焼きゴブリン

サカバリ

第1話

 王都の精肉屋ファイオンの店裏。

 そこに納品するためにお肉を運んできた矢先に店長が言った事を、私はいつもの雑談のようにサッと流す事が出来なかった。


「悪いがウチではアコさんが納品してきた【獣肉】はもう扱えないね。今日の分のその肉は家に持って帰ってくれないか?」


 取引停止宣言だったからだ。


「どうしてですか。鮮度や肉質は他にも負けないと自負しています。価格もかなり勉強させて――」


 あまりに一方的すぎるその宣告に私は抗議した。次から、ですらない。

 発注量を聞いてここに片道数時間費やして運んできた肉を、急に買わないから全て持ち帰れと、横暴にも目の前の店長は言っている。


「――魔獣の【獣肉】ですらない、ゴブリンなんて亜人の肉なんぞ喰えるかって言ってるんだ!! 亜人の死体の処分に困ったんなら他の魔物の餌にしてな!」


 だが、続いた怒声の内容のせいで勢い良く反論はできない。運んできた肉が同じ魔物でも魔獣ではなく亜人――ゴブリンの肉なのは事実だったからだ。


「そ、そんな! 天職がゴブリンテイマーの私がゴブ肉で生活できなくなったら……!」


「テイマー系の天職なら養殖なんて変なことせず、素直にゴブリン率いて迷宮に潜ってろ! ほら、ゴブ肉もって帰んな!」



     ★


 食肉偽造がバレて、悪あがきで泣きつくも店長に袖にされた私はゴブ肉をストレージに詰め込んだまま、ショックで街への納品後の買い物も出来ずに自宅――洞窟型廃迷宮の管理者室――にすごすごと逃げ帰っていた。


「うーどうしよう。これで取引先が全滅だわ。あの店長は迷宮探索に戻ってろって言うけど、私が今テイムしている食肉ゴブリンの美味しさ極のステ振りじゃ、肉壁にする以外の運用は無理だって」


 私が死んで異世界に転生してから二十年。十二の時に神殿で与えられた天職がゴブリンテイマーだった私は進学した探索者養成学校でとりあえず迷宮に挑み、三度敗北して探索者の道を諦め自主退学した。ゴブリンの戦闘指揮センスに欠けていたのである。


 そして天職に関係がない生き方をしようとする人間にこの世界が結果的に強いる貧困生活の中で私は魔物食に手を出していき、その中でも悪食と言われるゴブリン食に活路を見出した。評判に反して味は美味しいし、ゴブリンテイマーのスキルを使えば繁殖も生育もかなり自在になると知ったからだ。


 それから私はゴブリンの品種改良に注力し、去年からは獣肉というラベルになるが一般販売にも成功した。攻略中の迷宮の隅っこで小規模にゴブリンを肥育していたのも止めて、廃迷宮を買っての本格的な養ゴブ業を開始した。


 本日、唯一の納品先にそれがバレて納品を拒絶されたけど。


「まだ養ゴブ用に買ったこの迷宮のローン残ってるのに……」


 異常に肉のついた茶肌の食肉用ゴブリンが詰まった、見るものが見れば壮絶な養ゴブ場の光景を窓越しに眺めていると、不意に黒の毛玉を見つけた。導入している清掃ゴーレムの箒の破損かと認識するが、違う。


「えっ、ヒトっ!?」


 直感で立ち上がって再度観察すると、確かに食肉ゴブリンの群れの中に少年が埋もれて頭だけ出しているのが確認できた。


 私は慌てて迷宮に侵入し、ゴブリンテイマーのスキルで迷宮内の食肉ゴブリンに私を邪魔しないように命令を飛ばし、大量のゴブリンに揉まれたり噛みつかれたりでぼろぼろになっている少年を引きずり出すと、自分の部屋に保護する。


 保護した少年をとりあえず私のベッドに寝かせると、少年は割と手早く意識を吹き替えして起き上がってくれた。


「大丈夫、キミ!? ゴブ餌まで食べて……そんなお腹空いてた?」


「か、介抱ありがとう……。金がなくてお腹が空いて、畜産の餌だと知りつつ手を出してしまいました。家畜さんにも畜産家さんにも申し訳ない……」


 少年の口端には、ゴブ餌が引っ付いている。巡り廻って私達の体に入っていくので毒はないが、味とか食べやすさに拘っていないあの飼料を、それでも構わず食べたみたいだ。


「とりあえずお腹空いてるならこれ食べなよ」


 私は欠食少年を哀れに思って、ストレージに入れていた料理を出して少年の手に握らせる。飢えすぎの人にいきなり物を食べさせるのは良くないらしいが、目の前の欠食少年にそれほどの痩せ感はないので多分大丈夫だろう。


「ありがとうございます。――これ美味いですね! ハーブが効いていて柔らかい!」


「良かった。作ったサラダゴブリンを私以外に食べたさせたのは君が最初だけど、ちゃんと高評価みたいね」


「サラダ……ゴブリン!?」


 少年は私が出した料理名を聞くとすごい顔で手元の残り半分になったサラダゴブリンを睨み、それから窓先の養ゴブ場と視線を猛烈な勢いで往復させている。ここが養ゴブ場だと知らずに侵入したのだろうか。


「ゴブ胸肉を使って、錬金釜の温度調節機能で作ってみたの。タンパク質がよく取れるわ」


「錬金釜……」


 部屋の隅に設置してある錬金釜を指差すも、少年は呆然としている。やっぱゴブ肉の違和感は強いのだろうかと私は不安になり、とりあえずしていなかった自己紹介で空気を吹き飛ばすことにした。


