03 プレイヤー

『やっぱり味もしないし食感も変だな……』

 精神的にきつかったスネークロースト作りから開放されてから、自身で作った焼いた蛇肉を口に運んでそんな事を思った。

 インベントリに入っている状態ではステーキ風の肉が皿に置かれたようなアイコンとして表示されているが、取り出してみるとまるでジャーキーのような見た目の物になるのだった。

 これは【調理】していた時にも感じた事だったが、エデンではそこらの細かい表現までされていなかったのでフライパンの上でいきなりジャーキーの様な見た目に変化したのは正直驚いた。

 更に驚いたのはその生成物を口に運んだ時の事だ。

 見た目に反してジャーキーの様な歯応えは全く無く、味の無い寒天の様なそんな感想しか抱けなかった。

 自身に関しての記憶は全く思い出せないが、蛇の肉なんてきっと食べた事は無いだろう。

 無いよね?無いと思いたい……多分、そんな自身の記憶に無いものだからこそ、味や食感の表現出来ないのではないか?

 自分はそう予想した。別に飲食をしなくてもエデンのゲーム的に特別に何かペナルティが発生する訳でも無いが、自身が生きた人であった事を忘れず自覚する為にも飲食と云う行為はした方が良いと思ったりもした。


 そんな焼いた蛇肉よりも辛かったのは夜が明けるまでの数時間、何もやる事の無い時間を待つのが結構しんどかった。飲食に関しては空腹感だったりの感覚が無いのは昨日の時点で体験していたが、まさか眠気までも全く無いとは思わなかった。

 夜間は出現するモブが変化する場所も存在し、まだまだ初期の状態の自分では太刀打ち出来ないモブも出る可能性があった事から夜間に外に出る事は控えた。

 この場所がゲームだからだろうか、飲食の感覚や眠気も感じないのと同様に暑さ寒さといった感覚まで無いこの世界は、街中であっても冷える事も無く過ごせたのは幸いだったと言えるのだろうか。

 それもあり適当な場所で睡眠を取る為に眼をつむり横になったのだが、いつまで経っても眠れたと云う感覚も無く、意識ははっきりとしたままだった。

 その意識がはっきりとしたままで数時間陽が登るのを待つのは結構くるものがあった。

 人は睡眠を取れない事が続くと気が触れると言われていたりするが、自分もそうなってしまうのだろうか?

