02 行動開始

 自身の身体に関しての暗い思いに沈まない様に足早に最初に降り立った街を後にした自分だったが、ここはエデンに酷似しているが全く違う世界である。

 配置されているモブモンスターも当然異なると思っていたが、それ程でも無く街周辺のモブ配置は然程変わらないようだ。

 街を守る壁を越えた先に広がる平原はエデンのそれとあまり変わる事なく、小型のネズミとそれを捕食しようとする蛇を時たま見掛ける程度だった。

 壁が目視出来る範囲はエデンとかわりは無いが、それは壁周辺だけの事だろう。エデンの場合でもそうだが、このゲームは街から離れる程モブが強くなる訳では無い。

 多少はその傾向があるが、初期の街周辺であっても場所によっては作ったばかりのキャラクターでは全く太刀打ち出来ないようなモブが配置されていたりする。

 エデンであればネットを介して情報をいくらでも確認可能であるが、この場所ではそれすら敵わない。

 幸いにして現在居る場所はモブはこちらから手を出さなければ襲って来る様なモブは存在しないが、それもどこまでかは分からない。何せここはエデンに似た別の世界なのだから。


 ふと空を見上げるとエデンと同様の生命の宿る事が伺える海と陸が確認できる双子星が目に入る。

 その双子星が目に入った瞬間、突然ひとつの仮説が浮かんだ。

 この世界もエデンと同一のゲーム世界なのではないか……と。

 自分が認識していたエデンの世界は空にある双子星の方だったのではないかと。

 だとすればあの双子星に行く事が出来たなら、現実世界からアクセスしている人が大勢居る。

 その中には自身が使っていたキャラクターの存在を知る者の居る。

 記憶の中には何度も一緒に行動を共にし、長い時間言葉を交わした人も……だが、そのキャラクターの名前は思い出す事が出来ない。

 これも意図して削除されて居るのだろうか?

 それでもそのいでたちはしっかりと覚えている。

 あの双子星に行く事が出来たなら……

 そんな仮説を考えているともうひとつ、エデンでは剣と魔法の世界でありながら、その世界観に似合わない宇宙船を示唆するような構造物もいくつか存在していた事を思い出す。

 エデンで遊んでいる時はフレーバーのひとつなんだろうとあまり気にしていなかったが、実際はこちら側の世界を繋げるヒントとして示唆していたものだったのではないだろうか?

 ゲーム中では直接的な物は何も無かった。

 だが、こちら側との繋がりを考えて作られていたとしたら、こちら側の世界は何なのだろうか?

 自分は見て回った限りではプレイヤーと思われる様なキャラクターは存在していなかった。

 もし自分と同じような人が存在していたとしても、あちらのエデン世界よりもその人数は極端に少ないのだろう。

 何にしてもこちらの世界でも不自由無く動けるだけのキャラクターを作らなければそれも確かめようが無い。

 幸いにして効率的なキャラクターの作り方は自身の記憶の中にある。

 だがかなり無茶もしなければいけない為、キャラクターが力尽きた時の不透明さもある事から安全マージンを見ながら育成しなければならない。


「何にしても行動あるのみか……」

 少女の姿と声に似合わない呟きを吐き、ネズミを捕食しようとしている蛇に対してナイフを振る事にした。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「危なかったぁ……」

 自身の心を落ち着かせる為に街の門の脇に腰を下ろしながら溜息混じりに言葉を漏らす。

 視界は赤黒いモノクロで世界が見えている。

 これは力尽きる一歩手前の状態、つまり生きているのがギリギリな状態だったりする。

 熟練度スキルが全く無い状態では攻撃力は高くない、ましてや扱いに関してはこれからと云うナイフの熟練度スキルを振り下ろしても命中させる事すら難しく、相当な手数が必要だった。

 モブを倒す為にはそれエデンにおいての戦闘は対象をターゲッティングしただけでは攻撃はしてくれず、逆に一方的に攻撃を喰らうだけになる。

 自身が望むタイミングで行動する為の技を選択し、そのクールタイムが終了するまで同一の行動を取る事が出来ない。

 これは通常攻撃であってもそうだし、その他の行動に対してもそうだ。

 盾の扱いは攻撃に合わせて防御する為の技を発動させて防ぐのだが、今回完全にやらかしてしまったのは盾は装備したものの、それを扱う為の技を習得し忘れ、モブと自分とでお互いに生命力を削り合うと云うゲーム上だったら有り得ない大ポカをやってしまったのだ。

 何故そんな致命的とも言えるポカをしてしまったのか、それは記憶にあるエデンではチュートリアルが存在し、その中で戦闘に関する事もあるのだが、こちらの世界では街を見て歩いた限りではそれは存在しなかった。

 チュートリアルが存在していれば、その時に基本となる技が伝授される訳だが、それが存在しなかった場合には技書と呼ばれる物を使用して技を習得しなければならない。

 非戦闘時にはアバターであるこの身体を制限なく自由に動かせた為、またチュートリアルをエデンでやったのもかなり昔の事で記憶の中では盾の技を使うのが当たり前な感覚だった為に技書の入手を完全に失念してしまっていたのだった。

