その日、ルンバは全てを呑み込みはじめた

だらすく

凄愴-seisou-

息が切れ、足がっても走り続けた。

痛みなど、とうに限界が来ていて、歩くよりマシ程度の速度にしかなってはいない。


だが、それでも良かった。とにかく走り続けなければならなかった。


「うわあああああああああ!!!!!!!!!!!」


それでも“奴ら”はやってきた。

体力の限界だった俺は、息を殺して瓦礫に紛れ込んだ。恐る恐る様子を伺い、酸欠のまま、曲がり角ばかりを見ていた俺の真横。破壊され、崩れたビルの残骸を吸い込み、押しのけて、俺を“吸い込み”、“掃除”するために奴らはやってくる。


恐怖で足がすくむ。奴らのセンサーは空間の状況を把握し、くまなく“掃除”する。”地球の汚れ”を“掃除”する。


「やめてくれええええええええええ」


疲労が限界の足を引きずるように駆け出した俺は、足を大きくひねって、そのまま前方にすっ転んでしまった。


「なんで転んじまうんだ……あっ……」


コンクリートに手を付きながら振り返ると、そこには俺を追いかけていた奴とは別のルンバ。まさか……こいつに足を引っ掛けたのか!


「舐められてる……」


あいつらは俺を追いかけていた訳じゃない。“遊ばれている”


気がつくと周りを囲まれていた俺は、寝転ぶように背を地面に預けると、最後の瞬間を見ずに目を閉じた。


——————————————————————


「死に損ないのクソガキが!!!」


手加減なく足蹴りされ、うずくまっている子供を取り囲むようにして立つ三人の男。

うずくまっている子供の腕の中には小さなルンバがいた。


「この子は悪い子じゃない! あいつらとは違う!」


そう子供が叫ぶと、ルンバは身体を振るようにして動かし、ノイズのような音を出して、何やら子供を心配しているような素振りを見せる。


「この化け物め……!」


また足蹴りにしようとしたとき、小さなルンバが激しく震える。


「な……!」


男たちはまるで意識を刈り取られたようにその場に倒れた。


「“ルー”が……助けてくれた……?」


キュイキュイとノイズのような音を出して、肯定するかのように体を振るルンバ。

しばらくその動きをすると、真っ直ぐ外の方と進んでいき、まるで来るのを待っているかのようにクルクルと回転し始めた。


「どこかに連れて行ってくれるの?」


近づくと、ゆっくりと先へと進んでいく。


「どこに行こうとしているんだろう?」



十分ほど追いかけていると、石造りの大きな建物を深い水堀で囲ったような場所が見えてくる。初めて見る光景だ。水堀の近くまで行くと、何かを知らせるようにクルクルとルンバが回転し始めた。


「どうしたの?」


ルンバの体の中にあったのだろうか。細い布のようなものを出して、それを少しずつ水堀に垂らしていく。


「す、すごい!」


布が水に触れると、まるで異次元に吸い込まれていくかのようにどんどんと堀の水かさが減っていく。段々と底が見えて来て、やがてなだらかにカーブした石の一本の道が出来ると布がどこかへと仕舞われて、また進み始めた。


「ま、待って!」


現れた道の上を歩いて堀を越え、建物の隙間にするすると入っていく。



天井は目を凝らさないと見えないぐらい上にあり、横幅も十分にあるはずなのに、まるで映像で見たピラミッドの内部のような、延々と続く閉塞感に押しつぶされそうになる。ひんやりとした空間なのも影響しているであろう。

中はどこまでも薄暗く、慣れてくるとぼんやりと近い場所だけが見える。時折、上の方から差し込む日差しでのみ、綺麗に磨かれた大理石のような内装が暗闇の中に、ぽつんと浮き出て、心奪われるような美しさだ。