 何もせずただ陽が出るのを暗い中で待ち続けていると、そんな不安が押し寄せる。

 結局その不安に押し負けないように自分は夜の街を徘徊し、気が付けばある程度の施設の場所が分かる程に何度も街の中を徘徊してしまった。

 もちろんその徘徊している間に次の狩場の情報を料理ギルドから仕入れる事も忘れなかった。

 エデンではNPCに対して特定の単語に対して通常の台詞とは違った反応を返す。

 料理ギルドに居るNPCなら食材に関しての単語に対して反応し、その食材の入手場所だったり特徴を教えてくれる。


「ねぇ、鹿の肉が欲しいんだけど近場で良い狩場は無い?」

 料理人ギルドの厨房でいつまで経っても完成しない調理のフライパンを振るう体格の良いコックに声を掛ける。


「それなら西の門を抜けた先にある森が良いんじゃないか? 小型だが良質な鹿肉が手に入るぞ」

 調理作業を続けたままコックはそう返す。

 この返しはエデンのそれにならうなら小型と云うのは標準の個体よりも弱く、良質とはその強さに対してドロップ量が多い事を指している。

 それなら使い始めたばかりの盾の熟練度上げにも良さそうだ。


「ありがとう、陽が登ったら行ってみる事にするわ」

 そう声を掛け、夜の街を再度散策する為にその場を後にする。これが今日の狩場の情報を入手した時のいち幕だった。




 陽が昇り、狩場に向かう前に傭兵ギルドに盾の技書を購入する為に歩みを進める。昨晩散策したおかげである程度の施設がある場所はしっかり覚えていた。


「筋肉と地道な努力は決して裏切らない、日々の鍛錬に賛美せよ」

 傭兵ギルドの扉を開るとカウンターの奥で腕組している体格の良い男がそんな言葉を浴びせて来た。

 NPCだと分かっていてもこの勢いの圧はなかなか凄い。

 多少気押されるも自身の用事を片付ける為にその男に近付く。


「盾防御の技書をお願いできるかしら?」

 技書の代金をカウンターに置きながら圧を感じる男に対して言う。


「防御はみ身を守る大切な技術だ、鍛錬を怠るなよ」

 男は出された代金を回収しながら巻物状の書を差し出す。

 自分はその書の封を解く。

 するとまるで溶けるように淡い光を放ちながらその巻物状の書は空に消えた。

 技の一覧を確認するとそこには【盾防御】のアイコンが追加されていた。


「ありがとう、また技書が必要になったら来るわ」

 そう男に言葉を投げ、傭兵ギルドを後にした。


「はぁ……お金は無くなってしまうけど、あとは雑貨屋で収穫の技書かぁ……」

 溜息を吐きながら【収穫】の技書を購入する為に道具屋向かうのだった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「梨サイコー!」

 必要な技書を購入した後、昨晩料理人ギルドで得た情報の狩場に向かったが、自分は目的の鹿肉の入手はしていなかった。

 狩場に向かう途中で梨の群生地を見付け、で先程購入したばかりの【収穫】を使い、目の前にある自身の背丈と同じくらいの梨の木に対して攻撃・・を繰り返していた。

 この世界での梨は洋梨と呼ばれる類のものである。

 現実世界リアルではヘタ部分に近付くにつれ細くなっていく、あの釣鐘型の果物である。

 思わずサイコーなどと喜んでしまったのは、果物の類は空腹と渇水をそれひとつで満たせる為である。

 焼いた蛇肉と購入した飲料水とではインベントリ枠数を2つ消費してしまう。

 しかし、この梨であれば空腹や渇水の回復は効率的では無いといえ、1つの枠だけで済むのは初期のキャラクターにとって有り難い、それ故に未だ【収穫】による攻撃を当てるのもままならない梨の木に対して高揚した気分で収穫鎌を振り続けているのである。

 【収穫】可能なオブジェクトは扱いとしてはモブと一緒である。

 なので【収穫】なのにそれが果物の木だろうが、麦の様な穂だろうが扱いとしては攻撃と一緒、それ故に【収穫】で攻撃となる訳だ。


「梨、強敵だった……」

 開始した頃には高揚していた気持ちも、【収穫】技を繰り出す度に減っていく収穫鎌の耐久がゼロになって突然握っていた収穫鎌が消失する頃にはすっかりその高揚感は影を落として無くなり、手に入れられた梨はたったのみっつだけだった。

 結果、収穫熟練スキルは梨の木にダメージを与えられる程上がり、何とか倒す事は出来たが、その戦果としては良いとは言えないものだった。当初の目的からは逸れてしまったが、次回はそこそこの収穫も期待できるだけに、今回はこれくらいで勘弁しておく事にしようと自身に言い聞かせ梨の群生地を後にし、本来の目的である狩場に向かうのだった。


「そぉい!」

 鹿の仕掛ける突進のタイミングに合わせて【盾防御】でその攻撃をいなす。

 エデンにおいてのモブの多くは野生動物であり│現実世界リアルのそれとは違い、攻撃をすれば他のゲームと同じ様にその場から逃げる事も無く反撃してくる。

 一定以上のダメージを負えばその場から逃げ出そうとするが、それまでは律儀にこちらの攻撃に付き合ってくれるのだ。

 自身の身体よりも大きな鹿に対してあまりにも頼りないナイフをその巨躯に何度も叩き付ける自分。

 【通常攻撃】で武器を振るうが、その技を使う度にNPC売りのナイフはその耐久値を徐々にだが確実に減らして行く。

 梨の【収穫】の時もそうだったが、このままナイフを振り続けていても刀剣の熟練は上がってもいずれナイフは消滅し、鹿肉を入手する事は難しいだろう。

 刀剣と盾の熟練を上げるそが主目的で、そのついでに鹿肉も集められれば金策を兼ねられると思ったが、消滅した後に控える武器は用意していなかった為にこれはなかなかに厳しい。

