04 超絶無敵王
「だずげでぐだざぃ~」
可愛らしい容姿を崩し、助けを求める男。しかし締まらない事にそのままの表情で空腹と渇水の状態を示す動きを取る。
エデンで力尽きて復活した場合、完全な空腹と渇水の状態になり、飲食物を持っていなければそれを促す動きをしてプレイヤーにその事を知らせる。
意識ごとゲーム内に取り残された状態であってもそれは変わらないようだ。
「えっと……これでも食べて落ち着いて、ね」
所持枠を減らす為に助けを求めてきた男の様子に若干引きながらも先程得たばかりの梨を差し出した。
「ありがどうございますぅ」
男は激しく泣いているのだろうが礼を告げて、差し出した梨を受け取る。
これがエデンと同じ作られた世界だからだろうか、その目から涙が流れてはいないが故に表情は崩れた状態であり、それが不自然さを際立たせる。彼はそんな不自然な表情のまま、受け取った梨に口をつける。
「あ……お、美味しいです!」
そこからは梨が全て無くなるまであっと云う間だった。
だが彼が発したその言葉に自分の理解は追い付かなかった。
先程彼はなんと言った? 『美味しい』だと?
あの寒天の様な歯触りの何も感じないアレがか?
それともそれは焼いた肉だけあって、果物なら違ったりするのか?
目の前の音語が放った言葉に対しての理解と回答を得ようと疑問がいくつも浮かび上がる。
「良かった、まだ満足までは出来てないでしょう? これもどうぞ」
そう言い、男に差し出したのはジャーキーの様な見た目をした自分が食べても何の味もしない焼いた蛇肉だった。
自分は梨を獲得してから、それを食べていなかった為、目の前の男が言う通り本当に味があったかどうかは判断できない。
しかし焼いた蛇肉であれば自分も何度か口にしており、味なんてしなかった事は体験している。
「これ、味あまりしないけど鶏肉?」
渡された肉を齧り、男は不思議そうにそう聞いてきた。
自分はその問いに対して少なくない驚きを受ける。
何故ならエデンと云うのは低ポリゴンで構築された作られた世界であり、ゲームであったはずだ。
物語の中では現実と同じ五感を感じる事も可能な
それなのに目の前で焼いた蛇の肉を口にしている男はその味についての感想をのべている。
それは自分の感じる事のできない味覚を確かに感じていると云う事を示すものだったのだ。
「それ、蛇の肉なんだ」
自身にとっては大き過ぎる衝撃を相手に悟らせない様におどけた感じで渡した食料の正体を告げる。
「えぇ? マジっすか!」
告げられた事実に余程驚いたのか、手にしていた肉を落としてしまう男。
その食べかけの焼いた蛇肉は地面に落ちる前にまるで空間に溶け込む様に光の粒子を発しながら消え去った。
「そういえば自己紹介がまだだったね。アタイはグレイビー。グレイビー・フール、よろしくね」
焼いた肉を取り落し驚いた表情で固まったまの男に自己紹介をし、握手をする為にその手を差し出す。
その口調は自身の記憶の中にあるかつて愛用していたキャラクターのものと同様の喋り方にした。
「あ、僕はツヨシっていいます」
握手を交わしならが可愛らしさを感じさせる人間族の男も自らの名を明かす。
「しかしなんで食い逃げなんてして衛兵に制裁くらってたのよ?」
幼さの残る透き通るような声で男に問う。
盗みを行う事はエデンでも可能ではあるが、単価の安い物でおこなっても旨味は無いに等しい。
そもそも単価の安い物を盗んだとしても数回なら街に対しての敵対行為には至らない為、お目溢しが与えられる。
だが、そのお目溢しすら無くなるというのはツヨシと名乗った男は相当の回数の無銭飲食を繰り返している事を物語っていた。
復帰後に再度衛兵に襲われてない事から彼はまだこの街にとってそれ程驚異とされる存在でない事は幸いと言えば幸いだが、この状態が続けば起き上がる度に衛兵に排除し続けられるのもそう遠い未来の話では無いはずだ。
「それは……」
幼さを残す顔を歪め、彼は言葉を濁す。
しばらく黙った後、彼は事の経緯を語りはじめた。
「僕、気が付いたらこの変な場所に居たんです。はじめはお腹空いて色々食べても何も無かったんですけど、何日かしたら食べた後にいきなり襲われるようになったんです」
自分は多少のロールプレイも交え、商品のやり取りをする際にカウンター越しにお金の受け渡しをしていたが、エデンではそんな事をしなくても欲しい品を受け取り、一定範囲の距離が空くとその代金が持ち物の中から自動的に徴収される。
