14 初志貫徹

「ふぅ……これでやっとか……」

 たいして強くも無い猿を木の上から撃ち落とし、そのレアドロップである至福の木の実を回収する。

 たった五つ集める為に結構な時間を費やしてしまい、手持ちの猿の肉を確認すると八十六も集まっていた。


「ツヨシ君は今頃どうしているかな?」

 自分とツヨシ君は特別な武具を入手する為にそれぞれ別行動を取っていた。

 私は猿が隠し持っている至福の木の実を五つ回収し、それの納品。

 ツヨシ君は傭兵ギルドの訓練場にて三人の駆け出しランクギルド員に勝利する事で壊れる事の無い武器を入手できる課題クエストを行っていた。

 先程クリアしたばかりのランクアップ課題クエストの難易度からしたらツヨシ君の方は問題無いと思われるが、私の方の課題クエストと比べると手間の面倒さに大きな差があるように感じる。


「非破壊盾の課題クエストあるし、さっさと戻りますかね……」

 独り言を呟き、イリュシオンに戻るのだった。




「師匠、遅かったですね」

 至高の木の実を納品し、壊れる事の無い弓を交換した後、食堂を覗くとそこではツヨシ君が相変わらずの良い食べっぷりで私の帰りを迎えてくれた。


「問題無かった?」

「余裕でした」

 肉料理を頬張っているツヨシ君にそう声を掛けると、彼はその拳にはめた赤い指貫きグローブを私に見せて応えた。


「師匠の方は結構時間掛かりましたね、何か問題あったんです?」

「目的のドロップ品がなかなか引き当てられなかったんだよ」

「以前師匠が話していた物欲センサーってヤツです?」

「かもね……」

 物欲センサーとはプレイヤーの欲求を正確に読み取り、ひとたび発動するや本来ならば多少の努力でドロップする筈のアイテムがさっぱり入手できなくなり、代わりに別のドロップばかりで溢れる現象をいう。

 本来のセンサーとは検知器の事を指す単語で、目的の物を探す時に使われる機器のはずだが、その意味とは真逆で使われるのはネットスラングの興味深いところだと思う。

 これに対抗するするには自身の持つ幸運にものを言わせるか、ひたすら無欲になる事なのだが、悲しいかな人間は欲で進化してきた生き物と言っても良い。

 ちょっとやそっとじゃ無欲になれないのは私自身も同様である。


「そんな感じで結構な時間が掛かってしまったから、壊れな盾を取りに行くのは明日の方が良いと思うんだ」

 この壊れない武具は攻撃手段となる熟練スキルそれぞれと、いくつかの熟練スキルを取る事で得られる職業に用意されている。

 性能としてはプレイヤーが生産する装備よりも劣るが、耐久を失えば消滅するのが当たり前のこの世界でそれが起こらないと云うのは大きなアドバンテージである。

 そしてそれらの装備は壊れないだけで無く、自身の熟練スキルの度合いによって武具が成長するのである。

 店売りの品々は質も良くなく、高位の熟練スキルで扱える物が売られていないのも考慮すれば手軽に入手できる武具としては最高の物であるとも言える。


「僕は急いでいないですし、のんびりで良いですよ」

「それでね、特別な装備を入手した後の話なんだけど、アタイは弓の熟練スキルを極めるのに多くの傭兵が集まると言われている東にあるアンビティオって街に行たいと思っているんだ」

「それじゃ僕の格闘もその街に行けば強くなれるって事ですよね?」

 私の次の目的地を聞き、ツヨシ君の声は一段回トーンが上がる。


「そうだね。それとエデンでは戦闘職で遊んでた人も多かったから、もしかしたらツヨシ君以外のプレイヤーもその街で会えるかもしれない。それも期待してそこに行こうとも思ったんだ」

「新しい場所、楽しみですね」

 ツヨシ君は本当にこの世界を楽しんでいるようで、その声は明るいものだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「その程度の盾捌きではまだまだだな、出直すが良い」

