10 地下水路

「最終手段としてはここから侵入しないと駄目だろうけど、きっと正規ルートはここじゃない」

 魔術ギルドにある浄水槽から地下水道に行ってみたが、その中には地下水道を守るゴーレム達が複数配置され、生半可な戦闘力では太刀打ちできないのを経験し、逃げ帰ってきたに近い状態だったのをツヨシ君に告げる。

 最初の街だからと言って必ずしも敵性モブが弱い訳で無いのはエデンでも同様だった。

 特にこの様な普通に歩いていただけでは行けない場所は最初の街には似つかわしくない強力な敵性モブが配置されている。


「やっぱりもう一度話を聞くに行くしか無いようだね」

「それより凄く気になったんですが……」

「何?」

「どうして服を着たまま水に入ったのに全然濡れてないんです?」

「確かに濡れていないってのは実際に目の当たりにすると気になる点ではあるよね。でも、これに関してはゲームの仕様だからとしか言えないよ」

 この世界がエデンというゲームに限りなく近い現実だったとしても、私やツヨシ君のようなプレイヤー以外の人物がある程度決まった行動しかしないというのは不自然過ぎるし、そうならゲームそのものであると考えるのが妥当だろう。

 それ故に私はそうツヨシ君に対して答えるしか無かった。


「気になる事と言えばアタイも少し引っ掛かってるのがあるんだ」

「それは何です?」

「言葉にはっきると出来る訳じゃないんだけど、このイベント自体がなんか引っかかるというかモヤモヤするんだよねぇ。とにかくもう一度ルララに会ってみない事には手詰まりなのは間違いないね」

 そう言ってルララが居るであろう宿屋を探す事にした。


「それで改めて聞きたいんだけど、逃げ出した時どこから逃げて来たか教えて貰えるかしら?」

 イリュシオンはテレポーターを中心にして作られている街だが、宿屋は全部で五軒あった。

 この街はテレポーターに近い程高級地のようで、テレポーターからも確認できる宿屋は高級宿という作りになっていた。

 残り三軒の宿屋については商業区の中程にある中間層を相手にする為の宿屋が二軒、そして居住区に面した所の比較的安価とされる宿屋でルララを見付ける事ができた。


「そういえばお話していませんでしたね。私が逃げ出してこの街に出て来たのは南のにある池の近くのマンホールでした。多分、出てきたマンホールはそのままになっているでしょうから、探せばすぐに分かるはずです」

 そうあっさりとルララは自分が逃げ出して来た時の経路を教えてくれる。

 その後は他に有益な情報を得ようと色々話しかけてみたが、彼女の口から出る言葉は『同郷の者達が心配です』と同じ言葉を繰り返すばかりだった。

 これ以上情報を引き出す事はできなので、ツヨシ君と共に脱出経路に使用したマンホールを探す為にルララの居る宿を後にした。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「多分ここ、ですよね?」

 マンホールの蓋がズレたままの場所を見ながらツヨシ君は尋ねる。


「ここだろうね」

 人が入るには多少狭いようにも感じるズレたままのマンホール。

 私はそれを取り除き、中の様子を伺う。

 水の流れる音はするもののそれ以外は特に変わった音がしている訳では無い。

 中は明かりが確保されているようで薄ぼんやりと地下水道は確認できるが、その全容を確認できるはずも無い。


「とにかく中に入ってみるしか無いようだね」

 そう言って地下水道へ降りる為の梯子にをつたい、下に降りる。

 降りた周囲は水路に沿って歩く為の場所が狭いながらも両端に確保されており、その中央が水路として使われている作りになっていた。

 水路に流れる水はそう勢いがあるようには感じず、これならば流される事も無く地下水道をくまなく探索できるであろうと私は判断した。


「思ってたより綺麗なんですね」

 私の後を追って梯子を降りてきたツヨシ君が地下水道を見てそんな感想を漏らす。


「ツヨシ君、下水道と勘違いしていない? この水路は飲み水などで使う為に引き込まれているものだよ、汚かったら問題でしょ。それにメタな話になってしまうけど、私にしてもツヨシ君にしても飲食はするのにトイレの必要がないでしょ? この世界の生き物が全てそうなのだとしたら、水が汚れる要因ってそれ程無いと思わない?」

 空腹や渇水といった飲食に関するものは存在するのに、排泄に関しては全く触れられていない。

 ゲームなので当たり前と言えば当たり前なのだが、そこらが無いものとして世界が構築されているのだとすれば水が汚れるという要素の大部分も無い事になる。


「それよりもイベントを進めなきゃなね、目的は捕らわれている人達の開放であって違法奴隷商に関わっている人達の殲滅では無いって事。多分今の私達じゃ彼らと戦っても勝ち目は無いだろうから、この地下水路で捕まっている人達の開放だけでイベントそのものは進むと思うんだ」

