05 弟子ができました

「師匠、名前がやっと白になりました」

 歓喜を含んだ可愛らしさの残る声で人間族の男は私に告げる。

 彼と二人で組むようになってからしばらく経ち、私はいつの間にか師匠と呼ばれるようになっていた。

 確かに導き手になると彼と約束はしたものの、まさかそのように呼ばれる事になるとは思ってもみなかった。


「やっとかぁ……」

 このエデンに似た世界に来て初めて出会ったプレイヤー・・・・・であるツヨシ君。

 彼は現在拠点にしている街では常に衛兵からの攻撃対象として扱われるお尋ね者一歩手前の状態だった。

 その状態を脱却する為、彼は傭兵ギルドに所属し、蛇肉三個を納品するクエストを繰り返し行った。

 クエストの報酬は僅かな街全体からの信頼度上昇のみ。

 そんな無報酬なクエストの故に奉仕クエストなどと呼ばれ、エデンでは全く見向きもされないクエストをなんと六十回超えておこなったのだ。。

 そして六十二回目の納品クエストが終わった時、ついに軽犯罪者を示すオレンジ色の名前表示から無害である事を示す白の状態になった。

 記憶の中にある慣れ親しんだエデンとは違い土地勘もモブの配置も不透明な状態であった為に街周辺に居る小型の蛇をひたすら二人で狩りまくった。

 狩りを二人ではじめたのは良かったが、私もツヨシ君も所持金は皆無に近い状態だった為、武具供給や飲食物の調達など、はじめは酷い状態からのスタートだった。

 ナイフを失ったままの私と所持金が全く無い状態に近いツヨシ君は身体ひとつで蛇と戦い、私は上げる予定も無かった格闘の熟練スキルがメインで上げようと思っていた刀剣のそれを上回ってしまう事になってしまったのは仕方の無い事だろう。

 狩りで入手した蛇肉を私はひたすら調理し、ツヨシ君はひたすら傭兵ギルドに納品を続けた。

 幸いだったのは飽きてもなお蛇肉を調理して、エデンの時とは違う事象を見付ける事ができた。

 それはエデンの時は調理を行う際、ひとつづつしか完了できなかったが、こちらではある程度まとめて調理する事ができると云う事だ。

 単純な話であるが、焼く蛇肉をフライパンに複数投入しても問題なく調理できてしまったのである。

 すでに蛇肉では調理の熟練スキルは上がらなくなってしまっていた為、調理する回数を劇的に減らせたのは大きな負担軽減に繋がったのは幸いであった。。


「これでやっと蛇ジャーキーと梨以外の物が食べられますね」

 ツヨシ君は嬉しそうに言う。

 私と違いツヨシ君は空腹や渇水を感じ、その飲食する物の味を感じ取る事ができる。

 自分からしたら無いものねだりで羨ましくも感じるが、空腹感はモチベーションを低下させ、その都度何かを飲食しなければ戦闘継続もままならないと云うのはツヨシ君にとってはかなりなストレスだっただろう。

 しかも食べ物二種類だけのローテーションでは尚更だ。

 飲み物に関して言えば蛇の皮を売った僅かばかりのお金で購入した飲料水だけというのにもモチベーション低下の原因のひとつだったりもした。


「そんなツヨシ君にご褒美だ」

 私はインベントリからジャーキーを取り出し、彼に渡す。


「また蛇ジャーキーですかぁ?」

 文句を言いながらも渡したジャーキーを口に運ぶ。

 そしてそれを咀嚼すると彼の表情は驚きに変わり、手に持っていたジャーキーを頬張った。


「師匠、この肉……」

 見た目は焼いた蛇肉と同じジャーキーではあったが、その材料に使ったのは別の物である。


「これ、牛肉ですか? 肉を食べてるって感じがハンパ無いっす!」

 あぁ、鹿肉ってそんな感じの味なんだ。

 個人パーソナルに関する記憶は全く無いにも関わらず、現実世界で感じた味だったり経験だったり、そういったものは薄ぼんやりと記憶の中に残っていたりする。

 なのにこの世界に閉じ込められてから味覚と嗅覚を失ったままの自分は興奮気味に感想を言うツヨシ君とは対象的にそんな冷めた思いしか浮かばなかった。


「ソレ、鹿肉だよ。塩やスパイスを使った肉料理はまだ私の熟練スキルじゃ扱えないんだ、いずれはもっと美味おいしい物食べさせてあげるから期待しててね」

 そう言いながら自分も見た目が蛇肉のジャーキーと同じ焼いた鹿肉を口に運ぶ。

 その触感と味はやはり寒天のような何とも味気ないものだった。

 自分は味を感じる事はできない。

 それでも私を慕ってくれているであろう目の前の子に少しでも喜んで貰いたくて塩とコショウを購入して調理できるか試してみた。

 だが塩コショウをまぶした肉では【調理-加熱】を行う事ができず、火にかけたフライパンの上でいつまで経ってもそのままの状態であり続けるという現実では有り得ない経験をしたのだ。