 ツヨシ君は目の前の大柄で褐色の肌を持つ男の攻撃にふっ飛ばされ、これで四度目の壊れない盾獲得の挑戦に失敗し、再挑戦をするよう告げられていた。

 壊れない盾を求めて私達は傭兵ギルドから課題クエストを貰い、鉄壁の鬼人の二つ名で呼ばれるオーグル族の元に来る。

 オーグル族は人族よりも大柄で筋肉質、そしてその額には数本の角を持つ人形ひとがた種族であり、プレイヤーとしても選択可能な種族である。


「がんばれ~」

 気の抜けた声でツヨシ君の事を応援する。


「師匠は良いですよね、一回で課題クエストを終わらせちゃったんですから。何かコツとかあるんですか? よっつも技があると、攻撃を捌く時にどれ選んで良いか分からなくなっちゃう時があります」

「コツかぁ……コツとは違うけど、盾の防御を行う際に楽にする方法はあるよ」

「どんな方法なんです?」

「多分、今のツヨシ君は視界の脇に盾で使える技を並べておいて、それを使いたいと思った時にその技を確認して使ってると思うんだ」

「そうですね、技は視界の脇に置かないと使えないって教えてくれたのは師匠ですから……」

「でも色々な技が使ええるようになって来ると、その登録枠だけじゃ足りなくなると思った事は無いかな?」

「えっと、今覚えている技が格闘でよっつ、盾でよっつ、それと普通に殴る時の技だから全部で九つで、まだ空いてる枠は二十一個あるから大丈夫だと思うんですけど、足りなくなるんですか?」

 視界の脇に表示させる技のアイコンを登録可能な枠は十個一列の三段までの最大三十を表示させておく事が可能だが、熟練スキルが上がると、それに伴って使える技が増える。

 それらを全て登録枠に入れておくのは不可能になる。


「確実に足りなくなる時が来るよ。だからね、同じ系統の技は重ねてしまう事でその圧縮が出来るんだ」

 そう説明するとツヨシ君は視界脇においてある技のアイコンを操作しはじめたみたいだ。


「あ、本当だ。重なった」

「そうやって重なった技は使用可能なものから順次使うから、ひとつの技を使うのと同じ使い勝手で複数の技を使える感じになるんだよ」

「それは便利ですね。師匠が一回で課題クエストを終わらせたのは、技の圧縮をしていたからです?」

「そうだよ。でも、その技の圧縮も便利なだけじゃないんだ。個別に技を扱っていた時はそれぞれの再使用時間を確認できてたと思うんだけど、重ねてしまうとそれらが見えなくなってしまうんだ」

「でも、それくらいならあまり気にしなくても良いような…… 今度こそ課題クエストをクリアするぞぉ!」

 そう言って、ツヨシ君は五度目の盾獲得課題クエストに挑戦する為、鉄壁の鬼人にその旨を伝えるのだった。




「盾捌きの試験で攻撃して何とする!」

 鉄壁の鬼人は攻撃の手を止め、ツヨシ君にそう告げる。

 五度目の挑戦も失敗に終わったようだ。


「師匠……」

 ツヨシ君は再度私の所に来てションボリとした感じで漏らす。


「もしかして盾の技、全部重ねちゃってた?」

「……はい」

 盾の技の中にはそれで攻撃するものも含まれている。

 当然、それも含めて技を重ねてしまえば、盾で攻撃を捌く以外にそれ使った攻撃も出してしまう結果になる。


「同じ系統の技とは言っても使用目的で重ねる技を考えないと、今回みたいになっちゃうかな。【盾攻撃】を重ねるなら格闘の技と重ねておいた方が良いんじゃないかな?」

 ツヨシ君にそうアドバイスを出すと、その意見を聞いて再度技を重ね直す。


「今度こそ!」

 そして技を重ねる編集をし終えたツヨシ君は勢い良く鉄壁の鬼人の課題クエストに挑みに行くのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「これで当初の目的だった特別な武具を入手する事が出来たね」

