来ているのを分かった上で、幼い女の子と言っても良い容姿とは裏腹に、色気すら感じるような掠れた声で俺に聞いてくる。


「端的に言ってクソゲーだな。まず何と言っても見た目がショボい。キャップ到達までそれ程苦労しないし、そのくせキャップ到達しても強くない。モブの強さ配置も無茶苦茶。クソゲー要素を挙げたらキリが無い」

 俺はエデンに来てから二十日ばかりの体験を元に思った事をその女にぶちまけてみた。

 

「見た目のショボさは他で遊んでた時にも聞いた事あるんじゃないか? 技術の全てが全力で逆走しているってさ」

 俺が言うのを分かっていたように女はそう返す。


「でも、その見た目のショボさは自由度を確保する処理の代償なんても言われているね。見た目の凝った世界なんて、今どきならサービス終了したMMOから安価にいくらでも購入できるだろ」

 欠陥を抱えているにも関わらず、今までMMOというゲームジャンルが滅びる事が無かったのは開発費用が他のゲームジャンルに比べて圧倒的に安価で作れるというのが挙げられる。

 オンラインゲームのサービスが終了する際、最後の資金回収手段としてゲーム内で利用されたモデルデータを販売される事がある。

 そして販売されたそれらのモデルデータは全く無関係な会社のMMO開発の際に使われ、新たにそれらのデータを作る事無く容易に開発が進められる。


「確かにそうだな」

 ゲームのシステム自体も売られていたりするので、ここ最近のMMO開発は個人でも数週間あれば開発は可能なんて言われたりもする。

 なので、ここ十年近いMMOというジャンルのゲームは強い俺様キャラで愉悦に浸りながら美しい世界を観光するゲームなんて言われてしまう事もしばしばだ。


「知らんけど」

「知らんのかい!」

 最もらしい事を言っておきながら実は適当を言っていたらしい。

 俺は思わずツッコミを入れてしまう。


「あらツッコミありがと。じゃあ、そのツッコミついでに面白い物を見せてあげようかね。MMOの定説、レベルを上げて物理で殴れってあるでしょ。それはこのエデンでも同様だってのを今から見せてあげる」

 そう言ってミローリ族の女は立ち上がり、荷物枠インベントリから白無垢の鞘に収まった日本刀を取り出す。

 抜き放たれたその刃はほぼ直刀で、その美しい波紋が見て取れる。

 直刀に近い日本刀とは珍しい。


「さあ、解体ショーのはじまりだよ。マグロ包丁の切れ味を御堪能あれ。」

「包丁なのかよ!」

 彼女の物言いに俺は再びツッコミを入れてしまうのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「これがレベルを上げて物理で殴れば問題無いって事の証明だよ」

 そう言ってミローリ族の女は俺が一方的に殴り倒されたのを逆に一方的に斬り伏せ、巨大な敵性モブを倒してしまった。


「このゲームにレベルなんて無いだろ……なのにどうやって?」

 彼女曰くこのゲームでも[レベルを上げて物理で殴る]は有効だと言い、それを実践してみせた。

 その装備は膝下まである長いコックコートを着ているだけで、装備自体は珍しい物でも無くギルドで貰える装備だし、特段強い訳じゃない。

 むしろあのコックコートは料理関連の熟練スキルを持っていないと貰う事が出来ない為、その熟練スキルを他者にアピールする為に着ているのだろう。

 しかもそのコート襟は黒に染められたものだ。

 それは料理と製法、それと料理人とは全く無関係と思える魔法抵抗のそれぞれの熟練スキルが全て九十以上でないとあのコックコートにはならないハズだ。

 敵を斬り伏せた日本刀……いやマグロ包丁だって、彼女が言う通りなら武器では無く、包丁なのだろう。

 完全に料理人として熟練スキルを振っているなら、戦闘関連の熟練スキルに全て費やしている俺よりも強いなんて、彼女の言う通りレベルを上げて物理で殴っていると言われても納得してしまう。


「コレが必要だったんだよねぇ」

 そんな俺の思いなど関係ないといった感じで、倒した大型モブを無視し、その奥にあるボール状に紫色の小さな花を咲かせている植物に近寄る。

 そして鞘に収めた長い包丁を荷物枠インベントリに収め、変わってその手にはクワが持たれていた。

 彼女はその鍬で地面を掘り返すと紫色の花を湛えた植物の根には球根、あれはニンニク……なのか?


「それはニンニクか?」

「そだよ、これが必要で取りに来たって訳」

 彼女はそれが当たり前のように答える。

 だか、ちょっと待て!

 彼女の見た目と行動からすでに【料理】【製法】【魔法抵抗】【収穫】のよっつの熟練スキルは確定している。

 しかもそのうちみっつは高い熟練スキルであるのも確実だ。

 割り振れる熟練スキルの上限は八白七十五であるのは誰もが同じで、その中で自身のキャラを構成しなければならない。

 そんな制限の中で彼女は少なくとも三百程度の熟練スキルを料理関係に割り振っている。

 なのに戦闘関連だけに熟練スキルを割り振った俺よりも確実に強いのが意味ワカラン。


「レベルの無いゲームでどうやってレベル上げをした? そんなチートじみた事がこのゲームで本当にできるのか?」

 俺はその答えが欲しくて、そう言った本人に聞く。


「誰にだって出来る簡単な事さ。プレイヤー自身の操作レベルを上げて物理・・・・・・・・・で殴れば良い・・・・・・

 彼女は何を当たり前の事を聞いてるの? といった感じでそう返して来た。


「そっちのレベルかよ!」

 彼女と会ってから何度目かになるツッコミを俺は入れてしまうのだった。

 これがエデンというMMOで無名食堂と呼ばれるチームを率いる女将さん、グレイビー・フールとの初めての出会いであった。

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