03 特別
◆ツヨシ視点◆
僕たちがこのアンビティオという街に到着してからはじめての晩ごはん。
今僕たちは、ミラちゃんのリクエストでハンバーグを食べている。
この世界に来てからただ単に焼いた肉以外のはじめての食べ物で美味しいんだけど、少し残念なような、哀しいような気持ちになってしまった。
口の中で弾けるように広がる肉の甘味と、それを更に美味しくするために絡んだソース。
師匠はこの世界がゲームの中だと言うのだけど、ゲームならこのハンバークの美味しさはどういう事?
「お兄ちゃん、おかわりしていい?」
隣で笑顔になり夢中で僕と同じものを食べ、おかわりを求めるミラちゃんのを見ても、その美味しさは本物なんだろう。
「うん、一杯お食べ」
そうミラちゃんに言って僕は再びハンバーグを口に運ぶ。
「確かにハンバーグなんですけど、何だか味気ないです」
紙の包みの中にあるそれを食べながらそんな事を言ってしまう。
僕の言った事を師匠に聞こえてしまったみたいで、少し寂し気な顔になる。
「いずれ本当に美味い物を食べさせてあげるよ」
だけど師匠がそんな顔をしたのは少しの間だけで、何かを決意したように言った。
ミラちゃんとあまり変わらない見た目なのにそうやって言い切る事のできる師匠はやっぱり凄い人なんだと思う。
「もっと美味しいの、あるの?」
店員さんらしき人が追加のハンバーグを荷物枠から渡し、それを早速頬張りながら師匠に聞き返す。
「あぁ、ミラちゃんの知らない美味しいものは沢山あるよ」
「ミラ、美味しいの食べたい!」
師匠はそう優しく言って、それに期待するかのように反応するミラちゃん。
そんな師匠の言葉に僕も少しばかり期待してしまう。
美味しいかったけど何だか味気なさを感じた晩ごはんを食べた後、僕とミラちゃんは同じ部屋で宿を取った。
この街にもいくつか宿があるみたいだけど、乗合馬車のおじさんが教えてくれたのがここの宿だった。
ここの宿は値段の割に食事が良いって事だったんだけど、僕が期待していたのとは凄く違っていた。
宿はどこも七日単位で払うみたいなんだけど、お金を渡すと部屋の鍵と一緒に宿泊日数分の食べ物を渡される感じだった。
今日のごはんは何かな? って、楽しみにしながら宿に戻るってのが無いのはワクワクしない。
宿の部屋はベッドがふたつあるだけの簡単なものだった。
ミラちゃんはベッドの上でキャッキャとはしゃいで、しばらく手を着けられない状態になってしまった。
「楽しかったぁ」
ミラちゃんはベッドの上で跳ね回るという、子供がするお約束をしばらくして満足したみたいだった。
そのままコロコロとベッドに転がって楽しそうだ。
「この街でパパとママ、見付かると良いね」
「うん!」
本当ならミラちゃんが僕たちと一緒に居るのがおかしいって師匠は言ってたんだけど、そうなのかな?
