02 表情が無いって恐怖だよね……
「美味しいかい?」
「うん、ポカポカの味なのぉ」
ハンバーグを頬張るミランダを見ながらツヨシ君は笑顔で聞く。
その投げ掛けに対し、何とも独特な返しをするミランダ。
私達は乗合馬車の御者に勧められた宿に部屋を取った後、アンビティオ料理人ギルド併設の食堂に居た。
宿でも食事は提供されるが、その内容は選択する事ができないため、ミランダが楽しみにしていたハンバーグを食べる為に数多くの料理人が集まるギルドの食堂に来ていた。
「お兄ちゃん、おかわりしていい?」
ゲームの時、食事の際の動作は口元に何かを運ぶ様な動きをしていたが、この世界で実際の食事をするとこういう感じなのか……
焼いた肉の時もまるでジャーキーのような物になっており、それを口に運ぶ感じだったが、ハンバーグの場合だとハンバーガーのテイクアウトする際に利用されるあの包み紙に入れられた状態で提供された。
しかもそれを食べ終わると何故かその包み紙が消えるという謎仕様だ。
確かにこれならエデンのゲーム内の動作と同じような感じにはなるが、何だか解せない。
「うん、一杯お食べ」
ミランダにツヨシ君はそう答えるが、手に持ったままのハンバーグの減りは遅い。
「確かにハンバーグなんですけど、何だか味気ないです」
包み紙で覆われたハンバーグを口に運びながらツヨシ君は弱々しく感想を述べる。
エデンは本来であればゲームという娯楽であるが、それがその中で生活するとなると話は違って来る。
生活の為に金を稼ぎ、糧を得、そして命を繋ぎ止めなければならなければ、それは純粋な娯楽とは言えなくなる。
そんな中で大きな楽しみとなるのは食事だったとしても何ら不思議では無い。
私自身はそれを楽しむ為の味覚を失っているが、それを保ったままのツヨシ君にとってこの見た目と食べ方は確かに彼の言う通り味気ないものだろう。
「いずれ本当に美味い物を食べさせてあげるよ」
所持枠に料理を入れた場合、それは美味しそうな見た目のアイコンとして表示される。
ハンバーグの場合ならステーキプレートに野菜の付け合せと共に盛り付けられたものとして収まる。
なのにこの世界には盛り付ける為のステーキプレートなどは存在しない。
「もっと美味しいの、あるの?」
追加で運ばれて来たハンバーグを頬張りながらミランダは聞いて来る。
「あぁ、ミラちゃんの知らない美味しいものは沢山あるよ」
「ミラ、美味しいの食べたい!」
エデンでは全ての料理レシピを極めていた私だが、この世界の料理ってモノを見てしまうとエデンと同じでは駄目なんだと感じてしまう。
料理ってのは確かに味も大事だけど、それと同じくらい見た目も大切だ。
あの夢の中で見た朝食は味こそこちらの世界と同様の何ともいえないモノだったが、見た目は多少だが華があった。
ツヨシ君と行動を共にするようになって、すでにこのグレイビーという存在はエデンの再現とは違った
ならばエデンの時とは違うグレイビーになってやろうと思うのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
アンビティオ到着から二日後、私は一人乗り合い馬車から見えた古代遺跡の前に居た。
ツヨシ君と一緒に来るつもりだったが、ミランダは彼と離れて宿で待つ事を拒んだ為、結果として私一人で古代遺跡に行く事にしたのだ。
乗り合い馬車から見た時も相当な距離があったにも関わらず巨大に思えたが、近付いてみるとその巨大さは圧迫感さえ感じさせる。
ラグビーボールを潰した様なその構築物の頭頂部は外界を確認する為の窓のようなものが伺える。
かつては翼であっただろう箇所はその内部構造の一部を晒しているが、外壁を支えていた骨組みは石材だろうか、朽ちている様子は無い。
このラグビーボールを潰したような構築物はその一部が土の中に埋もれた状態であり、所々蔓状の植物に覆われているが壊れて骨組みを晒している部分と同じように朽ちているといった様子は無い。
しかし地面に近い部分は無理矢理破壊されたような場所が散見している。
この構築物に知的好奇心を刺激されつつも、乱暴な者達がその外装を破壊して内部を検めたのだろう事が推測される。
かくいう私もそんな好奇心に突き動かされてここまで来てしまった一人であるのは間違い無いのだが……
もしこの構築物が予想した通りの物であるなら何かしらの手掛かりになるものが見付かると私は推測している。
ゲームであるなら、こんなあからさまな構築物は創造主からプレイヤーに向けた何かしらのメッセージであろう。
そう思いながら先人が破壊したである外壁を潜り、内部を散策する事にした。
「ソロで来たのは失敗だったかなぁ……」
かなり動揺した自分を落ち着かせるべく、独り言を吐く。
目の前の傾いた空間には幾人もの倒れた輩が倒れていた。
悠久の時を経ているにも関わらず朽ちる事も無い構築物であるなら、雨風を凌ぐには充分なのは容易に想像できる。
