08 猪と鹿、どっちが食べたい?
※ツヨシ視点
「さっき倒した猪を焼いてみたよ。食べてみて」
傭兵ギルドの見習いから駆け出しにランクアップする為の試練を受ける為にその場所に向かおうとしたが、その道中で出会った猪と戦闘になり、今のツヨシ君では少し厳しいと判断した私は引き返す決断をした。
そして街に帰ってきて早速狩ってきたばかりの猪肉を調理してみた。
「少し固いけど、豚肉みたいな味ですね」
調理して出した肉はやっぱり見た目は干し肉というかジャーキーみたいな感じで、今まで調理した他の肉と同様だった。
「それで今後の方針だけど、ツヨシ君は鹿と猪、どっちの肉が食べたい?」
彼に入手したばかりの数少ない猪肉を食べさせたのは、今後の
「どっちの方が楽です?」
「戦ってみた感じではどっちも同じくらいだなぁ。鹿を選べばデザートに梨も付いてくるよ」
ツヨシ君とはじめて出会った時に渡した梨だったが、その後は収穫しに行ってはいない。
その為、そんな一言を付け加えたのだったが。
「鹿にします!」
間髪入れずにツヨシ君は答える。
そんなに気に入っていたのか。
「それで師匠、僕も弓をやってみようと思うんですよ」
「やってみれば良いんじゃないかな。でも今の状態だと矢の買うのって結構厳しいんじゃないかな?」
私達の今の財布事情はかなり厳しい。
それぞれで狩ったものの加工は私が引き受け、すこしでも高く売れるようにはしているが、それでも私自身が持ち出してツヨシ君に与えている物も多かった為、今回もそうして貰えると思われてしまったのかもしれない。
自分ひとりでも正直大変だというのに、それがずっと続くのはお互いにとって良い関係を続けていくのは難しくなっていくだろう。
「どんな攻撃手段を選ぶのもツヨシ君の自由だし、それらを扱うコツとかはいくらでも教えてあげるよ。でもね、最初の装備は私からプレゼントしたけど、お互いの関係を良い状態で続けたいなら武器や防具を用意するのは自分の力で行うべきだ」
なので自身の考えをツヨシ君に素直に伝える。
ツヨシ君はそんなふうに言われるとは思わなかったのか、じっと私の事を見るだけだ。
「アタイもツヨシ君もこの世界に何故閉じ込められているのか、今は何も分からない。その状態がいつまで続くか分からないからこそ、良い関係で居続けるための線引きは必要だと私は思うんだ」
少しうつむく様な仕草をツヨシ君は取るが私は言葉を続ける。
「それに明日、鹿狩りに行くなら私はその時間は梨を集めようと思ってるの。だから最初の数匹は上手く狩る為のコツは教えるけど、その後はツヨシ君次第になっちゃうね」
「……わかりました」
できるだけ柔らかい口調で話してみたが、力なくツヨシ君はそう答えるだけだった。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
昨晩ツヨシ君は一人になりたいと言って、ここ最近当たり前になっていた夜通し食堂でお喋りを楽しむという時間が無くなってしまった。
空腹も感じる事も、食事をしても全く味もしない見た目とは異なる食感の何かを口にしても、それが自身の気持ちを高揚させる事は無かったが、目の前で私の失われた感覚を楽しむ彼の姿を見ながらお喋りする時間は存外楽しく、また私の心を少なからず落ち着かせてくれていたのを久しぶりに一人になってみて感じるのだった。
このエデンに似た世界の一日は約八時間であり、その早すぎる周期の為に逆に時間の感覚が狂わされる。
この世界に来て何日が経過したのだろう?
色々してきた様な気もするが、
他人のせいにしてはいけない事は分かっていても、どうしても彼の存在が自分にとって重荷になっているんじゃないかと、そんな考えで頭の中を満たして行く。
そんな考えで頭の中を一杯にして、私の記憶を奪っている何者かはプレイヤー同士の関係性を深めないように仕向けているんじゃないかと疑いたくなる程にネガティブな思考と感情しか湧いて来ない。
「じっとしているとダメだな、少し歩いて気分を紛らわそう……」
誰に言う訳でも無く、そう言ってすでに見慣れた街の中を彷徨う。
そして街中を歩いていて、ふと思った。
『この街の名前すら知らないままだ』と。
エデンでもそうだったが、街やNPCである人物の名前なんか知らないままでも楽しむ事はできた。
実際今までだってそれらを知らないままであっても何ら問題なんて起きてはいない。
だが、こういったものは一度気になってしまうと何だか治りかけのカサブタのように常にそれを意識してしまうような感覚に陥る。
そんな街の名前しめす手掛かりを求めて、今までは気にする事も無かった看板や掲示物などを見てまわる事にした。
「いやぁ!」
夜の街を彷徨っていると叫び声が私の耳を突く。
声のした方に走り出し、その主を確認すると、そこにはまだ幼さの残す少女が暴漢に襲われていた。
こう云う場面では決まって暴漢側の方が悪役ではあるが、はたして本当にそうなのだろうか?