はじめの街で師匠と道の真ん中で寝てしまった後、街に居た人達の様子が変わった。
それはミラちゃんも同じで、それまではお世話になる事になった孤児院に会いに行っても『パパ達は見付かった?』を繰り返すばかりだったのに次の街に行くから最後に会いに行った時はそれまでと全く違って僕に着いて行くと泣いてお願いしてきた。
僕は困ってしまい師匠に相談したら凄く驚いていたみたいだけど、僕がミラちゃんの面倒をみるなら良いよと言ってくれたんだ。
でも一人でお留守番するのは嫌だって言われてしまい、仕方なく僕は街に残ってミラちゃんの両親を探す事になってしまった。
僕もあの飛行機みたいな形をした遺跡に行きたかったな……
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「お姉ちゃん、行っちゃったね……」
お昼過ぎ、師匠はこの街に来る時に見たあの遺跡を調べる為に行ってしまった。
僕たちは門の所で師匠を見送り、その小さな姿が見えなくなるとミラちゃんは寂しそうにそう言った。
「すぐ戻って来るから大丈夫だよ。それに師匠、約束してくれた美味しいものを用意してくれたんだよ。宿に戻ったら一緒に食べよう」
師匠が遺跡に出発するのが遅くなったのは、昨日ハンバーグを食べた時に言っていた『美味しいもの』を作ってくれたからだ。
用意してくれたコレなら昨日みたいな僕自身が寂しいような気持ちになる事は無いだろう。
「ハンバーグより美味しいもの? ミラ、楽しみ」
先程寂しそうに見送ったのは何だったのか。
師匠が用意してくれたものが気になるらしく、僕の手を引っ張る感じで宿に戻る道を急ぐミラちゃん。
「そんなに気になるならお外で食べる?」
僕は所々に設置されたベンチを見ながらミラちゃんに聞いた。
「お外で食べてもいいのかな?」
そう聞いてはくるけど、その目はもう待ち切れないというのが分かるような感じだった。
そんなミラちゃんの様子がおかしく感じながらも、ミラちゃんをベンチに座らせる。
そして僕の荷物枠から師匠から預かった『美味しいもの』をミラちゃんに渡す。
「何これぇ?」
渡した食べ物をキラキラした目で見ながら僕に聞いてくる。
それは紙で包まれているのは昨日食べたハンバーグと変わらない。
だけどその厚みは昨日食べたそれよりも数倍厚く、何より持った時の柔らかな触感が昨日食べたものとは全く違うものだというのを主張している。
「それはね、ハンバーガーっていうんだよ」
僕たちの為に朝から師匠が作ってくれていたのはハンバーガーだった。
師匠が言うには今はまだ全部一人で作る事はできないって言ってたけど、それでもこうやって用意してくれた事が凄く嬉しかった。
「ふわぁ……」
ハンバーガーをひとくち食べるとミラちゃんは唸るような喜びの声が溢れ、あとは小さな身体にそれを収める行為に夢中になってしまった。
「お姉ちゃんのハンバーグ、もっと!」
あっという間にハンバーガーを食べてしまったミラちゃんは、それだけでは満足できなかったみたいで僕にお代わりを催促する。
「誰も取らないからゆっくりね」
「でも、でも、お姉ちゃんのハンバーグ凄いの! 特別なハンバーグなの。ミラ、これ大好き!」
ミラちゃんはハンバーガーが美味しかった事を全身を使って僕に一生懸命に伝えようとする。
食べ物だけで幸せで一杯な気持ちにさせる師匠ってやっぱり凄い、そう感じながらミラちゃんに次のハンバーガーを渡す。
「ん……」
先程の勢いはどこへやら、今度はゆっくりと大事そうにハンバーガーを笑顔で食べるミラちゃん。
そんなミラちゃんを見ているだけで僕まで幸せな気持ちになってしまう。
「おぅ、何だか珍しいモン食べてるじゃないか」
だけど、そんな幸せな気持ちを壊したのは大きな声でそんな一言を放った男の人だった。
「……誰、ですか?」
僕たちはベンチに座っていた事もあって、見上げる感じでその大きな声の人を見る。
座っているから正確には分からないけど、多分僕より随分と大きい。
身に着けている防具は僕とたいして変わらないけど、全身黒のその鎧姿は威圧感を与えてくる。
その威圧感の前に僕はミラちゃんとその男の間に立って、その幼い身体を守ろうとした。
「悪いな、お前プレイヤーだろ? それはお前が作ったのか? NPCが急に感情豊かになったと思ったが、こんなオママゴトで遊べるようになっていたとは驚きだ」
低く地響きのような声でそう僕に言ってるけど、オママゴトだって?
ミラちゃんのお父さん達が見付かるまで彼女を守るお兄ちゃんになるんだって決めたんだ。
僕の可愛い妹に怖い思いをさせるなら許さない!