 無理して【収穫】の技書まで購入してしまった為、手持ちの所持金もほぼゼロに近く、ここで何も得る事ができなければ、明日は素手でまた蛇やネズミと戯れる事となる。

 それだけは勘弁願いたいと思いながらも、単純な作業を行うようにただひたすらに鹿に対してナイフを振り続けるのだった。




 空が茜色に染まる頃、自分は溜息を吐きながら街を囲う塀の門を潜る。

 予想はしていたが結局鹿を倒し切る事はできないままナイフはその耐久力を失い消滅に至った。

 もう少しで倒せそうだったが、そこから素手による格闘に切り替えたとしても熟練度スキルが育っていないのでは逃げ出すタイミングすらも失う可能性が高かった為、鹿肉を入手する事は諦めた。

 これがゲームであるエデンであるなら力尽きたとしても自身が失われる事が無い為に多少の無理はいくらでもするのだが、こちらの世界でもいくらエデンに似ているとはいえ同様とは限らない。

 記憶にはエデンに関しての知識や経験がそれなりにある故にそれを活かして、できるだけ生き残れる選択肢を掴んでいかなければならない。

 世界のルールはエデンに限りなく近いが、全く別のこの世界との違いから失敗続きの自分である。

 それでも何が起こるか分からないこの状況で力尽きる事だけは避けねばならない。

 食感の変なジャーキーもどきの焼いた蛇肉を口にしながらそんな事を考えていた。

 気が付けば自分は料理人ギルドに併設されている食堂へ続く道を歩いていた。

 そういえばエデンで遊んでいた時も自分は食材を入手しる度に料理人ギルドに通い、そこで日々食材を調理していたっけ……

 今の手持ちは何も無いに等しいが記憶の中にある行動をここでも繰り返してしまっているようである。

 そんな記憶の中のキャラクターと同じ行動をしてしまっている自分に対し苦笑してしまい、食堂に目を向けるとそこから慌てた様子の初期プレイヤーが着る薄いベージュの粗末な服を身に纏った男が出てきた。

 そしてその男を追うように全身を金属の鎧で身を包んだこの街の衛兵が腰に下げた剣を抜刀し、一刀のもとにその男を切り捨てた。

 大方切り捨てられた男は無銭飲食でもしたのだろう。

 ……って、そうじゃない! 切り捨てられた男はこちらに来てからはじめて出会うプレイヤー・・・・・だ。

 一刀のもとに男を切り捨てた衛兵は何事も無かった様に食堂に戻って行った。


「まだ戻らないで!」

 自分は切り捨てられた男に走り寄り、叫ぶ。エデンで力尽きると一定時間を置いて肉体だけを残してその魂だけが登録されている所定の場所に飛ばされる。

 その一定の時間は復活の魔法などを受ける為に設けられている時間だが、それが期待できない場合もある為にエデンでは登録された場所に戻るかどうかの選択が表示される仕様になっている。

 倒れている男にどう見えているかは分からないが、エデンと同じ仕様ならその選択肢が表示されているはずである。


「もし聞こえているなら、私はここで待ってるからここに来て」

 倒れた男に縋るように声を掛ける。

 現実に繋がる何か・・を与えてくれるかもしれない人物を見守り続ける。

 倒れた男はそれなりに幼さを残した感じの人間種で、可愛らしさすら感じる容姿だった。

 その男から目を逸らす事なくどれくらいの時間が経ったのだろう。

 このまま男の身体が消滅してしまうのではと思い始めた頃になって魂が再度肉体に宿り、ようやくその男は立ち上がった。


「だずげでぐだざぃ~」

 男は起き上がるなり、その可愛らしさを全て壊してしまうように表情を歪めて、そう自分に対して訴え掛けて来たのだった。

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