13 初見殺し

「師匠、僕はやっぱりこの世界がどうだとか言われてもやっぱり全然分からないです」

 そう話してきたのは別々に狩りをはじめてからこちらの時間で二日ほど経ってからの夕刻の頃だった。

 その間に交わした言葉は今までよりも極端に少なくなり、そうツヨシ君から話しかけられたのはお互いの狩りが終わって料理人ギルドの食堂で顔を合わせた時の事だった。


「そうだよね、ツヨシ君はこの世界の事すら何も知らないのに放り出されただけなのに、更に色々あると言われても実感なんて沸かないよね」

 以前にも似たような話題を出した時にツヨシ君は同じような感じになっていたというのに、私というヤツはゲーム知識だけあっても人付き合いの面では全く以て何も学んでいない事を思い知らされる。

 自身を取り戻したいという想いばかりが先走り、その想いを伝えたところでツヨシ君の想いとは無関係だ。

 私の想いを彼に押し付ける訳にはいかない。


「今は駆け出しランクに上がる為に自身の熟練スキルを上げる事に専念しよう」

「師匠……」

 ここ数日言葉を交わしていなかったせいもあるのだろう、ツヨシ君は自分の想いを言葉というかたちに昇華できないのだろう。

 そう思ってしまうのは私の独りよがりなのだろうか。


「とりあえず、盾と格闘の熟練スキルをできれば四十近くまで上げれば多分、駆け出しランクの試練は乗り越えられると推測してる」

「それなら明日の狩りでどっちも四十は超えられると思います。そしたら師匠も一緒に試練に挑んでくれますか?」

 その声はまるで迷子になり、親を求める子供のように弱々しいものだった。

 以前に話しをした求めるものの違いや私の想いの言葉の事もあり、この全く知らない世界で独りになってしまう不安からのものだろう。


「もちろん、その為に狩りをしてるのだろ?」

 そんな彼の不安を取り除く為に明るい声で応える。


「そうでしたね、それじゃ明日は頑張ります」

 私の返答にツヨシ君は安心したようで、先程までの弱々しい声とは対象的に朗らかな声で返してくれる。

 その晩は他愛の無いお喋りをして過ごしたが、自分の人としての未熟さに少しだけ苛立ちを覚えるのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「幕開けの洞窟に挑むまでに随分と時間が掛かっちまったねぇ」

 イリュシオンの南門を背にし、その街道を歩きながらツヨシ君に語りかける。

 昨日の狩りを終えた時点で私もツヨシ君も自身が扱う攻撃手段の熟練スキルが四十を超えた。

 なので本日は受けたままで放置していた駆け出しランクの試練をクリアすべく、幕開けの洞窟と呼ばれる場所に二人して向かっていた。


「でも、お肉は一杯集まりましたよ」

 そう言いながら焼いた鹿肉で自らの腹を満たすツヨシ君。


「新しい場所ってワクワクしますね」

 街道を歩きながらそう云うツヨシ君の声は弾んでいた。


「ランクアップしたらスグに特別な武具を取りに行けるように頑張って来たんだ。お互いに新しい技も覚えたし、余裕で突破できるんじゃないかな?」

「色々新しい技も覚えたし、早く試したいなぁ」

 武器の熟練が上がった私達は新しい技を覚えた。

 ツヨシ君が覚えたのは足技の基本でもあるローキック、相手の頭蓋に衝撃を与え軽い脳震盪のうしんとうを起こさせるスタンブロウ、力強い中段蹴りで相手を攻撃対象を転ばせるサイドキック、力の限りで殴り付けるブロークンフィスト。

 この中で扱いづらいのはブロークンフィストだろうか。

 自身の持てる最大の力で殴り付ける為、その拳を痛める事になるので多用する事は出来ないが、防御力を無視して絶大なダメージを与える事が出来るので、切り札としては心強いものとなるだろう。

 私が覚えた技は複数の矢を連続して放つバルクシュート、脚や下半身を狙い機動力を奪うシースブロウのふたつの技を覚えたのだった。


「新しい技を覚えたけど、今回はそれにはあまり頼らないで試練に挑んだ方が良いと思うんだ」

「何故です?」

「技って使うと疲労度が蓄積されるんだけど、あまり連続して使うと息切れしてしまうんだよ。どれだけ使えば息切れしちゃうのかは、【持久力】の熟練スキルによるんだけど、三十から四十程度ではすぐに息切れして、普通に動くのすら動きが鈍くなってしまうから多用できないと思っておいた方が良いよ」