 エデンでは調味料を用いて肉を焼くレシピは限られた肉の種類でしか存在しない。

 鹿の肉は調味料を使わずに焼くレシピしか存在せず、それから外れる調理方法では調理をする事すら許されなかった。

 そういうお決まり事から外れた行動ができないのを目の当たりにすると、ここが作られた枠の中でしか行動が許されないゲームなのだという事を嫌でも再確認させられてしまう。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「さて、これからについてだけど、ツヨシ君はどうしたい?」

 私とツヨシ君は料理人ギルドに併設された食堂で飲み物を傾けながら、これからについて話す場を設けていた。


「僕は強くなりたいです!」

 迷いなく答えるツヨシ君。


「うん、それは知ってる」

 想いがそのままキャラクター名に反映されている事から苦笑いしながら応えた。


「そうでなく、アタイは自身を鍛えながら他のプレイヤーを探しに行こうと思っているんだ。それでツヨシ君はどうしたいかを聞いておこうと思ってね」

 ツヨシ君と組んで行動するようになってからしばらく経つが、彼以外のプレイヤーを見る事は無かった。

 彼と出会う事が無ければこの世界が私一人を閉じ込める為に作られたという突飛な考えになった可能性もあったが、実際にはそうでは無かった。


「レベル制のゲームでなら最初の街から離れる程に敵の強さと経験値が増えていく。それなら最前線と呼ばれる最も遠い場所に多くの人が集まっている可能性もあると思うんだ。でもこの世界は違うでしょ? 自身を鍛えるなら、そりゃ自分よりも格上の敵性モブと戦わなきゃならないけど、アタイが知っているエデンと同じような世界なら街の周辺はそれ程驚異となる存在は居ないはずなんだ。」

 そう一気に説明をして、飲み物のジョッキを煽る。

 口の中に流れ込んで来た物はゆるいゼリーのような無味な何か、自身をクールダウンさせようとしてジョッキを煽ったが、やはりやめておけば良かった。


「なのにこの街にはアタイとツヨシ君以外のプレイヤーは居ない。アタイもツヨシ君もまだこのキャラクターだけだけど、三人も使い分けられるハズなのに他のプレイヤーを見掛けないってのは何か不自然さを感じるんだ」

 そこまで言ってツヨシ君の反応をうかがう。


「……師匠、本当に三人分のキャラクターって使えるんですか?」

 ツヨシ君は少し考えた後、そんな疑問を私に向けてきた。

 その言葉にはっとさせられる。

 何せ今の今までずっとこのグレイビーというキャラクターばかりで、その後一度としてログアウトを行い、キャラクターの切り替えができるかの確認をしていない事に気付かされたからだ。


「……確認してない」

 エデンと同様だと決め付け一気に捲したてた事に恥ずかしくなり、その語尾も弱くなる。


「なら今から試してみたら良いじゃないですか。ログアウトってこれかぁ、じゃあ師匠僕が先に行って来ますからココで待ってて貰えます?」

 そう嬉しそうに言う。


「……十秒の待ち時間って微妙に気まずいですね」

 そしてそんな締まらない言葉を残してテーブルを挟んで対面していた彼はその場から消えた。


「師匠、ダメでした!」

 時間にしてみれば数分、手持ちぶさた気味で待っているとテーブルの対面にツヨシ君が戻って来た。


「なんか条件をクリアしてないとかで新しいキャラになれませんでした」

 あっけらかんと事の次第を言う。

 エデンでは同一のアカウントであれ無条件で新しくキャラクターを作れたはずだぞ。

 ──ここもエデンとは違っている部分か。

 予定通りに事が進まない事はままあるが、エデンに限りなく似ているのに細かい部分で色々と異なるのは参ってしまう。


「ちょっとアタイも確認してきて良いかな?」

 この場から席を外す事を告げ、ツヨシ君の返事も確認しないままログアウトをしたのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 ブラックアウトした後、降り立ったのはあの日以来訪れる事が無かった薄暗いキャラクター選択の空間。