 非戦闘時にはなまじ思うように身体を動かせた為、戦闘時に盾を使おうとした時にまるで自身の身体でも無いかのように全く左腕が動かないとは思ってもみなかった。

 この事からもゲームと云うシステムによって縛られた世界である事を身を持って痛感させられた訳だ。

 それと戦闘時に感じた事だが、モブである蛇に攻撃された時に痛みをらしい痛みを感じなかったと云う事。

 無論攻撃された際の衝撃はあったが、それはまるで多少強く押されてた程度のものであり、痛みによって死を感じるものでは無かったと云う事だ。

 これは記憶にあるエデンでは映像と共に手に持つコンソールからの振動によって表現されていたものとは違うものではあったが、痛みによる恐怖で戦闘に支障が出ないであろう事は幸いだろう。

 まぁ、それ故に力尽きる寸前の状態になってしまった訳でもあるのだが……

 戦闘に関してては記憶にあるものと多少は違ってはいたが、こちらの世界は記憶にあるエデンと比べて相当厳しい世界であると言える。

 何故なら基本である技書であってもそれは売り物であり、その販売価格はエデンと同じなら最低でも百クレジットはする。

 現在必要な装備と道具を買い揃えた後の残金は五十クレジット、早急に欲しい技書は基本盾防御と収穫のふたつ。

 欲しい技書を入手する為には百五十クレジットも足りない。

 エデンの世界でお金を入手する方法は知的生命体とされるモブを倒すか、倒したモブのドロップ品を売ってお金を入手するしかない。

 しかもドロップ品の販売価格は驚く程安く、先程倒した蛇のドロップで言えば蛇肉が2クレジット、蛇皮で3クレジットの合計5クレジットにしかならない。

 しかもこれは確定ドロップではなく、運が悪いと何もドロップしない事さえ稀にあるのだから、ふたつのうち片方の技書を購入する足りない五十クレジットを稼ぐには最低でも十回以上の戦闘が必要になる。

 熟練度スキルが全く無かった状態からの戦闘だったとは言え初戦闘でいきなり力尽きる寸前になるとは予想外もいいところである。

 残金が五十クレジットだと技書を入手するまではナイフを振り続け、モブとの生命力の削り合いで戦闘するしか無い。

 幸いと言って良いかどうかは分からないが、熟練度の上げ初めは驚く程その伸びが良い。

 力尽きる寸前ではあったが、その一回の戦闘で結構な熟練度が上がっており、それを知らせるファンファーレが何度も鳴っていた。

 最初の戦闘では少し思っていたのとは違ったが、モブの攻撃のモーションもエデンと然程変わらないみたいだし、そうならモーションタイミングを見計らって攻撃範囲外に移動しての移動回避を行えば盾が無くてもある程度は戦えるのも自身の記憶にある。

 座っての回復が終わった後なら二十匹程の蛇なら連続で戦っても大丈夫であろう。

 なんせ一対一を二十回繰り返せば良いだけなのだから、それ程難しい事でも無い。そう自分に言い聞かせ気分的なものではあるが目を閉じて、自身の回復を促した。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




「ふぅ……」

 結局危なかったのは最初のみで、その後は無理せず回復を挟みながら戦闘を続けていた。

 気が付けば陽もすっかり落ち、夜空には双子星と交代で姿を現した現実世界で見るのと同様の月があった。

 エデンでは約四時間周期で昼と夜が入れ替わるので一日は大体八時間程となる。

 自分がこの地に立ってから正確な時間経過は分からないが、自身の意識とは無関係に空腹を訴える動作を取った事からも結構な時間が経っている事が伺える。

 このエデンと云うゲームは妙な部分で拘っていて、そのひとつが空腹であり、喉の乾きを表す渇水がゲームとして取り入れられている。それらの状態になると空腹なら腹を擦る動作を取り、渇水であれば咳き込むような動作をする。

 これは戦闘中であってもその条件に嵌ってしまえば突然起こり、空腹であれば約三割の攻撃力の低下、渇水であれば魔法を使う際の詠唱時間が約三割程増大するので、そうならない様に空腹を満たす食料や渇水を潤す飲料は必須なのがこのエデンの大きな特徴のひとつでもある。

 運の良かった事にこの空腹を訴えるの動作を行ったのは戦闘終了後の事であり、それで戦闘を切り上げる事にしたのだった。

 しかしここでもこの世界がゲームであろう事を実感させられる事となる。

 それは身体の動きは空腹を訴えるものであるにも関わらず自身は空腹感を全く感じていないのである。

 現実世界であれば数時間も休まず何かしらの作業をしていれば小腹が空くものである。

 にも関わらずその様な感覚は全く無い。それはこの世界がゲームそのものだからだろうか?

 それとも自身が作り出している夢だからこそのものだろうか?