ツヨシと名乗った男の場合、そのようにして代金の支払いをしていたのだろう。
ただし、そうやって取引ができるのは所持金を持っている間だけの話だ。
インベントリからお金が無くなり、それでも同じ事を繰り返していればいずれNPCからは犯罪者として扱われる事をなる。
そうなれば結果として先程のような事が起こってしまうのは必然と言えば必然でもあった。
「はじめて襲われた時、倒れた身体に触れれば元に戻れるよって声が聞こえて、その声の通りにしたら起き上がる事はできたんだけど、そうしたら凄くお腹減って……」
そう自身に起こった事を私に伝えたが、その声は尻すぼみする。
発した言葉に力が無くなるのも仕方がない。
行動不能から復帰すると空腹と渇望はゼロの状態になる。
自分はそれらを感じる事無く、ゲームとして不利にならない程度に回復させる程度の事で済むが、もしそれがしっかりとした感覚として感じられるとすればどうだろうか?
想像する事しか適わないが、きっとそれは凄まじい餓鬼感に苦しむ事になるだろう。
そうなればその餓鬼感を満たすために食事を貪るのに傾倒してしまうのも頷けてしまう。
「落ち着いたかな? ほら、水もあるよ」
力なく項垂れる男に対し水の入った小瓶を数本差し出す。
ツヨシと名乗った男は奪うようにその小瓶の中身を自身の身体に取り込んだ。
小瓶は中身を無くすと次々と消滅し渡した全てが無くなると、本当の意味で彼は落ち着いたようだった。
「それでツヨシ君だっけ? 君のアカウントネームは? せっかくプレイヤーに会えたんだし、他のキャラに切り替わったとしても言葉を交わせるようにそちらも知っておきたいわ」
「アカウントネームって何ですか?」
その私の問に対してツヨシと名乗った男は不思議そうに答える。
エデンで活躍するキャラクターは三体を入れ替えながら活動する為、キャラクターの名前とは別にアカウントで共通した名前が存在する。
自分の場合ならフールがそれにあたるのだが、目の前のツヨシと名乗った男はそのアカウントネームを明かしていない。
それを知っていれば目の前の男が別のキャラクターに切り替えたとしても連絡を取れる為に聞いたのだった。
その事を説明したのだが、目の前の男はあまり理解できていないようで、首を傾げるばかりだった。
「とりあえず、ステータス画面に自分の基本的なキャラクター情報があるから、それを確認してフルネームを教えてもらえるかな? それとできればその表示されている名前の色も教えてもらえる?」
そう申し出たがツヨシはそれすらも首を傾げたので、自身もまだこの世界で慣れない部分は色々とあるが、基本的な事なら一通りできるようにはなった。
なのでツヨシにそれを伝え、ステータス画面を開かせる。
「多分キャラクターの基本情報が記されたものが開いたと思うんだけど、その一番上にあるのがそのキャラクターの名前ね。そこにはなんて記されているの?」
エデンの時もそうだったが、ゲームに関しての情報に関する類のものはその本人にしか見えないのはこちらでも変わらないようだ。
「えっと……色はオレンジで、どうやら僕のアカウントネームがツヨシみたいです」
ステータス画面を確認したツヨシはそう告げる。
名前の色がオレンジ、それはこの街にとって軽犯罪者を意味し、常に排除するまでの対象では無いものの秩序を乱すような行動があれば即座にそれが実行される存在を指す色。
だがそれよりもそれを聞いた私が今度は首を傾げる事となった。
「え……どう云う事?」
「僕のこのキャラクター? の名前ですけど、どうやら超絶無敵王っていうみたいです」
その彼の言葉に私は絶句した。
キャラクター名にしてもアカウントネームにしても、私の知っているセンスからは外れていた。
そのツヨシのセンスに対して私は笑っていいのかどうか、顔をひきつらせるくらいしかできなかった。
「何かおかしいですか? なりたい自分を強く意識してって"声"は言ってたんだけど……」
「えっと、"声"って?」
そんな私の様子を見てツヨシは尋ねる。
しかしその内容に違和感を感じ、私は聞き返した。
「この世界はなりたい自分になれるから、それを強く意識してって……声しか聞こえなかったけど、多分オジサン」
確かにエデンでは職業などと云う縛りは存在せず、
しかしツヨシが言うオジサンという存在はその意味だけで言ったのだろうか?
