傭兵の集う街、アンビティオ
01 AIは電脳羊飼いの夢を見るか
「傭兵家業ってのも命の斬った張ったで大変なんでしょう?」
アンビティオに向かう乗合馬車で、御者が隣に控えるツヨシ君に対してそんな事を尋ねていた。
「先輩方ならそうなんでしょうけど、僕たちはまだ駆け出しですから日々のご飯の為に狩りをするのが精々ですよ」
そんな御者の投げ掛けに対し、ツヨシ君は何の疑問も持たずに返答する。
私達はこの乗合馬車の護衛というかたちで雇われ、乗客と行動を共にしていた。
私が疑問というか違和感を感じているのは酩酊するように眠ってしまった後の事だ。
それまでは街の住人やその他のNPCは特定の行動を繰り返し、決まった台詞でプレイヤーに反応していたが、目覚めた後はまるで本当にその世界で生活しているような行動や反応をするようになっていたのだ。
この乗合馬車の護衛の
例外があるとすれば道中で野盗などに襲われた時にその演出の為の台詞などがある程度だった。
「お姉ちゃん、お腹痛いの?」
「そんな事ないよ、ありがとうね」
地下水路の一件で知り合う事となったミランダから心配そうにそんな事を聞かれる。
自分の中にあるエデンという世界との乖離に思いを巡らせていて、私の表情が苦悶のもの見えたらしく、近くでそれを見ていたミランダは体調が悪いのかと心配してくれたようだ。
この状況も私の知っているエデンとはまるで違う。
私が知っているエデンであれば、報告待ちをするNPCは特定の場所から動く事は無い。
ミランダは親の所在が不明な為、イリュシオンの孤児院でその身柄を一時預かるという流れであった。
ツヨシ君がその親の所在を見付けた場合、イリュシオンの孤児院で待つミランダに報告する事でイベントが進行するというのが本来の流れなのであろうが、そのミランダはどういう事か彼と行動を共にする事になってしまっている。
私が抱えている同様のイベント絡んでいる同族のミルルの方はイリュシオンの宿に籠もったままなので、ミランダがツヨシ君と行動を共にしているというのが本来のイベント進行と異なっているのが見て取れる。
イリュシオンからアンビティオの道中はこの世界の時間で四日程。
プレイヤーは昼夜関係なく活動する事が可能だが、基本的にNPCは昼間の活動だけで夜に活動をする事はしない。
この作られた世界の空が茜色に染まる頃、休み無く移動していた乗り合い馬車は街道の脇に留まり、その乗客たちは野営を行う為の準備を進めている。
「ツヨシ兄ちゃん、お腹空いたぁ」
乗合馬車の乗客たちが野営の準備を進める中、ミランダはツヨシ君に甘えた声で夕飯をねだる。
「僕たちはまだお仕事だから、悪いけど一人で食べてね」
そう優しくミランダに言って、ツヨシ君は自身の
それを受け取るとミランダは嬉しそうな表情を浮かべ、その場から立ち去って乗合馬車の中に戻っていった。
ミランダのこのツヨシ君に対しての発言も今までのNPCであれば有り得ない事のひとつに挙げられる。
私自身もつい忘れがちになってしまうが、彼のキャラクター名は超絶無敵王であり、ツヨシというのはアカウント名である。
NPCが名前で呼ぶ場合、アカウント名で呼びかけるという事はエデンであれば決して有り得ないのだ。
なのに彼女は彼の事をキャラクター名で無く、私の呼び方と同様のアカウント名でコミュニケーションを取っているのである。
「ちょっと良いですか?」
眠気を感じる事も無く灯りを確保する為の焚き火を前にしているとツヨシ君は声を掛けてきた。
護衛対象のNPC達は各々で用意したテントの中で静かにその身体を休めている。
「師匠、この世界って本当にゲームなんですかね?」
「そのはずだけど……」
NPCと思われる人々の反応が急激に変わった事に対しツヨシ君も違和感を感じていたようだ。
そのツヨシ君の疑問に私は昏睡してしまった時の事がよぎる。
記憶にある
そんな迷いもあり、この世界がゲームだと確信に近かった思いが揺らいでしまう。
「僕達が寝てしまった前は他の人達は同じ事を繰り返し言うばかりでしたよね? でも、街中で寝た後はその度に言う事が違うんですよ。まぁ、僕たちが何してても気にしないってのはあまり変わってないみたいですけど……」
ツヨシ君の言っている通り、激しい眠気に襲われて目覚めた後にNPCの反応が劇的に変わった。
あの時どれくらい眠っていたのかは分からないが、昏睡に陥った時とほぼ変わった様子が無かった為、意識を奪われていたのは長くても数分程度だと思われる。
しかしその数分でこのエデンに似た世界は見た目こそ変わらないものの、別の世界に書き換えられたと表現して良いくらいに変わってしまった。
眠りに落ちる前はそれこそプログラムに従って動作しているだけのオモチャの箱庭だったものが、突然血肉の通った生きている世界に生まれ変わったと言っても過言では無いだろう。
「それでも行動に関しては関連した技を持っていないと身体は動く事が無いってのは変わってないんだよなぁ。自分の頭の中にしか
ツヨシ君に答えるというよりは自分自身に言い聞かせるようにそんな事を言う。
「アタイ自信、
まとまらない考えを無理矢理言語化するようにそう告げ、眼下で火を湛える焚き火に視線を戻す。
ツヨシ君もそれ以上何かを話す訳でも無く、私のと同じ様に焚き火の前で膝を抱え夜が明けるのを待つのだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「御者さん、あれは何です?」