 培養槽を思わせるふたつの容器があり、その左端には無表情で安楽椅子にその身を委ねているグレイビーが居た。

 そんなグレイビーの姿を確認すると、安楽椅子から無表情のまま立ち上がり左手を腹の辺りに添え、軽く頭を下げる礼をする。

 貴族に対する男性が行う礼に似た動作だが、その礼の動きは異なるエデン独自のキャラ選択時の動きだ。

 グレイビーから視線を外すと彼女は無表情のまま、また安楽椅子にその身を委ねた。


『今の自分の状態ってどうなってるんだ?』

 グレイビーの時は気にならなかったがふとそんな事を思い、自身の手を見ると白く透けた状態で輪郭さえぼやけているようなそんな状態を確認できた。

 それはエデンで力尽きた時の霊体状態と同様のものだ。


〈キャラクター作成の条件を満たしていません〉

 新しい身体に自身を重ねるイメージをして真ん中の培養槽にそのぼやけた手を伸ばすと、目の前にそんな文字列が浮かび上がった。


『これが他のプレイヤーを見掛けない原因かもしれないな……』

 エデンであれば人海戦術によって隠された条件であってもたちまち露見し、攻略サイトなどで公開されて皆の知る事になる。

 しかしエデンに似たこの世界ではどれだけのプレイヤーが居るかも分からないし、例えその条件を見付けたとしても攻略サイトを見る事も叶わない。

 私はグレイビーに視線を向け、礼の姿を取る彼女の頭に自身のそのぼやけた手をのせて再びエデンに似た世界に戻る。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「あ、師匠おかえりなさい」

 戻ってきた私に明るい声で迎えてくれるツヨシ君。

 だがログアウトした時には無かったプレートが置かれており、彼はその上で鎮座している大きな肉を頬張っていた。


「ちょっとお腹空いちゃったんでドラゴンステーキ頼んじゃいました」

 バツが悪そうに言いながらもその手は止まる事なく、肉を口に運ぶツヨシ君。


「アタイ、味は全く感じないけど、ソレどんな感じなの?」

 現実リアルでは存在しない陸竜の肉の味が気になって聞いてみた。


「ゴム噛んでいるみたいに硬いっすけど、お腹は一杯になりますよ」

 それ味の感想じゃねぇよ。

 そんなツッコミを入れたくなるのをグッとこらえて今後の方針を話す事にした。


「やっぱりアタイは他のプレイヤーを探しに行こうと思うんだ。とは言っても土地勘も無いから自身を鍛えながら徐々に活動範囲を広げていこうとも思ってるの」

 単純に土地を散策するだけなら結構な距離を移動したとしても驚異となるものはあまり無いだろう。

 エデンと同様なら、という前提があっての話だが……

 その前提すら似てはいても違ってたりするのもあったりして、エデンと完全に同じで無いのがもどかしい。


「んじゃ、僕も頑張らなきゃですね」

 ツヨシ君は明るい声で返す。


「え? ツヨシ君も一緒に来るの?」

 自分としてはツヨシ君は空腹を満たす為の手段を得るまでの関係だと思っていたので、その返答は意外だった。


「だって僕を超絶強くれるって約束してくれたじゃないですか」

 さも当たり前のようにツヨシ君は言った。

 うん……確かに言ったかもしれない。


「師匠のおかげでご飯もちゃんと買えるようになったし、美味しい物も一杯作ってくれるんですよね?」

「いずれは…ね。でも、そうなるにはまたしばらく貧乏なままだよ?」

 効率良くキャラクターを育成できるのであれば、その期間が一番稼げる時期でもあるのだが、色々とイレギュラーな事が続いているこの世界では稼げる保証なんてどこにも無い。

 それでも育成の為に必要な装備の購入やその他の諸々まで考えるとお金なんていくらあっても足りないとすら感じる。

 私だけなら自身を鍛える為の装備とかもなんとかなるが、ツヨシ君の事まで面倒見るとなると……

 ちょっと早まった事を言ってしまったかもしれないなぁ。


「とりあえずソレ食べ終わったら鍛える為の装備を買いに行こうか……」

 そう言いながら私は自身のインベントリ欄にあるクレジットの数値を確認するのだった。

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