それとこのツヨシと云う存在もプレイヤーだとすれば気になる点がある。
それはエデンと云うゲームの存在を全く知らないであろう点だ。
エデンはゲーム機ではあるが、同時に生活の様々な分野にもその影響を与えるような分散コンピューティングの
エデンのアカウントはそのまま身分証明に近いはたらきをする為、一人に一台とは言わないまでも一家に一台以上所有している家庭も少なくないと言われている。
それなのにエデンの事を知らないとなると、考えられるのはツヨシはアカウント作成が許されていない年齢の人物であると云う事がうかがえる。
エデンは誰であってもアカウントを作る事は可能である。
ただしそれは十歳以上の年齢の者なら、だ。
逆を言えば十歳以下の年齢の者はエデンのアカウントを得られない事を意味する。
目の前の男がもしそのエデンに触れる事ができない年齢の人物であったなら、その"声"の主は少なからずエデンでのサポートを促す存在なのでは無いだろうか?
「アタイはアタイ自身に関する記憶が無い。だけどこの世界で活躍する知識と記憶はある。ツヨシ、アンタはその名前の通り超絶無敵な存在になりたいかい?」
この際、名前のセンス云々は置いておこう。
なりたい自分は無敵を誇るトップを目指したいというなら、自分はそれを多少ではあるが手助けはできる。
グレービーがグレイビーである為の意識した演技口調で私は多分少年であっただろうと推測されるツヨシに尋ねる。
私がグレイビーと云うキャラクターである時は多少口汚くも困った人物は放っておけない、そんな人情味の強い人物のロールプレイをしていた。
ここがエデンとは違う世界ではあっても、自身が何者であるかの記憶がすっぽりと抜け落ちているが故にもしかしたら自分が作ったキャラクターを知っている人物に会えた時を期待してキャラはキャラであるロールプレイをしようと決めていたのだ。
「僕は……」
私の問いにツヨシは考え込む様な仕草をみせるが、そのまま俯いて続く言葉が出て来ないようだ。
「なにも心配する事ないよ。どんな強さであれ、それがスグに手に入る訳じゃない。アタイがその導き手になってやろうじゃないか」
私は力強くツヨシという子に対してそう宣言してみせる。
面倒ドンと来い!
記憶の中にある私のキャラクターは"世話焼きグレイビー"なんて一部では呼ばれていたんだ。
自分自身のキャラクター育成と同時に一緒にする者が居れば、選択肢も増える。
これは私にとってもメリットの大きい事だった。
「なんにしても今はこの街ではお尋ね者一歩手前の状態だ。まずはそれを解消する事からはじめよう」
可愛らしい声に似合わない口調で私はそう言って、握手を求める為に手を差し出す。
「よろしくお願いします!」
数秒程迷いを見せるがツヨシ君は私が差し出した手を取ったのだった。
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