 そのどちらかであるにしても判断を下でる様な材料は現状では何も無い。


 それなりの時間を費やした狩りで得られたのは蛇肉が六十一個、蛇皮が四十四個と云う結果だった。

 目標だった数は大幅に上回り、これをそのまま売却したとしても必要なふたつの技書は入手できる。

 しかし自分の目指すキャラクターは材料を自身で集める料理人である。

 蛇肉はローストすれば食料にもなる為、これはしばらくの間の食料にしてしまうのが良いだろう。

 とはいえ調理を行う為の道具も技書も無い状態では加工をする事が出来ない。

 あぁ、調理の為の技書も必要なのか!

 そうなると早急に必要な技書はふたつで無く、よっつだ。

 よっつも必要だとお金が全然足りない……とりあえず急場で必要な技書は【調理-加熱】、この技書なら料理人ギルドで扱っているし、料理人ギルドは昼夜問わず営業している食堂も営んでいるから夜遅くなっても入手は可能なのが有り難い。

 プレイヤーはエデン内では昼夜関係なく活動するが、NPC達は夜遅くなると店を持っている者は営業をやめ、自宅を持っている者はそこに帰還する。

 現実世界では当たり前な人々の日常の行動ではあるが、それを再現しているゲームは少ない。

 そもそもゲームでは昼夜と云う時間の移り変わりが存在せず、物語の舞台として作られている事がほとんどだ。

 そう云う観点からしたらエデンはワールドシュミレーターだったり目的が明示される事がほぼ無いサンドボックスと呼ばれるゲームのジャンルに近いのかもしれない。

 実際エデンは人々が時間に沿って生活はしているが、決まった物語は存在せず、それを匂わせるフレーバー的な台詞を喋るNPCは居ても、それを確認しに行くかどうかさえプレイヤー任せ、世界そのものが大きく変わる様な出来事は何も無いと言ってもいい。

 そんな変化の無い何がゲームとして楽しいの?と問われると、現実世界とは違う日常を味わえるからとしか言えないのがこのエデンと云うゲームの魅力でもあり、そして物足りなさでもあったりする。


「とりあえず蛇肉のローストでも作るか…」

 インベントリに表示されているそれなりの数の蛇肉を確認し、料理人ギルドを探す為に街を覆う壁の通路を潜るのであった。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 エデンでのアイテム買取は物が取引されている場所ならどこでも同じ価格で引き取って貰える。

 例外は各種ギルドに関連するアイテムだけは雀の涙程ではあるが、高く買い取って貰える。

 この世界においてギルドとは本来の意味である商工会を表している。

 なので料理人ギルドであれば料理に関する材料だったり調理済みの料理が他の場所に比べて僅かばかりではあるが高く買い取って貰える。

 とは言ってもどの関連アイテムも一から三クレジット程度なので、その差額が有り難いのは本当に初期の頃だけの話なのではあるが……

 そんなゲーム的な需要と供給による価格変動は存在しない世界で自分はひたすら手に入れた蛇肉を料理人ギルドに併設された食堂の調理場の一部を狩りてフライパンでローストする作業を続けていた。


 フライパンで蛇肉をひとつづつローストし、二十回もその作業を繰り返した頃には調理の熟練度は上がらなくなっていた。

 エデンでの熟練度は慣れない作業だったり格上のものと戦闘する事で上げる事ができる。

 蛇肉は最底辺の料理素材であり、調理熟練度を上げるには最初に扱う材料ではあるが、ようはちゃんと熱さえ通って食べられればそれ以上の技術は必要無いと云う事なのだろう。

 初期の熟練度は上がり易いのも手伝ってあっと云う間にその上限値に達してしまった。

 だが調理可能なのは持っているフライパンの数よりも多くする事はできない。

 そしてローストした蛇肉はスネークローストとアイテム名が変わり、買取金額は倍の四クレジットになる。

 更に料理人ギルドで売れば一クレジットの上乗せ。なので少しでもお金を稼いで技書を買わなければいけない自分にとってはこの面倒で地味な作業を続けるしか選択肢が無かった。

 ちなみに蛇皮の売上金はフライパンと調理の技書を購入する為使われ、手持ちのお金は残っていた五十クレジットと合わせて、現在の所持金五十七クレジット……

 その増加は僅か七クレジットと微妙にしか増えていない。

 スネークローストは空腹を満たす為に5つ程腹に収め、更に渇水を潤す為にスネークローストを四つ売って喉の乾きを癒やす。

 次の空腹と渇水を満たす為にはスネークロースト九個が必要になる為、余裕を持たせたいなら狩りで入手した蛇肉を調理して売れるのは三十四個となるのだが、はじめの三回の調理は消し炭になってしまった為、このまま全部が上手く焼けたとしても売れるのは三十一個の百五十五クレジットが上限である。

 それでも盾防御の技書を購入する資金は何とかなる為、明日の狩りは目処は立った。そんなふうに頭の中でそろばんを弾きながらひたすら調理のクールタイムが終わる度に再実行をして自分は蛇肉を焼き続けるのであった。

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