何も言わないまま僕は指貫グローブを荷物枠から着けて拳を固めて男を睨む。
「そう恐い顔すんなよ、俺はチョットそれが気になっただけだ」
「やぁ、それミラの! お姉ちゃんが作ってくれた特別なハンバーグ返してなのぉ」
そう言いながら僕よりも背の高い男はミラちゃんが持っていたハンバーガーの包みを何の苦労も無く取り上げてしまう。
包みを取られてしまったミラちゃんは叫びに近い声を上げ、その小さな身体から手を目一杯伸ばして取り返そうとする。
「なんだ、これお前が作ったんじゃないのか? だとすると他にもプレイヤーが居るんだな?」
ミラちゃんから奪ったハンバーガー食べながらその男は僕に聞いて来る。
こんな小さな子供から食べ物を奪うなんて許せない。
そんな想いから僕は目の前の男と戦う覚悟を決めて身構える。
「幼女のアバターなんて見た事ないから、そのちっこいのはNPCだろ? なのに何でそんなにムキになってる? いくら人みたいに振る舞うようになったからってここはゲームの中だ」
男は僕がミラちゃんの事を守ろうとしているのが理解できないらしい。
師匠もこの世界はゲームだと言っていた。
「師匠はアナタみたいな事はしない。ゲームの中だからだって何をしても良い訳じゃありません。ミラちゃんに謝ってください!」
師匠は目の前の男みたいな事はしない。
師匠はゲームだと言っていても自分も一緒に生きている者として振る舞っている。
言葉にならない想いが僕の中で激しく暴れる。
そしてミラちゃんは師匠が作ってくれた特別を取り上げられてしまい、声もなく泣いて僕の鎧の端を必死に掴んでいる。
「そう熱くなるなよ。このバーガーを作ったのはお前の師匠か? 注文依頼を出したいから、その師匠の名前を教えてくれないか?」
僕の後ろで泣くミラちゃんを見てバツが悪くなったのか、目の前の男はそんな事を聞いてくる。
きっと目の前の男と戦うにしても、僕自身はまだ傭兵として駆け出しになったばかり。
師匠みたいに色々な経験がある訳でも無い僕が戦ったとしても返り討ちにあうだけだろう。
そうなってしまったらミラちゃんを守る事も出来ない。
まずは落ち着くんだ、僕……
大きく息を吸って、目の前の男をもう一度睨みつける。
「僕はツヨシっていいます、まずはアナタの名前を教えてください。話すにしてもそれからです」
「こりゃ悪かったな、俺はネモイェだ。普段は闘技場で己を鍛えながら金稼ぎしてる」
大柄で乱暴そうな男はそう自分の名前を教えて、どこに行けば会えるのかも伝えてきた。
「それで? お前さんの師匠なんだが、料理人だよな。ソイツの特徴と名前を教えてはくれないか?」
「何故です? ご飯を食べるだけなら食堂で充分でしょ。師匠に作ってもらいたい意味が分かりません」
「なんだ、お前さんは料理人が作る食いもんの力を知らないのか? 料理人の作るそれらは食堂で食べられるものとは訳が違う。バフを付与してくれる貴重なアイテムなんだぜ」
バフ? バフってなんだろ?
そこらは師匠が帰って来てから聞けば良いか。
「それで師匠に料理を作ってもらいたいと、そう云う訳ですね」
「そうだ」
師匠の名前を教えていいものかどうか、正直迷う。
でも師匠は自分自身を知っているかもしれない人を探しているって言ってたし、それも名前を伝えなきゃ分からないんだよな……
「師匠ですが、種族はミローリ族で、確かグレイビーって名前だったと思います」
名前は前に聞いてはいたけど、普段は師匠って呼んでるから思い出すのに少しだけ時間がかかったのは秘密だ。
「ミローリ族のグレイビーだって? まさか女将さんがこの世界に来ているのか?」
師匠の事を教えると目の前の男はひどく慌てた感じでそんな事を言った。
女将さん?
僕にとって師匠は師匠だ。
女将さんなんて言われても僕は知らない。
「お前さんの師匠に伝えてくれ、無名食堂の常連は闘技場で待っていると。それだけ言えばもし俺の知っている人なら伝わるハズだ」
男はそれだけ言うとさっきまでの迫力はどこへやら、ふらふらと僕たちの前から立ち去ってしまった。
その男が見えなくなると僕は腰から崩れ落ち、ベンチに身体を投げ出す。
「ツヨシお兄ちゃん……」
力の抜けてしまった僕を見て、ミラちゃんは心配そうだ。
「大丈夫だよ、少し休んだらお家に帰ろう。そしたら改めて一緒にハンバーガー食べようね」
そう力なく笑ってミラちゃんに言うと、彼女も力ない笑顔を返してくれるのだった。
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