そんな考えがふと過ぎり、次の行動にうつるまで少しだけ戸惑ってしまった。
戸惑いから動きを止めてしまった私の視界の脇から素早い動きで何者かが暴漢に突進する。
「師匠、何やってるんっすか!」
左腕に装備した盾で目の前の暴漢叩きつけ、駆けつけたツヨシ君は強い口調で怒鳴りつける。
突進からの力の乗った盾での攻撃は暴漢を吹っ飛ばすには十分な威力だったようで、ツヨシ君は襲われていた少女を庇う位置にその身を滑らせる。
どうやらツヨシ君もこの叫びを聞きつけてここに来たみたいだった。
「少し戸惑ってしまってね、ありがとう助かったよ」
そう言って暴漢に向かって弓を構える。
「くそ、お前の顔は忘れねぇぞ!」
二対一では勝ち目が無いと感じたのか、暴漢はお決まりの台詞を残してその場から逃げ去る。
「助けてくださりありがとうございます」
ツヨシ君を無視する感じで襲われていた少女は私に近付き、そうお礼を言う。
あ、これ私個人のキャラクター突発イベントだ。
さっきの暴漢の捨て台詞にしても私とツヨシ君の二人居るのに『お前達の』では無く、『お前の』と一人だけを対象にしている。
しかも本来助けたはずのツヨシ君を無視するように不自然さを感じさせる行動で私だけへのお礼の言葉。
これが私が楽しんでいた記憶の中にあるエデンであれば、きっとワクワクしていたのだろう。
だけど、そのゲーム世界に閉じ込められた状態となると話は別だ。
実際に助けてくれた人を無視し、対象の相手だけに決められた台詞を再生するだけの存在に対して苛立ちの様な感情を抱く事しかできなかった。
「ねぇ君、助けたのは僕なのに──」
「ツヨシ君、これは私アタイ個人に発生したイベントだよ」
ツヨシ君の言葉を遮って、どういう状態なのかを説明をする。
その説明をしている間、襲われていた少女は私の近くで時折首を傾げたりしてはいるがその場に留まり続ける。
「……んで、多分だけど彼女が困っている事を解決するのがイベントの内容だとアタイは推測しているんだ」
一通りの説明をして、最後に自分の推測も付け加える。
「なんか納得いかない」
暴漢からいち早く少女を助けたのに、それが自分とは全く無関係と言われてしまっては納得できないというのも頷ける。
「あれ? この子、師匠と同じミローリ族ってヤツじゃないですか? 耳が師匠と同じで感じですよ」
そう言われて自分も確認してみると、広葉樹の葉に似た耳の形をしており、これは人族には無い特徴だった。
「確かにミローリ族みたいだね。ってか、そろそろイベント進めちゃって良いかな?」
少女改めミローリ族の女性は目の前で色々を会話しているにも関わらず、やはりその場に留まり続け、私が話しかけるのを待っていたのだった。
「何があったの?」
イベントを開始させる為にミローリ族の女性に声をかけた。
「助けて頂きありがとうございます。私はルララといいますが、先程の暴漢の一味に捕えられ、そこから逃げ出して来たのですが……」
「それは災難だったね、今度は捕まるんじゃないよ」
この個人イベントの報酬は分からないが、これを受けたら絶対面倒なヤツだと感じた私は断る為の言葉を吐く。
「いえ、お待ち下さい。他にも私と同じ様に捕えられた者達が居るのです。その中には私の同郷の者も多数居ます。どうか貴方様のお力をお貸し願いませんでしょうか?」
これ、断る事の出来ない強制イベントだったか……
エデンには
これもその類であり、そういうイベントはゲーム内で重要な要素を多分に含んでいるため、強制的にその物語は進行する。
「分かった分かった、詳しい話を聞かせてもらおうじゃないか」
ゲンナリした気持ちになりながら、半ば投げやりな言葉でイベントを進める為の単語を口にする。
「ありがとうございます。私達が捕まっていたのは……」
そうしてルララと名乗った彼女はイベントの導入部分を話しはじめた。
その内容を要約すると、彼女たちの住む集落を襲われ違法奴隷として売られる為に捕まってしまったとの事だ。
捕まった者はミローリ族の他に人族の子供もいるようだが、その詳細は分からない。
暴漢改め、違法奴隷商の者達はこの街、イリュシオンの地下水道にアジトを構えているとの事だった。
「では私は宿を取り、そこで朗報をお待ちしております」
そう一方的に話を終わらせ、その場から立ち去る。
思わぬところでこの街の名前を知る事が出来た。
あとはどうやってその下水道へ行くかと、このイベントに時間制限があるかだ。
なんにしても早目に街の中を細かく散策しないと駄目だろうな。
「明日のご飯になる鹿狩りにアタイは一緒に行けなくなっちまったよ」
突発のイベントが発生した為に自分を鍛えるのは後回しにした方が良いだろう。
そんな思いからツヨシ君に明日は同行出来ない事を伝える。
「戦力は多い方が良いでしょ? 僕はまたしばらく蛇のお肉でも良いですよ」
そう言いながら拳を握り締めたファイティングポーズを取って自分のやる気を示してくれたのだった。
「でも師匠、駆け出しランクにもなってない僕たちにいきなり大事件を思わせる事に関わらせるなんて、この世界がゲームだとしたら、やっぱりクソゲーですよ」
そう虚空に拳を振りながら言う。
うん、それは私もそう思うわ。
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