09 火属性魔法なんてモノはありません
「どうやって逃げ出したのか、聞き忘れたのは失敗したなぁ」
またやってしまった。
強制イベントを受けてしまった私は自分の軽率さに溜息まじりに言葉を漏らす。
エデンであれば受けたイベントの詳細や進め方などネットを介して攻略情報を辿る事ができるが、この世界ではその方法を使う事ができない。
この世界に降り立った時にその方法が期待できないのは認識していたはずなのに、あまりにもエデンに似た
ルララは宿を取っているって言っていたし、その宿を探せばそこらの情報は得られるのかな?
何にしても今は街全体を散策して、捕えられた者達に関する手掛かりを見付けなければならないだろう。
「師匠、どこから探します?」
「怪しいと思う場所はふたつ程あるんだけど、今回の件に繋がるかは自信無いんだよね。ってか、そこから地下水道に入れたとしても本来のイベントの道筋とは違うのは分かってるし……」
この街、イリュシオンはテレポーターを中心に商業区が設けられており、更にそれを囲むように居住区が存在している。
その居住区を取り囲むように六ヶ所の人工池を活かした公園が設置され、その公園を取り囲むように壁が設置されているという構造で街が形成されている。
この人工池の水源がどこから引かれているのかは今の状態では知る限りでは無いが、この街の付近に大規模な水源があるのは間違いないだろう。
そしてこのゲームは目に見える全てのものが冒険の舞台になる。
空中や水中であっても、だ。
だからこそ、地下水道という場所がルララによって提示された時、まっさきに思い浮かんだのが街を取り囲む人工池の存在だった。
しかし同時にその人工池を通ってルララが逃げて来たとも思えない。
何故ならどこに流れ着くかも分からない状態で水の中に飛び込むだろうか?
答えとしては否、だ。
だとすれば人工池の他に地下水路に侵入できる経路が存在するはずで、そこからの侵入が今回のイベントの目的地である違法奴隷商のアジトに最も近い場所だんだと推測する事ができる。
「とりあえず気になる場所の確認だけでもしておくとしようかね」
そうツヨシ君に告げ、散策の時にみつけた気になる人工池の場所に向かう事にした。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「なんかあんまり大きくは無いんですね」
到着した人工池を目の当たりにしてツヨシ君がそんな感想をのべる。
「中世を模したファンタジー世界として考えればこれでも充分に大きとアタイは思うぞ。魔法が存在するとはいえ、その大部分は人力だろうしね」
「魔法、あるんですか?」
「あるよ、ギルドの説明した時に話してなかったっけ?」
「してませんよ」
そっか、説明していなかったか。
まぁ、必要になった時に話すれば良いかな。
「まぁ後で魔術師ギルドにも行くから、その道すがら魔法については説明するよ」
そう言うとツヨシ君は納得してくれたようで、それ以上何か言う事は無かった。
その様子を見て、私は再度人工池に目をやる。
池は対岸まで三十メートル程の円形をしており、その中央に巨大な人物像が街の中央に顔を向ける感じで建っている。
「こんな場所があるなんて知りませんでしたよ」
「門を通る道は池の中間辺りにあるからねぇ。公園もそれなりの広さがあるし、気にして歩いてみないと外壁近くの場所なんて普通は来たりなんかしないさ」
人工池の水はそれなりの透明度はあるものの、今は夜の為にその全貌を確認する事ができない。
「それで師匠、この池が地下水路へ行ける場所だと思ってるんです?」
「いや……六つあるうちのどれか一箇所。ここはさっき居た場所から一番近かった為に来ただけ。あの中央にある像の下が怪しいと個人的には見てる」」
「って、事は船とかも見当たらないですし、あそこまで泳ぐんですか?」
「そうなっちゃうね」