 そうツヨシ君にイベント進行に関する情報を再度共有する。


「思ってたのは暗くて臭いイメージだったんですけど、それとは随分違いますね。明かりも確保されていますし……」

「さっきも言ったけど、下水道じゃ無いからね。明るいのは人が頻繁に出入りしているから明かり確保の面倒を避けるためか、ゲームの都合かは知る由ではないがね」

 そう応え、地下水道の散策を開始した。


「何か居るね」

 しばらく歩いていると人形の何かが視線の先に入った。

 ツヨシ君の歩みを手で制し、壁側に身を寄せて相手の様子を見る。

 向こうはまだ気付いていないようで、立ったままこちらに向かって来る事は無い。


「奴隷商のヤツらです?」

 声のトーンを落とし相手の素性を聞いて来るツヨシ君。

 だがその見た目は人形ひとがたではあるのもの不格好で、人では無いように思えた。

 目をこらして良く見てみると、魔術師ギルドから侵入した地下水道で相対したゴーレムのそれに近かった。

 ただ違うのはそれとは使われている素材が異なるようで色が違っている事にも気付く。


「どうやら地下水路を守っているゴーレムのようだけど、戦うしか無いのかねぇ?」

 歩いて来たのはここまで分岐など無く、一本道だった。

 先に進まなければならない以上、街の水源を守るゴーレムと戦わなければならないのは必須と思われる。

 魔術師ギルドの先で出会ったゴーレムは一定の範囲で近寄ると問答無用で襲いかかって来た。

 ならばその範囲外を歩けば……


「なんだ、泳げば良いのか」

 自身が逃げ帰って来た事を思い返してみれば、ゴーレムが執拗に攻撃を続けていたのは地に足が着いていた場所だけであり、水中までは追って来なかった。

 それと同様なら、脇に流れている水路に入ってしまえばゴーレムは入って来る事は無いだろう。


「ツヨシ君、ちょっと試して来る。上手く行ったらツヨシ君も同じようにしてゴーレムを回避すればいいよ」

 そういって、私は警戒しながらもゴーレムに近づく。

 ゴーレムとの距離が十メートル程になった時、攻撃に移る範囲に入ったのかその不格好な人形ひとがたはその腕を振り上げながらおもむろに私に近付い来た。

 私は慌てる事なく水路に身を躍らせゴーレムの様子を伺う。

 ゴーレムと私との距離は二メートル程で水の中に入って来れば容易にその振り上げた腕で私を殴打する事は可能な距離だ。

 にも関わらず、そのゴーレムは入水して来る様子は無い。

 それにそのゴーレムをよく見てみれば砂で形成されている。

 砂のゴーレムであれば入水すれば、その形を保つのも難しいだろう。

 それらの様子をじっくり観察し終えると、ツヨシ君に向かって手を降って安全である事をアピールする。

 するとその合図で伝わったようで、彼も水路に入って私に近付いて来た。


「何だか水の中に入っている感じはするのに冷たくないのは変な感じですね」

 合流したツヨシ君はこの世界ではじめて水に入った感想を言ってきた。


「暑さ寒さも感じない訳だから、水の冷たさも感じないのは仕方がないんじゃないか?」

 そう戯けて言葉を返す。


「これでゴーレムの心配はしなくて良くなったね」

 そう水の中で言葉を交わし、腕を振り上げたままの砂のゴーレムを無視して捕らわれた人達を探す事を再開したのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「どうしてこうなった……」

 水路を歩く為の通路には十体近い砂のゴーレムが腕を振り上げたまま私達を追い続けていた。

 水の中を進む事でゴーレムからの攻撃を回避する事には成功したが、侵入者を認識してそれを追うという事に関しては何の解決にもなっていなかった為、次々とゴーレムが増え続けてしまった。