建物はどうやって作られたのだろうか。何のために作られたのだろうか。

何かの神殿なのか。それとも誰かの墓なのか。


「誰かいますかー?」


答えるものはいない。

目の前をゆっくりと進むルンバの機械音と足音、そして自分の息遣いだけが、薄暗い空間に響いた。


怖い。だが、それ以上に、この不思議な場所について知りたい、“ルー”が自分をどこへ連れて行こうとしているのか知りたいという好奇心が勝った。


どれだけ歩いただろうか。


上に登り、下に降りた。前に進み、後ろに下がった。左に曲がり、右を目指した。北に上り、西に流れ、南に向かい、東に行き着いた。


目の前の“ルー”が停止していることに気づいたとき、そこは開けていた。

遮るものがなく、開けている。だけれども、何も見えない。


黒。闇。


光がそこにはなかった。

それにも関わらず、なぜか自分とルンバの二人だけが居ることがわかる。


「“ルー”、ここは……どこ?」


そう言うと、小さくそれは“鳴く”。

答えを端的に表したのか。それとも誰かを呼んだのか。はたまた悲しんでいるのか。


わからないが、しばらく経つと、夜が明け、日が沈んだ。


太陽と月。


太陽が出ている間でも実際のところ、月は空に浮かんでいて、朧げながら見ることも出来る。

だが、その太陽と月は両方、目の前でしっかり見えている。


二人で覗き込んでいる。


“ルー”は数度回転して、キューキューと一言挨拶した、気がする。


段々と視界が暗くなっていく。



次に意識を取り戻したとき、稲穂の海をベッドに、一人、寝転がっていた。


一つだけおかしなことがあるとすれば、それは、手荒く千切られた様子がある長細い布が、腕にしっかりと括り付けられていたことぐらいだ。


その布は生乾きだったが、手で触れると、どこか懐かしい感覚がいつまでも残っていた。


——————————————————————


"来訪"戦勝二十年式典の際、サウスパーク誌の記者がジェームズ・オースティン国防長官にインタビューした際の音声より抜粋


「我々人類の偉大なる勝利から二十年が経過しました。現在でも、その災禍の

被害を完全に癒すことは出来ていないと思われますが、現在の国、世界についてどうお考えでしょうか? 閣下」


「今、よくわからないことを耳にしたのだが、その、人類? の偉大なる勝利というのは何かね?」


「御冗談を……もちろん"来訪者"との戦争のことですよ!」


「我々がいつ彼らに勝利したのかね? 確かに、それらによって我が国の国民、世界の人民、遺産、資産が破壊された。そして、いま、破壊されたものは"復元"されつつある。だが、その"復元"が勝利とは馬鹿馬鹿しいじゃないか?」


「??? どういうことでしょうか? 閣下は、将来において"来訪者"が再び襲来するとお考えなのでしょうか?」


「再び襲来、そうあってほしいものだね」


「話が噛み合っていないようなのですが……閣下は"来訪"や"来訪者"についてどのようにお考えなのでしょうか?」


「あれは我々に残されていた最後の希望、DoomsDayだよ。デウスは我々を救い給う最後の一手として天使の降臨を用意したのだ」


「そんな……そんな馬鹿なことはありえません。無辜の者をいたぶり、無様に死を突き付けることが神の御業と言うのですか?」


「そもそも我々は、勘違いしていたのだよ。天使の形はどのようなものか、神が罪を赦す手段はどのようなものか、そして最後の審判はどのようなものか。バイブルという形に残したことで、それに固執してしまった。拘泥した。神がどのようなものか、記録に頼ってしまった。誰も実際のものはどうであるのか、考えすらしなかった。ねえ君、『無辜の者をいたぶり、無様に死を突き付ける』と言ったがと"来訪者"が死体を残したことがあるかね?」


「いえ、ありません」


「そう、それは一例の例外もなくだ。直接ではなく彼らが間接的に……例えば建造物を破壊したり、船を沈めたりで死んだ者もいるだろう。しかし、そのような死に方をした者たちも等しく死体を消している。これはなぜだろうか? もし痛めつけ、辱めるのが目的ならそんな面倒なことをするだろうか?」


「……閣下、私には……」


「私は最近、思うようになったのだよ。"来訪者"が掃除機の形をしていたのは、けっして偶然ではなく、必然なのだと。彼らは我々の罪に塗れた体を綺麗にする。そのためにわざわざ掃除機の形を取ったのだ」


「そんな……ありえません!!!」


「我々はわざわざ自分たちで差し伸べられた救いの手を振り払った、救いを消してしまったのだよ。それのどこが偉大なる勝利なのかね?」

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その日、ルンバは全てを呑み込みはじめた だらすく @darask

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