 そう技の使用についての注意点を説明する。

 私ひとりであれば色々試した記憶があるので、一気に技を増やしてもそれなりに使う自信があった為、必要になった時に一気に覚えてしまっても問題は無かったが、ツヨシ君はそうでは無い。

 本来であればその使い勝手を確かめながら熟練スキルの上昇に合わせて技をひとつづつ追加して戦闘に組み込んで行くのが良いのだが、これも私自身が下手にエデンと云うゲームに慣れていたが故に失念していた事だった。


「ごめんね、本当はもっと早くに技については教えてきゃならなかったのに、その事を忘れてて……」

 師匠と慕ってくれているのに、自分の事ばかりで色々と駄目駄目なそんな自身が嫌になる。


「でも覚えた技を使いこなせれば強くなれるんですよね? ならゆっくりでも確実に使いこなせるようになりますよ」

 そう無邪気に答えるツヨシ君、そんな彼の対応に私は少しだけ気持ちが楽になる。


「師匠、沼ってあれの事じゃないですか?」

「目的の洞窟は雑木林の中なのかねぇ?」

 そう声をかけられ、視線を前方に向けるとその水面が陽の光で反射した沼が確認できる。

 その沼を囲うように雑木林が広がっているが、目的の洞窟らしきものは見当たらない。


「行ってみれば分かりますよ!」

 そう言ってツヨシ君は沼に向けて走り出した。

 その楽しげにも見える彼の姿に私の心も軽くなり、その後を追う。




「ここ……なのかな?」

 雑木林のなかをしばらく散策して見付けたのは地面にぽっかりと緩やかな斜面で地中に誘う穴だった。

 確かに洞窟と言われればそうなのだろうが、イメージしていたものとは違った。


「とりあえず入ってみない事にはどうしようもないね」

 地面に空いた穴は陽の光も届かず奥は闇に染まっている。

 私はインベントリから松明を取り出す、するとそれは勝手に炎が灯りその役割を果たそうとする。

 ゲームである時は気にしていなかったが、こうやって松明を取り出してみると勝手に炎が上がるのは何とも違和感を感じてしまう。

 何でもリアルに再現するのが良いとはも言えないが、これはまりにも不自然では無いだろうか?