「これ、どうやって通路に戻るんです?」

 通路で押しくら饅頭をしているゴーレムを見ながら呆れた様子で問い掛けて来るツヨシ君。

 エデンであったなら引き連れをある程度したとしても途中で元居た場所に戻って行くのだが、こっちの世界はいつまでも私達を諦める事はしてくれなかった。


「仕方がないね」

 こうなってしまっては対処しない訳にいかず、左手に弓を装備する。

 水中で足元はおぼつかないが、数を撃てばそのうち何とかなると思いながら矢を放つ。

 無生物であるが故に反応も無いが、手持ちの矢が尽きる前には何とかなるだろう。

 何とかならないなら一時撤退して、体制を立て直してからの再挑戦すれば良いと思いながら矢を放ち続ける。


「師匠、何だかずるいです」

 だが思っていたのとは嬉しい意味で裏切られ、大量に買い込んであった矢が半分が無くなる前に十体程居た砂のゴーレムは砂山と化していた。

 ゴーレムが砂山と化す間に私の筋力、耐久、持久、弓、水泳などの熟練スキルが上がった事を知らせるファンファーレがそれなりの数回鳴った。

 砂山に触れドロップアイテムを確認するが、お金に変わるようなものも無かったのですのままの状態で放置する事にする。

 本来であれば熟練スキルの成長をさせながら進めるイベントであったのだろう。

 ただ熟練スキルの上がり具合から見ると魔術ギルドで相手したゴーレムよりは数段弱い事は推測できた。


「まあ、とりあえず対処できるのも分かったし問題無いとしておこうよ」

 ことらの世界に来てからというもの、何だか行きあたりばったりな事ばかり繰り返しているような気がする。

 エデンで活躍していた頃はそんな事は無かったと思うのだが、本当は以前も行きあたりばったりであったにも関わらず、その記憶が都合よく奪われているだけじゃないかとも思ったが、覚えていないものは仕方がない。


「とりあえず、このイベントは遠距離攻撃手段があれば難易度としてはそれ程でも無いって事だね」

 そう誤魔化すように言って、通路に上がる。

 そしてツヨシ君に手を貸して彼も通路に上げ、そのまま通路を進むと今度はゴーレムでは無く、革鎧に身を包んだ人物が遠くに確認できた。

 その人物の背には扉らしき物が確認でき、水路を挟んでもう一人、その人物の背にも同様の扉があった。


「ツヨシ君、あれ」

 声を潜めて指で人物らを示す。


「いかにも怪しいですね」

 それぞれの扉を前にそれを守るように立つ二人。


「片方お願いできる? ひとり空いて仲間呼ばれるの面倒だし」

「分かりました。でも僕じゃ手こずると思うんで、フォローお願いしますね」

 そうツヨシ君は言って剣と盾を装備し、戦闘に備える。

 私は対岸の通路に移動し、弓を構えながら確認した人物にゆっくりと近づく。

 その私の歩みにツヨシ君も合わせる。

 ゴーレムの時と同じ様に十メートル程の距離で革鎧に身を包んだ人物は私達に気付いた様子で腰に下げていた剣を抜き、走り寄って来た。

 そのタイミングで私は構えていた弓を放ち、ツヨシ君は接敵する為に走り出す。

 一対一の二組による激しい戦闘は……はじまらなかった。


 私の放った第一射は革鎧の男の左肩に命中し、続く第二射は右の腿に命中する。

 すると革鎧の男はそのまま倒れて動かなくなってしまった。

 あまりにもあっけなく倒してしまったが故に私は呆然としてしてしまったが、まだ戦闘は終わった訳では無い。

 戦闘を継続しているであろうツヨシ君を確認すると、振られた剣を盾でいなしているところだった。

 ツヨシ君の援護をする為に自身が倒した男を踏み越え、彼にに矢を当てない場所に移動する。

 そして矢を放とうとしたその時、ツヨシ君を相手していた人物も膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなった。


「師匠、これ凄く弱くないですか?」

「うん、あっけなかったね」

 ツヨシ君のその意見には同感、まさかこんなにあっさりと戦闘が終わってしまうなんて思ってもみなかった。


「とりあえず、こいつらは何を守っていたのか確認しなくちゃね」

 あまりにあっけない戦闘であったが、目的は捕えられた人物の開放である。

 扉のノブにはいかにもな鍵穴があり、ノブを回してみたが当然のように動く事は無かった。

 倒した男に触れ、獲得可能なドロップ品を確認する。

 獲得可能なドロップ品は百八十六クレジットと、鍵を模したアイテム。

 その鍵と男が持っていたクレジットをありがたく頂くと、ドロップ品が無くなった対象は消失する。


「ツヨシ君、そっちの倒した相手のドロップも確認しておいてね」

 そう言って拾った鍵をドアノブ差し込み回そうとするが、鍵が合わないようで回す事ができない。

 鍵がドロップできるのだからこれで開けられると思ったのだが、違ったのだろうか?

 何にしても扉が開かないのではしょうが無い。

 対岸に居るツヨシ君と合流してどうするか考える事にしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る