私の返答を聞いてツヨシ君は少しだけ顔を歪める、表情はシステムに制限されてるからそれ程には見えないけど心情的にはきっと物凄く嫌なんだろうな。
公園の中にある広い池なのに、遊覧用のボートとかどの池にも無かったんだよなぁ。
「でも、池から地下水道に続いていたとしても今のアタイ達じゃ歩いて移動できるような場所まで行くなんて出来ないから、この候補は除外だね」
中央に像があって、そこが地下水道への入り口なら、最低でも十五メートル以上潜水状態で移動しなければならない。
水泳の
「そうなると、あとは魔術ギルドにある浄水槽だね。ツヨシ君、魔術ギルドに行くよ」
確認のためにとりあえず来てはみたが、改めて今の自分達では人工池からの地下水道への侵入は無理な事が分かった。
まぁ必ずしもこの人工池が地下水道の侵入口があるとも言い切れる訳でも無いので、こだわる必要性も無い。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「──じゃあ火ってなんだと思う?」
魔術ギルドに向かう道中、攻撃魔法で扱える属性について説明をしていた。
「そう聞かれると、なんて答えて良いか……」
「そうだよね、火ってのは物体が酸化する時に起こる熱と光が生じる化学反応の事を指すんだ」
エデンで扱える攻撃魔法は風、土、水の三系統しか無く、他のゲームで当たり前のように扱われている火の存在が無い。
これは他の三系統は物質であるのに対し、火は化学反応による事象でしかないという理由なのだが、ゲームなんだからそこらはそれらしいモノにしておけよと個人的には感じてしまう。
「魔法だと大きな火の球を大爆発させるなんてのが定番だと思うんですけど、そういうのも無いんですか?」
ツヨシ君は疑問をぶつける。
「無いね、爆発には火が絡むけど、実際に大きな損傷を与えるのはそれ以外の要因の方が大きいんだよ」
そう言って、一呼吸の間を置く。
「さっき火は化学反応のよって生じる熱と光って説明したよね? 実はその化学反応が起こる際にもうひとつ、化学反応によって大量のガスが発生するんだ。では、ここで問題。現実では有り得ないけど、風船の中で焚き火をしたとします。この場合、風船はどうなるでしょうか?」
話した事が理解できているかどうか、質問をしてみる。
「えっと……ガスが出るって事は風船は膨らむんじゃないですか」
少し考えた様子を見せた後にツヨシ君はそう答えた。
「正解。そしてその焚き火を続ければ風船は破裂してしまうよね。この破裂した時のガスの勢いで当たる風船のカケラが爆弾などでは損傷を与える役割を果たすんだよ」
「でもその説明って爆弾の仕組みの話ですよね? 火の球の魔法の話とは関係無いんじゃないですか?」
納得できないという感じでツヨシ君は聞き返す。
「そうだね、これは簡単な爆弾の仕組みの話だ。じゃあ今度は火の球の魔法で考えてみよう。火の球を魔法で作り出したとする。さっきの話した事も一緒に考えて、この火の球は爆発すると思うかい?」
そこまで言うとツヨシ君は歩きながら考えに浸る。
「あれ? もしかして……」
ツヨシ君は何かに気付いたようだ。
「師匠、火の球だけだと風船の役割になる物が無いです! そうするとガスは溜まらないから、燃える事はできても爆発はしないって事ですか?」
「正解、良く気付いたね」
「これがこの世界に火属性の魔法が無い理由なんだよ」
この問題と説明はエデンではテンプレートのように火属性の魔法が存在しない説明をする時に幾度もやり取りされたものだ。
だからこそ自分でも説明できたが、それを前提知識なども無くはじめから分かり易く説明するなんて事は私にはできない芸当だろう。
「風魔法に関してはさっきのガスの話になるね。目には見えなくてもそれを圧縮したり開放したりする事で魔法として成立させてるってのが有識者達による見解だよ。エデンでの魔法は不可思議な力が働いている化学に近い存在なんだと思ってもらった方が良いのかもね」