「ツヨシ君、先行してもらえるかな? アタイは後ろから援護に徹するからさ」

「了解です」

 そう言ってツヨシ君は闇に染まった洞窟に歩みを進め、私もその後に続く。

 暗闇の中をしばらく進んで行くと、キーキーと上部から鳴き声が聞こえ、その松明の明かりに驚いたのかコウモリらしき生物が洞窟の出口を目指して飛び去って行く。

 そんな状態で時たまコウモリが目の前をフラフラを漂う感じで通り過ぎるばかりで、驚異となるようなものは特に感じられない。

 これではまるで肝試しをしているのと変わらない感覚だが、暑さ寒さもこの世界では感じないのもあって、それよりも緊張感を持てない。

 それはツヨシ君も同じだったようで、特に警戒する事も無く歩みは軽いものになっていた。


「──ッ!」

 そんな緊張感の途切れたタイミングで暗闇の中からツヨシ君の足元に絡み付くモノが突然現れ、その足元をすくう。

 足元に絡みついた青紫色のそれにツヨシ君は完全にバランスを崩し、地面に倒れ込む。

 慌ててその絡みつたものに拳をぶつけるが、腕の力だけでいくら叩き付けてもそれが外れる事は無かった。

 暗闇の中に引きずり込まれるツヨシ君に走り寄り、その足首に絡み付いたそれに手に持っていた松明を投げ付ける。

 するとその青紫のそれは松明の炎から逃れる為にツヨシ君の足首への拘束を解き、暗闇の中に消えた。


「大丈夫?」

 弓を闇の奥に向け、警戒したままツヨシ君に問う。


「すみません」

 ツヨシ君は立ち上がり、次の攻撃に備えて拳を握り締め腰を落とす。

 投げ付けられて地面でオレンジ色を湛えた炎の先に集中すると、人の背丈程もある大きな影が確認できた。

 私はその現れた正体不明の影に連続して矢を打ち込むバルクシュートを放ち、続いてシースブロウも叩き込む。

 これで少しの間だけだが暗闇の中の影の機動力を奪う事が出来た。

 私の攻撃に続きツヨシ君はその影に素早く近付き、その大きく振り被った拳を叩き付ける。

 その一連の攻撃に影の主は闇の中に崩れ落ちる。


「ブロークンフィストって結構な衝撃が腕に来るんですね」

 闇の中に完全に崩れ落ちて動かないそれを確認しながらツヨシ君はそんな事を言う。

 投げ付けた松明の炎は弱々しくなり、今にも消えそうな状態になっている。

 それが消えないうちに次の松明をインベントリから取り出すと、地面に投げ捨てられたそれは消滅する。


「これは蛙なのかな?」

 暗闇の中で倒れるそれに新たに出した松明を近付けると腹を晒した蛙らしきものが淡い明かりに浮かび上がる。

 その腹に手を添えてドロップ品が確認するが、そのアイテム名は骨付き鳥モモ肉を思わせるものに[?肉]と表示されてる物がふたつ確認できる。


「肉のドロップあるけど、ツヨシ君食べてみたい?」

 多分肉の正体は蛙の肉だと思われるが、【見識】の熟練スキルは全くの為、その正体が分からない。

 見極めが済んでいない物は加工ができない為、生産職を目指す者はある程度の【見識】熟練スキルは半ば必須とされる熟練スキルだった。

 しかしこんなに早い段階で【見識】熟練スキルが必要になるドロップがあるなんて思わなかったが、蛙の肉を食べるのは一般的ではないだろうから仕方がないのかもしれない。


「蛙って食べられるんです?」

 最もな疑問を投げ掛ける。


「私も実際には食べた事は無いからアレだけど、味は鶏肉みたいな感じって聞いた事はあるよ」

 ゲーム上は正体不明の肉ではあるが倒したものがどう見ても蛙な為、それであるとして話を進める。


「って、事は味は蛇肉と同じって事じゃないですか。もう食べ飽きてますよ」

 先程までの緊張感はどこへ行ってしまったのか、溜息混じりといった感じでツヨシ君は言う。


「とりあえず正体不明肉って事だから【見識】の熟練上げの為に使わせてもらうか」

「師匠、【見識】ってどんな熟練スキルなんです?」

「物品や生物を見極める能力かな。他のゲームでは鑑定として扱われているものだね。広く一般に知られているものなら【見識】は無くても問題ないけど、あまり知られていない物だったり生物だとこの熟練スキルが無いと何も分からないって感じになるんだ」

「でもこれ、蛙ですよね?」

「うん、見た目は蛙だけど、なんて呼ばれている蛙なのかとか、弱点とか分からないよね。そう云う情報が分かったりするのも【見識】熟練スキル次第なんだよ」

「弱点とか分かったりするんじゃ戦闘する時にも役立つって事です?」

「そうだね、でも生産職以外だとそこらの情報が分からなくても力押しできちゃったりもするから、戦闘をメインに据えたキャラで【見識】を上げてる人はエデンでは少なかったかな」

 そう、エデンで【見識】を取っている戦闘職の人は少ないというより皆無に近かった。

 それはネットを介してそれらの情報は開示されていたために【見識】の熟練スキルを取る旨味が戦闘職では無かったからである。

 しかしそれは情報がいつでも見れるエデンでの話に限った事であり、こちらの世界では事情が異なる。


「でもこんな場所に蛙なんて、所見殺しな感じな敵だったね」

「かなりびっくりしました」

「エデンとは違って今回みたいな不意打ちを貰わない為にも戦闘職でも【見識】は必要かもしれないね」

 そうツヨシ君にエデンとこの世界での【見識】の重要性の違いを説いて、再び洞窟の奥に歩みを進める事にした。




「これが駆け出しランクの試練証明の札なんですかね?」

 結局戦闘はあの蛙の一回だけで、それからしばらく歩くと最奥には石で作られたカウンターがあり、その上にいくつもの札が無造作に置かれていた。

 その札を弄びながらツヨシ君は聞いて来る。


「多分そうなんじゃないかな?」

 その札が置かれているカウンターを背に入り口の方を確認すると、この洞窟の入口がしっかりと確認できる。

 距離にして約百数十メートルと言った感じで、それ程深く無い洞窟である事が分かる。

 そうなると戦闘で実力を示すのはあの蛙を倒せるかどうかという簡単なものだったという訳だ。


「準備期間が長かったのもあって今回も拍子抜けする感じだったね」

 知らない世界だからと、想定される最悪の場合を考えて熟練スキル上げをしたが、結局は思っていたよりも試練は容易なものだった。

 取り返しのつかない事に陥るよりは良いと私は自分に言い聞かせる。


「この様子なら特別な武具を貰うのもそう難しく無いだろうね。とりあえず街に戻ってランクアップしてしまおう」

 そうツヨシ君に告げ、はじめての冒険の舞台になった幕開けの洞窟を後にした。

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