男嫌いを治したい二十八歳拗らせ女性と不可能のない天才科学者
花守美咲
第1話
「男嫌いを治してください」
天才科学者黒城の元に、一人の相談者がやって来た。
若い女性だ。地味な身なりで、真剣な面持ちの。
「噂で聞きました。あなたにかかればこの世の全てが解決すると」
玄関のマイク越しに科学者は答える。
「確かに私は天才だし、例えば嫌いなものを好きになるよう洗脳するのも造作ない。しかしまずはどういう背景で男嫌いを治したいのかを教えてくれないか? 薬を出すかどうかはそれから考える」
「出してもらえない可能性もあるんですね」
「医者だって異常のない人間に薬は飲ませないだろう?」
「それもそうですね。すみません」
女性は謝ってから、ポツポツと自分の身の上を語り始めた。
「えっと、私は小さい頃から男の人にいじめられてきました。小学生の頃からブスと呼ばれ、中学生になったら暴力を振るわれ、社会人になった今でも男の上司にパワハラをされていて……だから、男が怖いんです」
「ブスねぇ……じゃあ例えば、見た目が良くなれば男の見る目も変わるんじゃないのかね」
「ダイエットや化粧を頑張った時期もありました。でもブスが痩せてもブスだとか、化粧が全然似合ってないと言われるんです」
「それは酷い」
「だから今までマトモに彼氏も出来たことがなくて……えっと、私今二十八歳なんですけど。最近は父が結婚しないのかと圧力をかけてくるんです。それもまた嫌な感じで、家族を外食に誘ったときに“一緒に来る彼氏はいないのか?”とか……私のことを心配してくれてるのは分かるんだけど、誘って後悔したような気持ちになって……仕方なく婚活アプリを使って、何人かの男性とお会いしたんです」
「ほう」
「一人目は完全に身体目的で、断ったら暴言を吐かれました。二人目はタバコの量が凄くて、食事中も買い物中でもタバコを吸う人でした。三人目は何を言っても“そうですね”しか言わない人で……」
「いいともの客かね」
「えっと、例えば私が“お腹空いてない?”って言うと、“そうですね”。って返ってくるんです」
どっかでご飯食べようか?
そうですね。
何が食べたい?
そうですね。
和食と洋食どっちが好き?
そうですね。
あっ、中華のバイキング。凄い安いよ千円だって。ここにしない?
そうですね。
でも並んでるから少し待つみたい。大丈夫?
そうですね。
「……ホントに言ってる?」
科学者は、ちょっと興味深そうに尋ねた。
「そうですね。以外は喋らないのかね?」
「その中華バイキングで順番が来て、さぁ食べるぞー! ……ってときに、彼が全然食べてなかったから“どうしたの?”って聞いたら、“ここに来る前にお菓子食べちゃったからお腹空いてない”って言われました」
「何だそれ」
「ですよね⁉︎ だったら最初に言ってくれればバイキングなんて頼まないのに。この人と付き合ったら一緒こんな感じなの? ……って思ったから、彼とはそのデートでお別れしたんですけど、父は私が悪いって言うし、友達は私の我慢が足りないって言うし……でも父や友達は結婚してるから何も言えないんです。結婚したいなら我慢するべきだって言われたら、そうだねとしか言えません」
「キミはそもそも男が嫌いなんだから、我慢する項目が普通の女性よりも多いのでは?」
「だから治したいんです。お願いします。私どうしても男の人を好きになれない。頑張ってもいいところが見つからない。自力じゃ無理だから力を借りたいんです」
「分かった」
しばらくすると扉が開き、科学者が液体の入った目薬型の小瓶を持って現れた。
「これは人格矯正薬だ。一滴飲めば人の心を思いやれる、優しい人間に生まれ変われる」
「ありがとうございます! ……あっ、でも」
「どうした?」
「いや、その……これを飲んだら、元の人格まで変わってしまうんですか?」
申し訳なさそうに手を引っ込める相談者に、科学者はくだらないと鼻で笑う。
「人格や考え方は変わらんよ。それを口にしなくなるだけだ。例えばテレビで嫌いな芸能人が出てきても“なんだこのブス”とか言わなくなり、白髪混じりのオッさんのことは“ロマンスグレー”と呼ぶようになる」
「だったら安心ですけど……私、元からよっぽどのことがない限り、思ったことは口にしないんですよ」
「だからこれは父親や上司に一滴ずつ飲ませるんだ。いいかキミ、他人に暴言を吐いたり暴力を振るったり、質問にマトモに答えてくれなかったり、権力をカサに圧力をかける人間を嫌う人間は正常だからね? 今後一切自分が異常だと勘違いしないように」
男嫌いを治したい二十八歳拗らせ女性と不可能のない天才科学者 花守美咲 @touno1
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