しかもその近くに人が行き来する街道の存在があるなら、それを狙う野盗がこの構築物を根城にしていたとしても何ら不思議では無い。
目の前に倒れて動かない輩たちはその野盗の皆様方である。
私に気付いた彼らは無言で手に持った粗末な武器を振り、私に傷を与えようとして来たが、同じ行動を繰り返すだけの存在など驚異にもならない。
だが、その無表情のまま戦闘を仕掛けてくるというのは戦闘行為という恐怖よりも、精神的にくるものの方が大きかった。
そんな無表情な野盗の皆様方を蹴散らしながら私は構築物の中を探索する。
探索して分かったのはこの構築物の一部はまだ生きている状態にある事。
傾いた機械らしき物に触れると反応するものがあり、その中にはこの船と思われる構築物の案内図があったり、ドアを開く為のパスコードらしきものをを見付けたりする事が出来た。
ただ、それらを見付ける事はできたが、インベントリの中にはそれらをメモできるような物は何もなく、この広い内部全ての案内図を覚える事は不可能だった為、それらを用意した上で再度挑戦する事にして遺跡を後にするのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「ツヨシ君、戻ったよ」
ドアの奥では愉しげな声をあげるミランダの声も聞こえていた為、遺跡から戻った私はツヨシ君とミランダが居る部屋のドアに向かって声を掛ける。
「師匠、おかえりなさい。どうでした?」
パタパタと中で動く音がした後、そのドアが開く。
「なかなかホラーな場所だったよ」
開けてもらったドアに入りながら遺跡で感じた感想を一言で返す。
「ホラーですか? お化けとかでも居たんです?」
不思議そうに尋ねるツヨシ君。
「え……お化けいたの?」
そんなツヨシ君の言葉にミランダは反応し、恐る恐るといった感じで私の顔を覗き込む。
「ある意味お化けよりも恐いかもね。無表情のまま淡々と攻撃を仕掛けて来る野盗達、奴らはこっちがいくら攻撃しようが怯む事無くその手を休めず、そしていきなり倒れるんだよ」
「それは……」
私の言葉にツヨシ君は想像してしまったのだろう、続く言葉が出てこないといった様子だ。
「お兄ちゃん……」
ミランダもそんなツヨシ君を見てその腰にギュっと抱き着き、その顔を埋める。
「そんなホラーな場所だけど、面白い場所でもあったよ。あの遺跡、多分宇宙船だと思われるけど、一部は生きたままの状態になってる」
表情を曇らせているツヨシ君に戯けた感じの明るい声で見てきた一部の話をする。
「あれ、やっぱり宇宙船だったんですか?」
私の簡易的な報告を聞いて目を輝かせるツヨシ君。
朽ちて尚、一部の機能が生きてる宇宙船とかって浪漫だよね、そういうのにワクワクしてしまうのはやはり男の子だからだろうか。
「断言はできないけど、多分そう。中はかなり広いし、メモする事も出来なかったから再挑戦するつもりで戻って来たって訳さ。ツヨシ君の方はここ数日何かあった?」
遺跡に向かい、戻って来るまでに三日が過ぎていた。
「この数日はミラちゃんと街を散策していた感じなんですけど、師匠の事を知っているかもしれない人に会いました」
ツヨシ君から予想外の報告を受ける。
「え? 誰なんだろう……その人は何て言ってた?」
「料理を作ってもらいたいから一度会いたいって言ってましたけど、他には何も……」
ツヨシ君と出会えた事から他にもプレイヤーは居るだろうとは思っていたが、まさかエデンでの知り合いもこっちに来ているとは予想外も予想外だった。
誰だかは分からないが、私に関する事を知っている人であるのは自身を取り戻すという意味では大きな前進と言ってもいいだろう。
「あ、そうだ。無名食堂の常連だとも言ってましたよ。それは師匠に言えば伝わるから……と」
無名食堂、かつて私がリーダーを努めていたチームの名前だ。
まさかこっちに来てその名前を聞く事になるとは思ってもみなかった。
しかも常連という事はそのメンバーである事を指している。
「その人はどこに行けば会える?」
「闘技場に行けば会えるって言ってました」
「で、その人の名前は聞いてるかい?」
「ネモイェさんっていうオーグル族の人でしたね」
「ミラ、あの人恐いから嫌い……」
そうツヨシ君と話をしていると彼の腰に抱き着いたままのミランダがそんな事を言う。
「何で嫌いなの?」
しかしネモイェか……私の記憶の中にはそんな名前の人物は居ないぞ。
「ミラの事怒鳴るし、意地悪するし、ミラ、嫌……」
ツヨシ君にしがみついたままミランダは弱々しく言う。
「とにかく会ってみない事にははじまらないね」
私はそう言ってツヨシ君の引っ付き虫になっているミランダの頭を撫でる。
撫でた事でミランダはやっとといった感じで渋いままだった表情を綻ばせた。
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