 結局ツヨシ君が壊れる事の無い盾を獲得できたのは八回目を迎えてからだった。

 入手したそれは今まで使っていた粗末な小型の盾よりも一回り大きく、形としてはナイトシールドと呼ばれるホームベース状のものに近い。

 苦労して入手した事もあってか食堂に居るにも関わらず珍しく彼は何も飲食する事無くツヨシ君はその盾を大事に抱えたままである。


「それじゃまだ陽も落ちて無いし、アンビティオに向かうための買い物や準備を進めようか?」

 他の街に移動する場合にはユーザーが多かったのもあり、そのユーザーが所持している乗り物に相乗りさせてもらったり、課金アイテムによる乗り物を利用したりと困る事は無かったが、こちらの世界ではどうなっているのだろうか。

 エデンでもNPCによる乗り合い馬車の運行というものも存在はしていたが、数日から十日に一本程度のものだった。

 走って行く事も可能ではあるが、結構な距離が離れている為に出来る事ならそんな面倒は避けたいものだ。

 とりあえず乗り合い馬車については東門を守っている衛兵にでも聞けば情報は得られるかな?


「ツヨシ君、東門の衛兵にアンビティオ行きの馬車について聞いて貰えるかな? 私はツヨシ君が情報集めしてくれている間に手持ちの肉を調理しちゃおうかと思うんだ」

「お肉焼くなら僕のもお願いできますか?」

「ほいよ」

 ツヨシ君から調理する肉を預かる。


「調理場、少し借りるよ」

 食堂の奥に入り込み、いつまで経っても完成する事の無い料理をしているNPCに声を掛け自分の調理をはじめた。


『そのうち壊れない調理器具や収穫道具も何とかしないとね…』

 肉を焼くフライパンを振りながらそんな事を思う。

 全ての熟練スキルに壊れない装備は存在するが、それは【調理】や【収穫】の熟練スキルなどに関しても同様だ。

 調理熟練スキルで得られる道具は包丁、フライパンのふたつ、収穫に関しては鍬と鎌のふたつがある。

 その他にも今はまだ熟練スキル上げをしていないが、飲料や調味料を作る為の【製法】で得られる計量カップなんてものもある。

 この街の料理人ギルドでは包丁やフライパンを得られる仕事クエストは無かった事から、他の街の料理人キルドでの仕事クエストだと推測する。

 次に向かう予定のアンビティオは傭兵が数多く集まる街との事なので、そこらの生産道具に関しての仕事クエストについては期待薄だろう。

 壊れない道具類は得られないにしても、出来るなら料理人としての職業装備だけでも何とかしたいとは思っている。

 そんなこれからの色々に思いを馳せながら流れ作業の如く肉を焼いていると、思いの他苦もなく手持ちの肉は処理を終えていた。


「さて、肉の調理も終わったしツヨシ君はどうなったか、迎えに行こうかね」

 焼いた肉をインベントリに収めながら独り呟き調理場を後にする。




 東門に向かう途中の道で見慣れた人物が横たわっている。

 その人物は東門の衛兵にアンビティオ行きの馬車について聞きに行ったツヨシ君だった。

 彼は以前、無銭飲食を繰り返し、この街の厄介者として衛兵に切り捨てられるような事もあったが、その信頼を回復させる為の仕事クエストを数多くこなし、今ではそうやって街中で倒れている事は有り得ないはずだ。

 なのに彼は道の往来で横たわっている。


「ツヨシ君?」

 そう声を掛けようと、彼に近付こうとするが、その途端激しい目眩に似た感覚に襲われる。

 頭の中は朦朧もうろうとし、それに抗う事も出来ずその場に倒れ込むように跪く。

 この感覚を私は知っている・・・・・

 これはこの世界に来てから全く感じる事の無かった激しい眠気・・だ。

 その抗い難い欲求に意識を奪われそうになりながらも、いつも明るい声で慕ってくれている彼の姿を確認する。

 どうやら彼は私よりも先にこの抗い難い欲求にその身を委ねてしまっていたようだ。

 何故このタイミングで急に……?

 そう思考を巡らそうとするが瞼は鉛のように重く感じ、それらの意思は奪われてしまうままに任せるしか無かった。

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