「アコ。ゴブリンテイマーの天職で、今はさっきキミが大量のゴブリンの中で埋もれていた事から解るとおり、スキルの応用で養ゴブ家をやらせてもらってるわ」


「ええと、タロです。暗殺者の天職で針使いだったけど、深層にいくにつれて針じゃ攻撃が通らなくて、かといって前世で日本人の俺に文字通りに暗殺する事になる対人は無理で、今は――無職をやっています。金は早々に尽き、人家に食い物を漁りに入る事になった次第、です」


「あはは、無職だからって言い淀まなくていいよータロ君。私も今日からゴブ肉の納入先が消えて同じ様なものだし」


 異世界転生者だとさらっと明かしたタロ君のプロフィールに私は親近感を持った。私と同じで天職――スキルで技能補正するためにその他の方向性を間接的に断ってしまう、この世界の理に適応出来なかったタイプだ。


「えっ、ここまでしっかりした設備を保有したんですよね? ならちゃんとゴブ肉に需要はあるんじゃないですか?」


「今までは魔物肉の一種として【獣肉】で曖昧に流通させてたんだけど、ゴブ肉ってバレちゃってね」


「卸す時にゴブ肉な事伏せてたんですか」


「だって、食べてくれないのよ……!」


 静かに嘆くと、取引先候補のお店に素直にゴブ肉と伝えたら試食もせずにお帰りくださいと冷たく言われた、苦い記憶が私の脳裏に蘇ってくる。


「同じ亜人肉でもオークの豚肉やミノタウロスの牛肉はそれなりに受け入れられてるっていうのに、ゴブリンの肉はなんでみんな食べてくれないの……!」


「見た目じゃないですか。同じ亜人でもオークやミノタウロスは二足歩行の豚や牛っぽいけど、ゴブリンはその……思いっきり人だし」


 冷静に切られた。確かにゴブリンはタロ君が挙げた牛豚に似た二種と違って、遠目に見れば人間の子供(頭部は違う)である。頭を切り落としたビジュアルは最悪だ。


「それはまあ、そうなんだけど……。でもゴブ肉は鶏肉ポジを充分に狙いにいける逸材だと思うの!」


「珍味じゃなくて鶏ポジで行こうとしてたんですかっ!?」


「だってゴブリンってよく育つし増えるし鶏肉みたいな味がするし……」


「いや確かにさっきの奴は確かに鶏っぽい味ですが、魔物肉ってだいたいそうじゃないですか? そもそもゴブリンって胎生なような」


「あくまで肉を食べるんだから関係ないわ。魔物食で卵っぽいのはコカトリスだけど、彼ら基本的に肉が固いのよね」


「採卵は出来てもブロイラーにはなれない?」


「そ、だからゴブ肉は肉鶏ポジでイケる! と思ったんだけどね……、あーいっその事廃業して実家に帰ろうかしら。タロ君もゴブ肉持って帰る?」


「……待ってください。要はゴブ肉をみんなが食べてくれればアコさんの無職問題は消えるんですよね。でもゴブ肉そのままは殆どの人は抵抗感が強くて食べない、と」


 投げやりに提案すると、タロ君は一歩前に寄って私の投げやりさを制してきた。


「なら見た目に手を加える? 今もゴブリン〆てからのバラしはこっちでやってるけど、ミンチはせっかくの新鮮さが……なにか加工技術ある? 暗殺者の技でバーッとか」


「いや針使いなので当然針ぐらいしか……あ。肉を、刺す?」


 タロ君の目がパッと輝いた。なにか思いついたみたいだ。


「今いいアイデアを思いつきました。これならゴブ肉を売れます! 介抱してくれたんだし恩返しますよ!」



     ★


 半年後。王都の大通りで私達は勝っていた。


『異世界焼き鳥だよー! 持ち帰りの焼き鳥弁当も用意してるよ―!』


 タロ君のアイデアでゴブ肉を食べやすいサイズに切って串を打ち、異世界グルメ【焼き鳥】として屋台で売り出してみた所、これが面白いぐらいに売れたのだ。


 異世界グルメに流行り廃りはあるが、それを超えて定番ポジションに滑り込めそうな勢いと安定感である。


 今は屋台を直に引っ張って焼いていく第一線からは引き、串打ち済みのゴブ肉を馬車で王都にある傘下の焼き鳥屋に納品して回っている次第だ。


「いやータロ君のアイデア良いわね。この売り方なら確かにゴブ肉って気づかれないし、ゴブ肉の味も引き出せるもの」


「豚の焼き鳥とか前世であったからゴブリンもイケると思ったんです。――それはそれとして、また馬車内でも刺すんですかっ!」


 そしてタロ君には暗殺者として鍛え上げた針技能でゴブ肉を猛烈に串打ちしてもらっていた。今、馬車内の清潔な空間でやって貰っているのはお店の繁盛で求められている追加納品分の串打ちだ。


「あはは。ゴブリンテイマーの私がこうやってお肉屋さんになれたんですから。天職が暗殺者のタロくんだって、焼き鳥屋さんになれるはずですよ」


「焼き鳥屋とか言われても、ここ一年は串打ちしかやってませんよ!」


「じゃあ串打ち屋さんかな?」


 試食品のゴブ肝串を食べながら、私はいざ重労働になったら嘆くタロ君を雑に諭した。

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焼きゴブリン サカバリ @bonkura

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