夜が明け、移動を開始した乗合馬車の御者席から遠くに見える構築物が気になって聞いてみる。
昨日はツヨシ君が今の私の場所で護衛をしていたが、今日は私の番である。
街道を進む馬車は比較的見通しの良い場所が多く、現在もそんな中を緊張感も無く進んでいた。
「あれ、ですかい? あれは古代に滅びた文明の遺跡だなんて言われていますね。中は荒れ果てていて見るものなんてないですよ」
街道から程なく離れた場所に横たわるその半ば朽ちた巨大な構造物に私は見覚えがあった。
「ツヨシ君、ミラちゃん、面白いものが見れるよ」
後ろの客席でミランダの相手していたツヨシ君に声をかける。
エデンで見掛けたものとは若干異なるが、幅の広いずんぐりとした巨体は一部を大地に沈め、その姿を晒していた。
「何あれ? お姉ちゃん、あの大きな建物にミラ行ってみたい!」
客席から顔を出したミランダは珍しい形の構築物に興味津々な様子で興奮気味に言う。
「師匠、あれって飛行機ですか?」
ツヨシ君の方は
確かにツヨシ君の言うように見方によっては地上からそびえるそれは飛行機の翼のようにも見える。
その翼部分であろう箇所は朽ちて半ばからその存在は失われていたりするのだが……
「向こうの世界では宇宙船じゃないかと噂されていた物だね、こっちに来て早々に見れるとは思わなかったよ」
「嬢ちゃん、そのウチュウセン……? って何だい?」
隣で馬を操る手はそのままに聞いてくる御者。
「あそこまで行く事が出来る空飛ぶ船の事さ」
そう言って、その存在を見せつけている双子星を指さす。
「嬢ちゃん、そりゃ夢がある話だねぇ。だけど大人をからかっちゃいけねぇ、あんな大きな物が浮かぶ訳無いだろ」
私が言った事を全く信じないかのように御者はカラカラと笑う。
「アタイはそれなりの歳だし、子供じゃないよ!」
そう抗議するが、その言葉を御者は信じないみたいで笑顔で崩れたままの表情は変わる事は無かった。
無言のまま道中を進むよりは気が紛れるのは確かだが、柔軟な対応をするようになったNPCに対して少々苛立ちを覚えるのだった。
「師匠、あそこへ行くんです?」
そんな私をからかい半分の御者の事など気にしない様子で、ツヨシ君は聞いてくる。
「アンビティオに着いた後だろうね、ミラちゃんも落ち着ける場所を用意してやらなきゃならんだろ」
「えぇ? ミラもお姉ちゃんたちと一緒に行くぅ!」
自身が気になった場所に行く事が適わないと思ったミランダはそう抗議の言葉を口にする。
「駄目だよ。ミラちゃんは悪い人達に捕まった時みたいにまた恐い思いをしたいのかい?」
感情豊かに反応するようになったNPCである彼女にそう聞いてみる。
これがイベントに関する対応なら私が何と言おうと世界の強制力が働いて、それに抗う事はできないだろう。
「……むぅ」
だがミランダの反応はただ頬を膨らましてそっぽを向くだけだった。
「僕たちだってあそこに行くかどうかも今はまだ分からないんだ。もし行くなら、その時はどうだったか、お話してあげるから、それじゃ駄目かい?」
そっぽを向いて拗ねてしまったミランダに対してツヨシ君は優しく語りかける。
「ミラの事、置いていったりしない?」
そっぽを向いたまま小さな声でそう呟くミランダ。
「置いていったりなんかしないよ、約束する」
彼女の頭に手を置いて優しく言うツヨシ君。
「お兄ちゃん大好き!」
その言葉に華を咲かせるような笑顔でツヨシ君に抱き着くミランダ。
何だコレ、まるで私が悪者みたいじゃないか。
御者にはからかわれ、ミランダには拗ねられ、NPC達が感情豊かになってからというもの、何だか振り回されてばっかな感じだ。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「お疲れ様でした。今回は何事も無く到着できて安心しました」
イリュシオンから出発して四日目の夜に私達はアンビティオに到着し、門を潜った先で御者にそう声を掛けられていた。
護衛依頼だと野盗に襲われたりするのが定番だが、今回はその確率を引き当てなかったみたいだ。
報酬である二百クレジットを受け取り、乗合馬車をを後にする。
「さて、教えて貰った宿を取ろうかね?」
このアンビティオという街は中央に闘技場を構え、それを囲むように様々な施設が存在する。
道中でテレポーターに関して聞いたのだが、この街には無いとの事だった。
エデンではある程度大きな街にはテレポーターがあった為、それが無いと聞いた時は驚いた。
「宿のご飯、美味しいと良いですね」
ツヨシ君はミランダと手を繋いではぐれないようにしてそんな事を言う。
「今日はいつもと違うお肉食べられる?」
「うん、美味しいご飯食べられるよ」
「ミラね、ハンバーグ食べたい!」
手を繋ぎ、そんな事を話しながら宿屋に向かうツヨシ君はすっかりミランダの保護者といった感じだ。
その食いしん坊ぶりも彼に似て来た気がするのは、接触したプレイヤーの影響を受けるからだろうか等と考えてしまう。
何を食べても味を感じない私には少々寂しさを感じたりもするが、私はそんな彼らの後を追うのだった。
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