属性魔法の説明はこれで終了、歩きながらの暇つぶしには丁度いい話題だったと思う。
ツヨシ君も私の説明でどうやら納得してくれたようだ。
しかし、火の属性魔法が存在しない理由をはじめに説明した人は本当に凄いとも思うが、同時にそんなマニアックとも言える部分に拘って作っているエデンというのも相当だなと感じるのだった。
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「ここが魔術師ギルドだよ」
ステンドグラスで飾られた西洋風の大きな建物が魔術師である事を告げる。
この建物では破壊を主目的とした属性魔法、肉体の強化、回復を扱う
「師匠、傭兵ギルドは夜は開いてないですけど、大丈夫なんです?」
「何言っているんだい。ギルドは夜は閉まってるなんて決まり誰が決めたんだい? 料理人ギルドは年中無休だろ、ここもそんないつでも開いているギルドのひとつさね」
ルララからイベントの話を聞いてそのもまま行動を開始した為、魔術師ギルドに到着したのは日の出が近い時間帯になっていた。
日の出前はより一層夜の闇が深く感じられる為、その中に建つそこそこ大きい建物は不気味ささえ感じさせる。
それ故にツヨシ君は気後れするような言葉を漏らしたのだろう。
「目的の場所は建物の中だよ」
それだけ言って、この街では巨大とも言える建物の中に足を進める。
魔術師ギルドの扉を開き中に入ると、目の前は視界を遮る壁になっているが外の闇とは対象的に明るさに満ちており、この世界が魔法という別系統の進化を遂げた文明社会であるのを感じさせる。
壁に沿って歩いて行くと、左手に階段と右手に一階部分の部屋へ通じる為の扉がある。
二階は魔術師ギルドの受付カウンターが用意された部屋などがあるが、今回の目的は地下にある蒸留槽である。
ツヨシ君は物珍しそうに魔術師ギルドの内装をキョロキョロと見回しながら私に着いてきているようなので、そのまま蒸留槽のある部屋まで足を進めた。
地下に降りるとそこは大きな部屋になっており、奥には巨大なタイル張りの風呂桶を思わせる蒸留槽がある。
両脇の壁には何に使うのか分からない実験器具の様なものが机の上に数冊の本と共に散らかっている。
部屋全体は一階部分と同様に明るさが保たれており、蒸留槽の水は綺麗な透明度である事も確認できる。
その深さは私の背丈程であろうか。
いや屈折の関係でもっと深いのかもしれないが、それだけ充分な水量が保たれているという事だ。
その底の壁面の一部は水を供給するための穴が設けられているが、その穴は人がひとり容易に入り込めるような大きさである。
ただその水を取り込むための開口部までは光が届いておらず、暗闇に包まれているようだ。
「どうやらビンゴのようだね」
「やっぱり泳ぐんですか?」
身を乗り出して蒸留槽を覗き込んでいるとツヨシ君が心配そうに問いかけて来る。
「ちょっと様子見してくるだけさ。ツヨシ君はここで待ってて」
暗闇で泳ぐというのは思っている以上に難易度が高い。
そうやって狂わされた感覚で泳げば待っているのは溺れ死ぬだけになる。
私はエデンで何度も溺れた死んだのは今となっては思い出話にできるが、こちらの身体で何も経験しないままだったら相当な恐怖の中でパニックになる事だろう。
蒸留槽に勢いよく飛び込み、まずは開口部の奥がどうなっているかを確認する。
水中に入ると目の前には窒息率を示すバーが現れ、徐々にそのバーが減っていく。
開口部に首を突っ込み中を確認すると五メートル程先の上部が明るくなっているのが確認できた。
多分、あそこがもうひとつの開口部なのだろう。
五メートル程度なら水泳
一旦水面に出て、窒息率のバーをリセットさせる。
「んじゃ、行ってくるよ」
そうツヨシ君に告げ、先程確認した開口部と思われる場所に向けて身体を動かすのだった。
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